Cryptic Entity - 閑話02

仕事後の話

「うー、やっぱ寒いなー」
「室内ぬくぬくだったから余計っすねー」

 ばたん、ばたん。車に乗り込めば、車の中も冷え切ってしまっている。はあ、と息を吐くと同時、運転席で恭がエンジンを掛けた。車内が暖まるには少し時間が掛かるだろう。
 仕事が終わった後の、依頼主への報告。本来であれば書面にまとめて、伊鶴が届けてくれることが多いのだが、今回は諸事情あって律が直接出向くことになった。依頼内容に嘘があったから、というのが主の理由だ。依頼の時点で引っ掛かるものがあったことも手伝って、他に回すことなく律が直接対応した。鵜呑みにしていれば命を落としかねないことだったので、牽制も兼ねて出向いたという形だ。
 
「つか律さん今日いつもの10倍くらい怖かったんすけど」
「そう?」
「機嫌悪いすぎて俺が引くとこだった……」
「あはは、ごめんごめん」

 げんなりとした表情で溜め息を吐く恭には、こういったときはボディーガードという形で傍にいてもらうことにしている。実際、相手が何かしら動けばすぐに気付いて、ぱっと視線を向けることができる恭の反射神経は役立つのだ――本人にそんなつもりがなくても、それはそれで向こうにはプレッシャーが掛かる。意識させてしまうと固まるのが目に見えているので、律はその理由については本人には伝えていない。
 シートベルトを締めると、ゆっくりと車が動き出す。当たり前のようにカーナビゲーションの役割をし始める『分体』の声を聞きながら、律は口を開いた。
 
「まあ実際予定日近いから、こうやって無駄な外出はしたくなさすぎて、それは顔に出てたかも」
「あー。仕事してるときも怒ってたっすねそういや……。桜っち、調子大丈夫すか?」
「落ち着いてるよ。今日も仕事手伝わなくていいか心配されたくらいだから」
「それはそれで心配」
「言ってやって」

 桜としては、何もせずに大人しくしているというのもそわそわしてしまうのだろうとは思っている。何だかんだと手を動かすのが好きな性分であることも知っているので。だがしかし、それとこれとは話が別だ。過保護と言われてしまえばそうかもしれないが、律ができることは負担を掛けないことと、なるべく彼女のストレスを軽減することくらいのことしかない。
 とはいえ、桜のことを――そして新たに迎えるであろう家族のことを理由に、いつまでもセーブはしていられない。そろそろ本格的に動く時期を考えなければならないし、とはいえすぐに家を長期間空けるようなことも難しいことは、恭と憂凛を見ていて分かっている。さてどうしたものかな、というのが近頃律の悩みの種だ。
 
「……恭くんはさあ」
「何すか?」
「やっぱ今日仕事したくないってときどうしてるの? 自分のアレじゃなくて、憂凛ちゃんとか、子供たちのことで」
「あー……うちはでも、ほら、アリスちゃんとか、ヒメ先生とか狐さんたちとか、頼れる人はいっぱいだから……。あと俺がおろおろしてたらゆりっぺが仕事行って大丈夫だからって言い出す……怒られる……」
「あはは。……そっか、憂凛ちゃん本当に落ち着いたね。よかった」
「育児でいっぱいいっぱいなのもあると思うんすけど、最近あんまり悪い夢も見てないっぽいし。俺らは大丈夫っすよ、律さんは自分の心配して」
「はーい。……いや、単に俺仕事したくなくなったらどうしようかなって」
「やめます?」
「今さら?」

 笑う律に、恭は少し困った顔をして、けれどそれ以上は何も言わなかった。言ってはみたものの、どう言葉にすればいいのか、自分自身分からなかったのだろう。
 辞めるつもりは毛頭ない。例えその選択肢を選ぼうとしたところで、辞めさせてはもらえない――絡まり繋がり続ける『縁』が解けはしない。生きている限りは、続いていく。
 
「……いやでも律さんしょっちゅう仕事したくないって怒ってる気がする……」
「結局やっちゃうんだから損な性格だよね我ながら……」