Cryptic Entity - 閑話01

いい夫婦の日の話

「やっとふたりとも寝てくれたぁ……」
「よしよし、お疲れゆりっぺ」

 ――2児の育児に追われるようになって、もう気付けば一年近くが過ぎて。子供たちの寝かしつけを終えて、憂凛はソファに突っ伏した。
 片方が寝たと思えば片方が起きて、あれこれとしていたら二人同時に泣きだして、なんて日常茶飯事で。律の計らいで――現時点では桜が妊娠中だということもあるが――恭がこうして自宅にいてくれていて、ようやっと何とか育児が回っている状態だ。
 長女の憂生はそれほど手が掛からないのだが、問題は長男の玲生である。体調を崩しやすい上、憂凛の性質を強く受け継いでいるのか、泣き出すと狐の耳や尻尾が現れてしまう。時折手伝いに来てくれる憂凛の両親が「憂凛も子供の頃は泣くとこうだったなあ」と懐かしそうにしていたが、憂凛としてはそれどころではない。何せ、そんな状態の幼児を人目につく場所には連れ出せないので。

「洗濯物片付けたし、ゴミはまとめたし、洗面所とお風呂は洗った!」
「恭ちゃんえらーい……ほんっとありがとねえ」
「やー、俺も家事周りもうちょっとできたらいいんだけどな……料理とか……」
「キッチンぐっちゃぐちゃになるからやめて」
「ハイ」

 そんなことができなくても、恭は充分家事を手伝ってくれているし、一緒に育児もしてくれている。普段はこんなに一緒にいられないからと、どちらかと言えば何だか楽しそうだ。余裕のないときはついつい怒ってしまうこともあるが、そんな憂凛のことをきちんと受け止めてくれるので、申し訳なくなる。
 ぐぐ、とソファが沈んで、憂凛はごろんと転がって上を見上げる。ソファの前に腰掛けて憂凛を覗き込む、柔らかな表情の恭と目が合って、一瞬どきりとしたのは不可抗力だ。

「毎日頑張っててゆりっぺが一番えらい」
「へへ、褒められちゃった」
「ほんとに思ってるし。つか世のお母さんはすげえ」
「それはほんとにそう……」
「よしよし。ゆりっぺ、俺に何かしてほしいことある?」
「ん-……んん、でも恭ちゃんだって疲れてるでしょ」
「俺はまだ全然大丈夫」

 うそつき、と思った言葉は呑み込んだ。それが恭の優しさだと知っているから。
 慣れないことをしているのは、憂凛も恭も同じだ。いつだって勝手の違う、初めての体験を繰り返している日々。恭だってくたくたの筈だ、今朝はベランダで煙草を吸いながらうとうとしていた。日課のジョギングに起きる時間も、遅くなってしまっていることも多い。それだけ憂凛と一緒に、毎日頑張ってくれている。

「……きょうちゃん、」
「ん?」
「好きすぎてしんどい……」
「え、なにそれ」
「えへへ」

 毎日毎日、このひとをこんなに好きだと思える。それがまた、頑張る力をくれている。
 どうしようもなく、しあわせだ。

「ちゅーしていい?」
「じゃあしちゃう」
「ふふ、……ん」

 甘える憂凛に表情を崩した恭が、そのまま軽い口づけを落としてくれる。何だか足りない気がして、恭の頭を捕まえて、今度は憂凛からもう一度。じゃれるようにやり合って、甘えるようにひっついて。ふわふわと気持ちが軽くなっていく。
 気持ちが落ち着いたせいか、うと、と睡魔が押し寄せてくる。そのことに恭も気付いたのだろう、ぽんぽんと頭を撫でてくれる手が心地よい。

「ねむくなってきちゃった……」
「ちょっと寝た方がいいよ、片付け終わってるしさ。ういれお起きたらまたいつ寝れるか分かんないし」
「……きょーちゃんいっしょにいてくれる?」
「もちろん」

 恭の仕事がまた本格的に始まれば、日々こうして触れ合うことはできなくなってしまうから。今のうちに堪能しておきたいと思うのは、我儘ではないと思いたい。