Cryptic Entity - 04
英二の案内の先に、辿り着いたのは。
「繋がっちゃったかー」
「繋がっちゃいましたねえ」
そこは、『明神』に聞いていた、現在楠 万寿が入院している病院だった。
十中八九、万寿のところにこの欠片の『本体』がいると考えていいだろう。ここで引き返したところで、他にすべきことはない。覚悟を決めてその病室に行くしかないだろう。
面会時間中ではあるが、人数制限はある。通常では4人で行くのは難しいだろうということで、そこは律が手を回すことになった。どちらにしろ麻宮関連の病院ではあるので、話は通りやすい。あっさりと許可を得て、万寿のいる病室へと向かう。
「……正直なところ、こう、非常に嫌な予感がするんだが」
「これ以上行きたくないんです?」
「そうだな、あまり気は進まない」
「って言われても行くしかないんだよねえ」
「後ろにえげつないもの連れてる男はこれだから」
軽口を叩きながらの万寿の病室の前。英二の言う通り、非常に嫌な予感はする。酷く重苦しく、異様な臭いが漂っているような。ふう、と深呼吸ひとつ、扉を開く。
「――ッ!?」
強烈な圧だった。大きく地が揺れ、ばちんばちんと電気が消えていき、非常灯に切り替わっていく。反射的に陵が取り出した『式神』が、何かを受けて霧散した。先程まで動く気配もなかった目玉が、途端ころりと転がって病室の中に入っていき、『それ』に溶けて消えていく。
目にしたのは、蠢く無数の触手。ともすれば引きずり込まれそうな圧に、吐き気すら覚える。
「おーおー、面白いモン出てきてんじゃねえか」
「……、は?」
酷い圧の中、悠然と立っているのは一人。パンクロック風の衣服に身を包んだ、黒髪金メッシュの男。――幸峰 巧都。律が契約している『カミ』。神出鬼没である彼がしかし、こうして戦いの場に姿を現すことは珍しい。
ふ、と圧が楽になったのを感じると同時、酷い眩暈を覚えて律はその場に座り込んだ。すぐに合点したのは、巧都という男がどういう男かを知っているからだ。強制的に対価を徴収される、体に埋め込まれている契約が脈打って発動する。
「面白そうだ、手貸してやる。まあ頑張れよ、有象無象」
「……う、」
それだけ言い残して、ひらりと手を振って巧都の姿は消えていく。状況を真っ先に理解したのは、巧都を知っている恭だ。瞬く間に『変身』する隣、次に体勢を整えたのは英二。厳密には人間ではない英二には、それなりに影響が少なかったのだろう。大型の銃を取り出し、触手に向けてその弾丸が放たれる。開いた大穴の傷、怯んだ一瞬を見逃さず恭が思い切り蹴りを叩き込んだ。
「律さん大丈夫すか!?」
「……ごめ、むり、」
「おっけーす! ジッポせんせーもっかい! なかみーも!」
「ああもう……!」
蹲ったままの律の背をぽんと撫でた陵も、さすがに律の身に何が起きているかは分かっているのだろう。後で怒られそうだなとは思うものの、今回に限っては不可抗力だ。勝手に出てこられたものをどうこうするすべを、律は持っていない。
愉しげな笑い声が、耳元で聞こえる。ぐい、と体内から何かが引き摺り出されるような感覚――恐らく魔力を強制的に持っていかれている。しかし、その魔力の行先は恭や英二、そして陵だ。いつも律がやるやり方をなぞらえて、彼らの戦いをサポートしているようだった。勝手に、とは思うものの、動けていても同じことをしていたことは分かっているので、文句も言えない。
「なかみー! 今!」
「分かってます!」
無数の触手が割れ、何かが露出している。それに向けて陵が刃を振るい――再びの地震。非常電灯が落ち、しかし揺れが収まる頃には何事もなかったかのように日常の光景に戻っていた。病室を埋め尽くしていた触手も消えている。中にはベッドに寝かされている万寿がいるだけだ。
遠くで騒ぎになっている声が聞こえる。人が来る可能性も高い、すぐに陵も英二も取り出していた武器をしまい、恭も『変身』を解く。強制的に魔力を徴収されていくような感覚も消えて、律は息を吐いた。
「……倒せた、と思ってよさそうですね。大丈夫ですか、茅嶋さん」
「大丈夫……ごめん、みんな大丈夫……?」
「大丈夫ですよ、どう考えても茅嶋さんが一番重傷です」
「相変わらず無茶する男だな……」
「どの口ー……」
「もー、今度巧都さんに文句言わなきゃ」
手を差し出してくれた恭の手を借りて、立ち上がる。術式はまだ浮かび上がったままだ。
自分たちが相対したものは、果たして『何』だったのだろうか。本来であればこんな風に誰もほぼ怪我もなくという状態で済む相手でなかったのは確かだ。面白そうだからと巧都が手を貸してくれた、その結果として大きな被害がなく済んでいる。礼を言うべきなのか文句を言うべきなのかが分からない。
分からないことは多いが、ひとまずこれで『明神』からの依頼は達成したと見て問題ないだろう。となれば、対価はもらっておかなければならない。
ベッドで眠っている万寿の隣へと足を運ぶ。巧都の力を借りている今の状態ならば、滞りなく目的は果たせるだろう。
「……恭くん、ちょっと時間掛かるから人払いしといてもらっていい?」
「了解っす!」
こういったことには、恭も慣れている。陵と英二に手伝ってもらおうと声を掛けているのを聞きながら、律は目の前の万寿に意識を集中した。
深い、深い、あまりにも強すぎる感情を取り払う、そのために。
それは、苦しみ続けている誰かを助けるために――あるいは、助けられなかった誰かの代わりに。
「……うん、うん。まあ関係ないことを報告しても仕方ないんだけど、うん。よかったらまた日本に帰ってきたときは顔見せて。あ、何かあったら相談してよ、遠慮なく。……うん、じゃあまたね」
数日後、水乃登神社にて。
助かったとはいえ、代償としてかなり持っていかれていた余波で疲労困憊ながらも、律は諸々の後片付けを進めていた。静養の必要はあったので、「目の届くところにいなさい」と陵に怒られ、この数日は神社で過ごしている。桜が気になるので家にいたいとごねはしたのだが、桜に余計な心配をかけるだけだと言われて反論できなかった。椿が張り切って有給休暇を取っていた、と話してくれたのは、椿の部下の幼馴染から。それはそれで叱った方がいいのだろうかと思ったが、律が無茶をするからだと言われてしまうと反論できないので、今回は黙っておくことにした。なおその話を聞いたときに幼馴染にも怒られたので、律自身少し反省はしている。
「隼人くん、何と?」
「ありがとうございます、って。泣いてた」
「そうですか。……これで気楽に日本に帰ってこられるようになるといいですね」
「そうだねえ」
ずっと彼を縛り続けていた、強い感情は消え失せた。
楠 万寿は順調に回復しているが、その記憶に楠 明神の記憶は一切ない。そして楠 授々に関しては、椿と桜の本当の母親と同じ道を辿ることになるのだろう、と律は思っている。
適切な処置を施され、普通の人間と何ら変わらない生活を送りながら、しかし俗世とは隔絶される。
そちらは茅嶋家の管轄ではないし、その後の行方を律が知ることもない。こういったことはどちらかといえば『月ヶ瀬』の管轄であり、その先には関わらないようにしている。悪いようにはしないだろうが、麻宮分家の動きもある。絶対に接触されないようにという形は取られるだろう。
「……ま、まだ諸々懸念事項はあるけど。ひとまず今回はこれで片付いたかな」
「お疲れさまでした」
「なかみーもご協力ありがとうございました。いつもごめんね」
「悪いと思うなら無茶は控えてください」
「スイマセン……」
全てが解決したわけではない。人が変わってしまった様子の知江のことや、この先の万寿のことも気には掛かる。しかし、どちらにしても他家のことに気軽に首は突っ込めない。飽くまで仕事上である、という立場はこの先も守っていかなければならないものだ。結局はそれが己の身を守ることであることを、律はよく知っている。
懸念は頭から振り払って。考えるこの先のことは。
「そういや最近パーカーくんがやたら上から目線なんだけど何あれ?」
「神様だぞみたいなところありますからね。一度叱っておいた方がいいですかね」
「調子に乗ってそうなら一発入れてもいいかなあ」
「手加減してあげてくださいね……」