Cryptic Entity - 03

 何故か陵に「見張っておいてください」と言われた英二が、茅嶋家で夕食を食べるという珍しいイベントを挟みつつも、夜。一路、陵が調べてくれた場所へと向かえば、あっさりと楠 授々は見つかった。
 ふらふら、ふらふら。ぼんやりと歩いている姿の後ろに見えるのは、先日相対した『カミ』だ。授々が自身で歩いているというよりは、その背後の『カミ』が授々を操って歩かせているように見える。向こうの実力は分かっている、止められるだろうと判断して動こうとした律を制止したのは陵だった。

「早く片付けたいのは分かりますが、もう少し様子見ぐらいはしましょう」
「えー……分かった……」
「手引きした人間が近くにいるだろう、どう考えても。……お、噂をすれば」

 ちらりと英二が視線をやった先に目を向ければ、数人の男たちがそっと授々を見守るように後をつけているのが見える。状況から考えて、恐らく麻宮分家の面々だろう。『此方』の人間のようには感じないので、恐らくはただの一般人だ。

「話聞きたいな……、……丁野先生一人捕まえてきてよ、得意でしょ」
「俺をそんな拉致のプロみたいに」
「違うの? え、拉致られる方のプロだった? ごめん」
「いやもう拉致る方のプロになるわ。待ってろ」

 ――そこからの動きは速かった。
 一番後ろをついていっていた麻宮分家の男を一人、英二が捕まえる。何をされても絶対に口を割らないと頑なな男を、懐柔したのは陵だ。にこやかな笑顔で繰り出される手管については、あまり触れてはいけない気がする。気が付けばすっかり陵に心酔している様子になってしまった男から聞き出せたことが幾つか。
 曰く、授々は巫女である。故にその力によって、麻宮家を再興する。今の授々は『カミ』の言葉を聞いて動いており、分家の人間としてはそれを見守って、邪魔が入るようならそれを排除するのが役目なのだという。そこまで確認してから、怪しまれないよう男を元通り監視に戻す。何かあれば言うことを聞いてくださいね、という念押しも入れているところが怖い。

「……いやーなかみー昔だいぶ悪いことしてたでしょ?」
「手管が完全に実家のそれなんだよな……」
「誓ってそんなことはしてませんよ」
「どうかなあ……」

 にこにことしている陵には逆らわないでおこう、と思わざるを得ない律と英二であった。
 そうこうしている間にも、授々は動き続けている。ふらふら、ふらふら。一見目的もなく動いているようにも見えるが、『カミ』の言葉を聞いて動いているというのなら何かしらあるのだろう。ふと思い立ってマップを開き、覚えている限りのルートを指で辿ってみる。

「……あー、これ大きい魔法陣かな……」
「歩行の痕跡か?」
「うん、多分だけど……最後までいったらまずいな、やっぱ邪魔しないと。……、前戦ったときの感じならいけるか」

 歩くことで魔法陣を描いているのであれば、歩行ルートを一瞬でもずらすだけで効果は霧散する。即座に『プロテクト』の魔術を展開、防御壁としてではなく歩行の障壁として授々の前に展開すれば、避けることもなく正面からぶつかった授々がその場に倒れこむ。ふっと場の空気が変わったのを感じる――恐らく一旦術式がキャンセルされたということだろう。儀式が邪魔された、と騒ぎ出した分家の人間たちには微弱な雷撃を使って気絶させておく。
 全員動かなくなったことを確認してから、3人はそちらへと足を向けた。倒れこんでいた授々は、ゆっくりと立ち上がってその場に佇んでいる。背後の『カミ』も動く気配がない。しかしこのままでは、また魔法陣を完成させるべく動き出してしまうだろう。

「茅嶋さん、どうされます?」
「麻宮に連絡……、いや駄目だな、面倒ごとになるからやめとくとして、とりあえず気絶はしてもらおう」

 どれほど防御されるかも分からないが、威力が強すぎるのも問題になる。以前戦闘になったときのことを思い出しつつ、威力を調整。そのまま放った雷撃は狙い通り授々を気絶させて、ほっと息を吐く。
 だからといって安心はできない。このまま放置しておけば、何が起きるかも分からない。暫し考えた後、連絡を取ったのは警察だ。『此方』の案件を主に取り扱っている部署であれば、適切な対応が望める。彼女の命の安全を保証した上で、何も起こさないようにできる方法が他に思いつかない。

「で、これから打ち合わせとか段取りとかいろいろあるけど、二人とも付き合う?」
「まあここまで来たらな。中御門さん大丈夫か、眠くないか」
「……まあ柳川くんが本当に朝5時から動こうとしなければ大丈夫かと……」
「……するだろうなあ……」


 深夜を越えた時間に諸般の手続きが終わったため、律と英二は神社に泊めてもらうことになった。その方が翌日も動きやすいだろうという判断だ。9時頃に起こされて起床した後、本当に恭が5時に来たとげんなりした表情のルキから聞いた。
 本人曰く「だって子供たちが起きる前に家出なきゃぐずるから……」という話で、そのままトレーニングをこなし、だらだら境外社の友人と話し、といった感じで過ごしていたらしい。

「んで今日何するんだっけ」
「麻宮当主のところに行くって話だっただろう。柳川くんがアポイント取ってなかったか」
「あっそうだった。後で車取ってくるっすー、あった方が便利っすよね」
「うん、お願い」

 寝不足気味の頭を叩き起こしつつ。昼前には神社を出て、禮知から聞いた知江の入院先へと向かう。あまり面識のない英二と、話を聞くには向いていない恭に関しては車で待機してもらうこととして、律と陵が知江に話を聞くこととなった。
 病室の前で待機してくれていた禮知に先導される形で、病室の中へと足を踏み入れる。
 病室の中。ベッドの上に座っている形の知江は、落ち着いている様子だった。脇には知江が普段従えている『執事』と『侍女』の『カミ』が控えている。知江は二人を見ても特に慌てることもなく、すっと頭を下げた。どうも、と礼を返しながらも、どうにも違和感はある。以前の知江であれば、慌てて土下座していてもおかしくない状況だ。これが禮知の言う「不具合」なのだろう。

「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます。お時間を取らせてしまい申し訳ございません」
「気にしないで。色々大変だったでしょ。その後体調はどう?」
「何とかこうしてベッドの上から起き上がれるくらいには」
「そいう。回復してるなら良かった」

 普通なら即死レベルの大怪我だったのだから、回復しているだけでも喜ばしいことだ。だがしかし、陵が少し首を傾げた。こそ、と耳打ちされたのは「良くない臭いがする」ということ。陵に付き添っている、鼻の利く『犬神』からの報告だろう。
 気には留めつつも、話を進めることにする。何せ、あまり時間はかけたくない。

「一応色々と報告上げる必要があって。取り急ぎ口頭で、あのとき何があったのかちゃんと聞きたくて」
「承知しました。私の不徳の致すところですが、何が作用したのか魔術に失敗してしまったようで、その結果自分が使役していた『カミ』の本体のようなものが顕現してしまった結果と考えています。その節は大変お手数をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
「……ちなみにその失敗した魔術って、どういうものかって聞いてもいい?」
「普段使っているものです。私は『カミ』を招致することで下半身を補っていますので、その交代のタイミングで……。いつも同じ存在をずっと使役し続けるわけにもいきませんので、時折対象を切り替えているんです」
「ああ、なるほど」

 知江の、普段義足のようにも見えている部分。本来の彼女にとっては、既に喪われた下半身。その代替をしている『カミ』の召喚に失敗した、と判断していいのだろう。
 しかし、律も普段『サモン』を使用して雷神の力を借りている身である。日常的に使っている魔術が、突然失敗するなど考えにくい。

「魔術を使う前に、何か変わったことはなかった?」
「変わったこと……ですか……私自身、何故失敗したのかとずっと考えてはいるのですが……」
「分家の人に何か言われたとか」
「それはいつものことですから」
「まあそうか。でも、いつもと違うなと思ったことは本当にない?」
「……、はい。申し訳ございません、お役に立てませんで……」

 知江の様子に嘘はない。いつもよりもかなり落ち着き払っているという違和感はあるが、嘘を言っているということはないだろう。となれば、これ以上知江から聞き出せることは特になさそうだ。他の手を考えるしかないか、と思ったとき、黙って成り行きを見守っていた陵につん、とつつかれた。ん、と振り返ると、視線で『侍女』の方を指される。
 先の事件の際、当然ながら彼女も関わっていた。恭が「わんちゃんのメイドさん」と呼んでいた存在は、間違いなく彼女だ。何か知っていることがあるのだろう、口を開きたそうにはしているが、主人の許可がないために口を開くことができない、といったところだろうか。そうであれば、何かしら聞き出せる可能性は高い。

「……知江ちゃん。一応なんだけど、関係者に一人ずつ話を聞きたいんだけど、いいかな」
「関係者というのは、二人のことでしょうか」
「そう。構わない?」
「はい、それが何かの役に立つのでしたら」

 あっさりと頷く知江の後ろで、禮知が表情を引きつらせていた。聞かれては困るという雰囲気ではなく、むしろ律が『カミ』に直接話を聞くと言い出したことが信じられないのだろう。こちらとしては少しでも情報が欲しいので、こればかりは手段を選んではいられない。
 病院に話を通し、空いている会議室を一時的に借りる。近くに知江や禮知がいると話しにくいかもしれないという配慮だ。まずは敢えて『執事』の方から話を聞くことにする。『執事』の方からは異変という異変は見ている限りではなく、しかし『侍女』の方が何か見ていただろうという話が聞けただけだった。
 交代して入ってきた『侍女』は、律と陵に向けて恭しく礼をする。

「あのときは我が主人をお助けくださり、誠にありがとうございました」
「どういたしまして。こちらも最後の処理は手伝ってもらった身だし、お互い様ということで……。それで本題なんですけど、あのとき病院にいた貴女は何か目撃しました?」
「はい、実は……知江様が受肉、暴走される直前、どうにも他の『カミ』の存在を感じた気がするのです」
「他の『カミ』……?」

 曰く、巧妙に隠れているようで、『侍女』では調査ができかねた。一瞬のことでもあり、何だったのかと思っているうちに知江の魔術の暴走が始まってしまった。そしてその後は知っての通り大騒動になってしまった、ということだ。
 つまりは、普段通りの召喚術に、他の『カミ』が干渉をしてきた、ということになる。

「……今は何か感じたり?」
「いいえ、全く」
「……分かりました、ありがとう」

 話を切り上げれば、『侍女』は再度恭しく礼をして部屋を出ていく。――さて、どうしたものか。
 他の『カミ』は巧妙に隠れている、ということは、今も隠れている可能性が高い。しかしその気配があまりにも微弱であるならば、『執事』や『侍女』、そして知江や禮知にも感知できないほどのものであるとすれば。
 病院のスタッフに部屋を借りた礼をしてから、律と陵も一度知江の病室へと戻ることにする。病室に入る前に、ふと思い立って陵に視線を向けた。首を傾げる陵に、律は少しだけ笑って。

「……なかみーちょっと悪いことしていい?」
「それもうするって言ってるじゃないですか」
「まあそうなんだけど。巧都、『眼』貸して」
『へいへい。対価は貰っとくぞ』

 目を閉じる。ぐらり、頭が揺れる感覚。再び開いた目に映る視界は、大きく変化している。あまり長時間はやりたくないな、と考えつつも病室のドアを開けて――瞬間、『それ』はいた。
 ころり、と床に転がっている目玉。虹色とも何とも言えない、油膜のような色をしたそれに律は手を伸ばし、摘まみ上げる。巧都の『眼』を借りていなければ、気付くことなどできなかっただろう。それほどに気配が希薄で、非常に見えづらい。

「……禮知くん、」
「俺すか。何すか」
「これ何だと思う?」

 律が摘まみ上げたからだろう、その存在は禮知にも知覚できたらしい。まじまじと見つめる禮知の眉間に皺が寄る。

「心当たりはないっすね……、ただ、もしかしたら知江が刺されたときに関係してる何かかも……これくらい希薄だったら俺らも気付かないと思うんで……」
「そっか。……知江ちゃんごめんね、これ何だと思う?」
「え、」

 律の質問に、知江が目玉に視線を向けて。探るようにじっと眺める知江と同じく、『執事』と『侍女』も目玉を眺めて。空気がぴりぴりと張りつめていく気配。

「……茅嶋さん、あまり見せてると知江ちゃんが魅入られるかもしれませんよ」
「そのときは止めるから大丈夫」
「それはそうですね……、あ」
「ん?」

 知江の足側、ベッドの布団の中からすっと犬の鼻先が現れる。低い犬の唸り声に、律は陵に視線を向けた。『犬神』であれば、その真意が分かるはずだ。

「……、知江ちゃんが受肉して暴走したときに感じた気配に、とてもよく似ていると」
「なるほど。分かった。じゃあこれは手掛かりとして預かる。ごめんね、長居して」
「いえ。諸々遅延させてしまっており、申し訳ございません」
「知江ちゃんはまずは体を治して。禮知くんは報告書出して」
「……ハイ……」

 目玉を手の中に持ったまま、律と陵は病院を出る。そのまま車に戻ると、恭と英二が同時に報告を聞きたそうな顔をした。しかしひとまず詳しい話は後だ。
 気配が希薄だということは、これは欠片のようなものと考えて間違いない。となれば、どこかに本体はいる。

「丁野先生ごめん、こっから追う方法ある?」
「うん? ああ、その目玉の欠片の本体か?」
「そう」
「うーん……まあ幾つか方法はある」
「おっけー任せた」
「丸投げか? ひどくないか?」

 文句を言いながらも、英二が場所を追ってくれる。そのナビゲーションに従って車を走らせ始める恭を確認してから、律は目を閉じた。到着まで、少しでも体は休めておきたい。
 全く、と隣で呆れて肩を竦めた陵には、気付かない振りをした。