Cryptic Entity - 02
「たのもー」
「お、来た来た。やっほー丁野先生」
「何でお前ら芋羊羹食ってるんだ。俺の分は?」
数時間後。水乃登神社に、更に二人の来客。
一人は恭だ。仕事だよ、と呼び出せばすっ飛んできて、「今回は律さんが俺のこと忘れずに呼び出してくれた!」と嬉しそうに禰宜の百々目鬼 ルキと話していた。そしてもう一人は丁野 英二である。状況が状況のため戦力は多い方がいいと踏んだ結果、彼が持っている『エクソシスト』の力を借りる必要があるかもしれないということで律と陵の意見が一致し、呼び出した次第である。
ひとまずそろったところで、今回の状況を説明する。
曰く、万寿が死ぬと『良くないもの』が受肉し、それが世界を滅ぼす危険性がある存在であること。引き受ける代わりに、楠兄妹の間にあるものを解くため、万寿から明神の記憶を消し去り、今後一切関わらないという約束をしたこと。その際、恭に現在明神はその呪いから逃れるため、存在を偽って生活していることを説明しておく。普段であれば絶対にそんな話はできないが、幸い『神域』の中である――万が一にも漏れる心配がない。
「……よく分かんないけど、よく分かんないけど……」
「お、大丈夫か?」
「楠先輩は楠先輩だけど、もう楠先輩じゃない?」
「そこは分かったか」
「何かこの間からえらく口塞がれるなとは思ってて……そゆことなんだ? え、でもじゃあ楠先輩のこと何て呼んだらいいんすか? ヒイラギサン?」
「そうだね、隼人くんのことは柊さんでいいんじゃないかな、恭くんは。まあ今度会ったら自己紹介から始めといて。ごめんね、今まで説明できなくて」
全てを説明するとややこしくなってしまうが、肝心なところは理解してくれたようなのでよしとしておく。どちらにしろ、今回の件が上手く片付けば、『楠 明神』という人間はいなかったことになる。
「で、何が受肉すると思う? てか何をどうしたら万寿ちゃん助けられると思う? もうぶっちゃけ受肉してくれた方がいいような気までしちゃうな……」
「しかし受肉すると彼女は死んでしまうという話でしょう?」
「それなんだよねえ……、……禮知くんにちょっと話聞いてみるか。この間から全然報告上げてこない件の文句も言いたいし」
「あ、じゃあ電話するっすー」
万寿の身柄が麻宮の管轄になっている、ということは変わっていないはずだ。先の事件で麻宮家当主である麻葉 知江に報告を頼んではいるが、肝心の知江が重傷を負っていたこともあり、そちらからの報告は今のところ一切ない。事情が事情なので遅れるのは仕方ないとは思っているものの、先の大事件で散々後始末の仕事を抱える羽目に陥った律としては、このままにしておく訳にもいかないのだった。
アドレス帳を呼び出した恭に、陵が横から「スピーカーにしてください」と言っているのを眺めつつ。そして『分体』が「こっちの声は聞こえへんスピーカーにしとくで!」などと言い出し。何だか妙なことになってきたな、と思っていると、響き始めるコール音。しかし電話に出る気配はない。
「むー。留守電! らっちっち忙しいかなー」
『次出んかったら見に行ったろか?』
「そだねえ……、あ」
『何?』
何度か電話をかけ直した後。ようやっと電話に出た相手――麻葉 禮知の声は、どう聞いても不機嫌そのものだった。
「やったー! 電話出た!」
『やったーじゃねんだよしつけえんだよお前……』
「だってちょっと聞きたいことがあって! えーと、麻宮のおうち関連の依頼がね、来たんだけど」
『は? 何で?』
「今そっちどんな感じなのかなあって」
『いやその前に待って、依頼って何?』
「へ?」
「この前の仕事の報告してないから言わないって言っといて」
「律さんがこの間のお仕事の報告してないから言わないって言ってた」
『そっかー。じゃあ何のために電話してきたんだお前?』
「いやだから、今そっちどうなのかなーって」
『ふんわりしてんなあ……!』
電話の向こう、スピーカーで聞かれているとは思っていない禮知の声は完全に苛立っている。普段律相手では絶対に出さないその態度に、思わず律は口許を押さえた。こちらの声が届かないとは分かっていても、笑ってしまうわけにはいかない。
困った顔をしている恭は、本当に禮知に何を聞けばいいのか分からないのだろう。横からこそこそと耳打ちすれば、それをそのまま喋る状態だ。
「えっと、今どんな状況で報告が遅れてるのか聞いといてって言われた」
『言われた? あー、お前に説明すんのやなんだよな……絶対事実が折れ曲がる……』
「さぼりですか? って聞いてください」
「さぼってんの? って聞かれてるよ」
『誰が!? そこ、誰かいんの?』
「うん、いる」
『ちょっとその人と代わって』
「はーい。えーと、なかみー?」
「はい、お電話代わりました」
陵が横から口を出したからだろう、恭は素直に陵に電話を渡した。受け取った陵が、澄ました声で話し出すことに笑いが堪えられない。
『あー……あんときの……えーと、もしかしてそこにご当主様いらっしゃる……?』
「いえ、いませんよ。私だけですが」
『うーん……? 何がどういう状況でそうなってんすか』
「そんなことは今関係ないでしょう。それより報告書を茅嶋さんに上げていないとお伺いしましたが。話はそれからですよ、締切はきちんと守らないと」
「ッ……」
『いや、それって別にアンタ関係ねえし、報告することじゃ、』
「関係ありますよ。私も関わった件ですので、関係があるんです」
『いや出すにしてもアンタじゃなくない?』
「そう言われたと茅嶋さんに報告しますよ」
『……あーもうめんっどくせえ……』
「あれから何日経ってると思ってるんですか」
『こちとら重傷の人間がいるんすよ……』
「警察対応等全て茅嶋さんにお任せしてらっしゃいますよね? 報告書を上げるくらいの時間はできたのでは?」
『……絶対そこにご当主様いるでしょ?』
「締め切りを守らない方に教える必要はないかと思いますが」
『いやもう絶対いるし。少なくとも同じ屋内にいるでしょ』
「……いえいませんが」
『その間何!?』
淡々としている陵と、完全に苛立って混乱している禮知のコントラストがひどい。我慢できずに吹き出してしまいながら、律は代わろうと陵に手を伸ばした。だがしかし、陵はその手を止めて首を横に振る。まだ代わらないつもりらしい。
「仮にここに茅嶋さんがいたとして、何かあるんですか?」
『いやもうめんどくせーから直接ご当主様に報告するわ』
「めんどくさい?」
『あ? ……あっ言葉尻取られた』
「めんどくさいとおっしゃられましたか? そうですか、それは残念ですね……」
『いやもうなんか、そこにいることは分かってんだから、代わってくれたらいいんすよ』
「やばいなかみーきらっきらしてる」
「何でそんな生き生きしてるんだ中御門さん」
律と英二の感想は、電話の向こうには届かない。あー、と唸りながら頭を掻きむしっていそうな禮知の声は、完全に苛々が限界に達している。
だがしかし、陵はそこで手を緩めるようなことはなく。
「何か言い残すことはありますか?」
『え、何俺殺されんの?』
「言い訳をするなら今ですよ。言葉は慎重に選ぶように」
『腹立つ……! すっげえ腹立つなアンタ!?』
「身の程を弁えてくださいね」
『……くっそ、アンタがご当主様の知り合いじゃなかったら』
「おや、危害を加えると? それは心外ですね。心苦しい」
『いやもう絶対そこにご当主様いるだろ!? 何これご当主様にお目通りするためにはアンタ倒さなきゃいけねえとかそういうイベント!? 何で俺こんな電話しとかなきゃいけねえの!?』
「で、言い残すことは?」
『命乞いでもしろってか?』
「ないんですか?」
少しの静寂。そしてその後、ぷつんと電話が切れた。
恐らく電話の向こうでキレているであろう禮知には申し訳ないが、律は思わず口許を押さえて蹲る。多少なりとも陵はあの後どれだけ律が後始末に奔走していたかを知っている――意趣返しということだろう。
「年若い男じゃないのか? 可哀そうに」
「ふっ……ふふ、大丈夫、恭くんとそんな年齢変わんないから……はーおっかし……」
「まあ何も話は進みませんでしたけど。どうします?」
「はー……仕事するか。ごめん恭くん、もう一回かけて」
「出てくれっかなー」
心配そうに呟きながら、恭がもう一度禮知に電話をかける。コール音の間に『分体』が先程と同じようにスピーカーの処理をし、それを確認してから受け取れば、ちょうど音が途切れて「何なんだよ!?」と完全に怒っている様子の禮知の声。まあそれは当然だろうなと思いつつ、律は頭を切り替えた。いつまでも遊んではいられない。
「そちらの御当主を救うために助力いただいた方に、随分な言い草でお電話したようで?」
『は? ……あ? それずるくない? え? それずるくないです?』
「まあちょっとした意趣返しの嫌がらせと取っていただいて結構ですが、文句は受け付けません。言われるだけのことをしている自覚はないと? 頼んでる報告も全然上がってこないし。こっちは死にかけながら仕事してるんですが」
『……うちにも死にかけてるのがいたんすよ……』
「あ、そう。そのまま俺はずっと仕事してるけどね、お陰様で」
『ブラック過ぎないです?』
「一番上だからね、俺。御存じの通り」
『なるほど……』
実際、先日の事件から律が片付けなければならなかったことは非常に多い。報告が上がってこない中、辻褄を合わせるために相当数の対応を強いられている。桜に仕事をさせるわけにはいかないので、一人でかなり動き回ったのは記憶に新しい。
仕事モードだ、とひそひそ言い合っている数名は一度意識から外しておく。
「で、今回はこちらで受けることになった依頼の関係で、そちらの状況を説明していただければと思いまして。待てど暮らせど報告が上がってきませんのでお電話いたしました」
『その件に関しては……大変申し訳ないと思っております……。今からそちらにお伺いした方が……?』
「時間がそれほどないので結構です。何よりこのまま電話で喋ると何か問題が? どうせすぐに報告書は上がらないんだから、口頭なら電話でも同じですよね」
『ええ……こういう説明俺得意じゃないんすけど……』
言い淀みながらも、禮知の話はこうだった。
曰く、知江は意識を取り戻している。だがしかし、ちょっとした不具合が出ているが、日常生活や仕事には影響のない範囲で順調に回復するだろうと思われる、とのこと。
不具合――『カミ』を受肉顕現させてしまった、その影響。それが今の知江の人格面に出ており、以前とは性格が変わっている。気弱な部分が鳴りを潜め、王者らしい振る舞いをするような性格に変わっているのだという。過去の記録から、受肉した後にそういった後遺症のようなものが残るパターンというのは数例報告されている。人格面だけで収まるパターンと、もう一度大惨事が起きるパターンの記録が残っているようで、現在は様子見している――というのが、今現在禮知が置かれている状況らしい。
『それでまあ、俺は目が離せないんで……報告書別の人間に書かせようとはしたんすけど……すいませんでした……』
「ん、まあ状況は分かった。じゃああともう一つ、この間の事件で吹っ飛んだままなんだけど、楠家に関する方の報告ってどうなってる?」
『ぐっ……そっちもだった……ちょっと待ってくださいね……』
ぱらぱらと書類をめくる音から察するに、知江の事件の前にある程度調査は進んでいたのだろう。少しの沈黙の後、報告が続く。
楠家の事件の際、『楠 明神』の姿を取っていた『鏡像』ではない『カミ』。間違いなく何らかの『カミ』であるということは把握しているが、それが何だったのか、正体までは分かっていない。しかし恐らく、麻宮家が通常降ろしている『カミ』とは違う系統の可能性が高い――同族であれば、禮知自身が同族の『カミ』を使役しているので、分からないはずがない。
そして起きていた2件の傷害事件の、もう一人の犯人。これは恐らく、先の『カミ』が何かしたのではないかという推測が立っている。
最後に、流れていた噂の元。これは人間が発信したものではないが、浸透していった。こちらも恐らく最初の『カミ』が関わっていることは間違いないが、結局のところ『カミ』についての調査が進まず、総じて何も分からない。なお、楠 万寿に関しては現在病院にいるが、母親である楠 授々については現在行方知れず――恐らく分家の手引きで行方が分からなくなってしまい、行方を追っている最中というのが現状だとのことだった。
『……まあ、最初にも言いましたけど、間違いなく俺らが扱ってる系統の『カミ』じゃあないし、ましてや『鏡』でもない。あの女が元々持ってた『カミ』は、そんな力を持ってる存在でもないし。姿を映すことはできても、噂を広めるっつー点で不向きだし……』
「なるほどね。禮知くんでその『カミ』とは会えると思う?」
『多分、会えれば解決までいけんじゃねえかなとは思うんすけど、すんげえ巧妙に逃げられてる感じっすかね。会わないように会わないようにされてるっつか……先回りされてる感じで、めちゃくちゃ気持ち悪いっつー感じです』
「了解。まあ聞いたから急ぎはしないけど、できれば報告書は年内にまとめてください。そもそもそっちから依頼を受けたことなので」
『ハイ……』
頭を抱えていそうな禮知の声に苦笑しつつ、これ以上の情報はないだろう、と電話を恭に戻す。現状得られる情報はこれが全てだろう。電話を受け取って首を傾げる恭に、知江にアポイントを取るのを依頼して、さて、と律は今後について考える。
授々が行方不明、というのは気にかかる。恐らく麻宮のお家騒動に関連することではあるので、本来首を突っ込むような案件ではないが、先の知江と同様――そして今回の万寿と同様、何らかのものが受肉させられようとしていれば、どちらも脅威になることに変わりはない。
考えている間に、恭の方は話が終わったようだ。つんつん、とつつかれて、ふっと意識が戻る。
「知江ちゃん、明日だったらいけるってらっちっちが。明日行くって言っといたっす」
「明日か、分かった。丁野先生、呼び出してて悪いんだけど明日もいける? いけるか、暇だよね」
「まあ無職のヒモだからな。姫が何て言うかな……」
「うちに泊めますって電話しようか?」
「多分何か言うにしてもな茅嶋くんとか中御門さんに言うわけじゃないんだよ。俺にダイレクトに言ってくる」
「いいじゃん別に。愛されてるね」
「うっ……」
「ひゅーひゅー! いでっ!?」
「そのはやし方は好かん」
「じゃあ一旦解散します?」
「ん-……なかみー、授々さんの行方追えたりしない?」
事態はなるべく早く片付けておきたい。先延ばしにすればするほど、律自身が動きづらくなるという問題もある。分かりました、と頷いた陵が、あれこれと指示を始める。傍らでは英二が少し小さくなりながら電話をしていた。面白いものを見たなあ、と思いつつも恭を振り返る。にやにやしている恭はからかいたくて仕方ないのだろう。
あれこれとしている間に、陵が分かりました、とスマートフォンのマップを見せてくれる。大体このあたりです、とぐるりと円が描かれた場所に、律は眉を寄せた。――墓場がある、というのは気にかかる。
「……夕飯食べたら行ってくるか……」
「一人でですか?」
「遅くなるかもしれないし。夜中まで付き合わせるわけにも、」
「駄目です一緒に行きます。丁野さんも」
「お? まあそうだな」
「……ハイ……」
「なかみーいると律さん怒ってくれるの助かるー。んじゃ俺はお父さん業戻ってくるっす! また明日! 5時にはくるっすー!」
「え?」
「は?」
止める間もなく、ばいばい、と手を振って恭が社務所を出ていく。朝5時は普通に恭のトレーニングの時間なので、その時間に来る――ということであることは分かるが、さすがに全員5時に集合はできないことは分かっているのだろうか。
「……あいつマジで言ってんのか?」
「マジだと思う……」
「……ルキに頼んでおきましょうね。そんな時間から動けないですし。ひとまず夕飯後集合ということにしましょう」
「ん、了解」