Hound Dog - 閑話02
誕生日の話
べし、と頭を叩かれて、一瞬頭の中が混乱した。
「……え、なに」
「やっぱり仕事してるしこの人はー」
「……あれ、恭くん」
仁王立ち、というのが正しいだろう。自室の椅子に座って資料を読んでいた律を、呆れた顔で恭が見下ろしていた。何か彼を呼ぶような仕事があっただろうか、と考えたものの、全く覚えがない。となれば個人的な所用で茅嶋家を訪れたのだろうことは分かる。
ひとまずスマートフォンに手を伸ばす。時刻を確認すれば、既に夕刻。今朝の時点で夕食は桜と食べようと考えてはいたので、アラームまでの残りタイマーは1時間ほどだ。何となく勿体ないような気がしつつも、無用になってしまったアラームは停止しておく。そんな律にわざとらしい溜め息を吐きながら、勝手知ったる律の書斎とでも言いたげな顔で、恭はソファにぼすんと腰掛けた。
「朝からずっと籠ってるって桜っちに聞いたっすよ」
「うん、まあ。今桜の体調も落ち着いてるし、伊鶴さんもいるし。ごはん作り置きして集中して仕事片付けてる感じ……、12月に仕事入れたくないし」
「それはそうっすけど。そんな仕事あるんすか?」
「普段桜に任せてることも今全部俺がやってるからね」
入ってくる依頼の精査、受けた依頼の資料のまとめ直し、スケジュール調整、仕事仲間への依頼、様々な形式での報告の受け取り、まとめ直した報告を受領してもらうための連絡等々。山積みになっているのは大抵書類関連の仕事で、どうしても律が直接動かなければならないような仕事はごく僅かだ。動く仕事がないということは恭の出番はないということで、こうして顔を合わせるのが少し久しぶりに感じられる。
「……俺多分毎年言ってるんすけど」
「何を」
「律さん何で自分の誕生日のことはすぐ忘れるんすか」
「……あれ?」
もう一度スマートフォンを見る。アプリ一覧の上に小さく時刻が表示された画面には、日付は表示されていない。ロックを掛ければ画面が変わって、大きく表示される時刻と日付。見た瞬間、恭の言葉の意味をすぐに理解して体から力が抜ける。
10月4日。――人の誕生日は気にするのに、自分のことを蔑ろにするのは悪い癖だと、本当に毎年恭に怒られているなと苦笑して。
「……ごめん?」
「どうせそうだろうと! 思ってたし! 実は! 俺もゆりっぺも! うちの子たちも! 昼からいる!」
「うっそまじか」
「桜っちにもどうせ忘れてるだろうからっておめでとう口止めしたもんね俺」
「いやそれは口止めしなくてもよくない?」
「だって、今年逃したらもう律さん自分の誕生日は仕事入れまくるじゃないすか。だから今日はサプライズパーティーしよ! って、3人でちょこちょこ企画してたんすよ」
「サプライズなのに言っていいの?」
「それはもういいんすよ当日なんだから」
律が仕事で部屋に籠っているときは本当に外に出ない上、今は自宅だ。余程のことが起きない限りは出てこないだろうと読まれている。来客があっても気が付かないので、3人としては相談し放題だったことは想像に難くない。
「というわけで! 誕生日パーティー! するっすよ!」
「時間帯早くない?」
「それはまあえっとうちの子の都合でご迷惑を」
「あ、なるほどね」
小さな子供二人がいる恭と憂凛を、子供たちを連れてきているとはいえ遅くまで拘束するわけにはいかないのは当然だ。すぐにそんなことに思い当たらないとなると、少し疲れているのかもしれない。
――たまには、誕生日という理由を使って仕事をサボるのも、悪くはない選択肢だ。
「じゃあどうやって祝ってくれるのか楽しみにしてていいのかな俺」
「へっへーん。絶対喜ぶから!」
座ったときとは逆に、身軽にひょいと立ち上がった恭につられるように、律も立ち上がる。
どうしてもちり、と胸を焼く過去の悔恨には蓋をして。せっかくなら楽しもうと、気持ちを切り替えた。