Hound Dog - 04
市内を見回り、大犬を倒している最中、恭と憂凛の友人だという『ウィザード』と『魔人』、そしてよく分からない『ヒーロー』と出会い、「3人神社に送り届けてくるっす!」と一旦恭とも別れる形となった。陵と二人、さて次は――と向かった先は、少し外れにある病院だ。
「……あー、知江ちゃん運ばれてるのこの病院かな。確かここ麻宮の関係だったはず」
「なるほど、道理で……」
市街地とは比べものにならないほどの数の青い大犬が、病院の周囲をうろうろとしている様子が窺える。知江を守っているというよりは、邪魔をするなということだろうか。こちらにはまだ気づいていないようだが、あの数を今対応できるかどうかは分からない。
ひとまず一度手を出してみるか、と手を動かしかけたとき、陵が少し納得のいかない表情でその手を押さえた。思いがけない行動に、律は目を瞬かせる。
「え、何どうしたのなかみー」
「やる気なんです?」
「まあ。禮知くんが全部倒せば何とかなるでしょって言ってたし、倒せるなら倒しといたらいいんじゃないの?」
「茅嶋さんが仕事する必要あります? あの二人に尻拭いさせればいいのでは?」
「いやでもこの状況いつまでも続くと困るし」
「それはそうなんですけど……まああの二人がここに来るかも分からないですもんね……」
「そういうこと。ま、ちょっとしたお試し。やばそうだったら『式神』貸して」
「全く」
肩を竦める陵は、心配してくれているのだろうことは分かる。保険を頼んでおけば大丈夫だろう、という思考のもと、律は編み慣れた雷撃の魔術を構築、大犬の一匹に狙いを定めて――その瞬間。
「うわ」
「ちょっと!?」
魔力を感知されたのか、律が魔術を放つよりも大犬の動きは速かった。律の前に現れた陵の『式神』が、とんでもない勢いで飛んできた大犬とぶつかって霧散した。大犬の目がぎょろりとこちらをうかがうのが見える。今は恭もいない、これ以上は下手に手出しをしない方がよさそうだと判断し、気配を遮断する魔術を組む。それは効果があったのか、二人を見失ったらしい大犬がきょろきょろと辺りを見回しているのを見つつ、そろそろと陵と二人で退却して溜め息ひとつ。
「……もうちょっと他の犬倒してからの方がいいかも、これ」
「他のところを倒したらいけるものです……?」
「複数の『カミ』と見なすんじゃなく一つの『カミ』と見なせば、まあ、数が減れば一つ一つも弱体化するよねっていう希望的観測」
「ならどちらにしろ一旦退却ですね」
「うん。……どうせだから行っておこうかなあ、今のうちに」
「どこにです?」
首を傾げる陵に、律はにこりと笑う。先ほど禮知の話を聞いたときから、調べておかなければならないだろうとは思っていた。
今いる病院から少し離れた、高級住宅街。その中にある、ひとつの屋敷。この事象の原因が知江にあるというのであれば、律としてはそこを調べないわけにはいかない。何かしらのヒントがある可能性は無視できないからだ。
「麻宮家」
「うわ……」
陵が取り繕いもせず嫌そうな顔をして、頭を抱えて首を振るのを見て、思わず吹き出した。
「何ですかこの趣味と空気の悪い家」
「麻宮さんちですね」
高級住宅街の一角にて。
門扉から見えている、庭の広い豪邸を眺めて陵が眉を寄せた。茅嶋家とは全く方向性の違う、どう見てもお金の掛かっている豪邸だ。土地の空気が澱んでいるのが外からでも分かる、というのはあまり褒められたことではないなと思いつつ、律は門に手を掛ける。鍵は閉まっているようだったので少し弄ってみると、思いの外簡単に鍵は外れた。隣で陵が表情を歪めたのは見なかったことにしておく。
「あ、これ不法侵入だな」
「そうですよ」
「ん-……恭くん経由で禮知くんに連絡取っとくか……」
強制的に許可を得るという形にはなるが、入ると言ったという事実は必要だろう。スマートフォンを取り出して恭に電話を掛けると、数コールの後に恭が電話に出た。
『ちょうどそろそろ神社出て電話しようと思ったとこ! 今どこすか?』
「麻宮さんち。恭くん悪いんだけど、禮知くんに連絡取って家入るよって言っといて」
『へ? はい』
「んで後でこっちで合流。ということでよろしくね」
『はーい、……ん? えっ、ちょ』
何か言いかけているなと思いつつ、律は電話を切って家の中へと入る。渋々という態度を隠さないまま律の後ろをついてきた陵は、袖口で口元を押さえた。空気の悪さに気分が悪くなっているのだろうことは想像に難くない。
庭を抜けて、豪邸の玄関の鍵を開ける。お邪魔しまーす、と軽く声を掛けて扉を開けば、真っ先に目に入ったのは玄関から続くレッドカーペットだ。
「……毎日が映画祭じゃないですかこの家」
「あ、なかみーにとってレッドカーペットって映画祭のイメージなんだ」
「他で見なくないですか」
「うちにもあるよ、来客によっては出てくるときある」
「何であるんですか……」
他愛もない話をしつつ、歩を進める。どこを見ても空気は澱んでいて、雰囲気としては最悪だ。よくこんなところに人が住んでいるなと感心してしまう。
現状、知江とその『カミ』の間に起きていることがもう少し分かりやすくなる『何か』があれば一番いい。何の役にも立たない可能性もあるが、現状を適切に理解することは大切だ。
「なかみー、この家どこが一番やばいと思う?」
「ええ……、茅嶋さん自分で何となく見えてるんじゃないんですか……」
「でもなかみーの意見も聞いておきたい」
「……まああっちの方じゃないですか」
「ですよねー」
陵が指し示す、一際穢れが溜まっていそうな箇所は2階の奥にあった。扉を開けばそこは書庫のようで、ちらりと一瞥しただけでも触れるだけで危険であろう資料が散見できる。うず、と好奇心がうずいてしまうものの、読めば呪われそうなものまで揃っているとなると早々手出しは難しい。
「……ねえなかみー、ちょっと相談なんだけどさ」
「危ないものに手を出したら桜ちゃんに言いつけますからね」
「はいすいません」
後で陵に穢れを祓ってもらえばいいのでは、と一瞬考えたものの、陵に先手を打たれて押し黙る。ひとまず触っても害がないであろう本を物色して、手に取ったそれは麻宮家の歴史を書いたもの。
麻宮本家、その下に分家。分家に危険な実験をさせ、その実験で成功したものを本家が引き受けるということを繰り返してきた家系。そのうち血が薄くなってきたせいで実験が上手くいかないのでは、という思考に至り、近親交配を繰り返している――といったようなことがつらつらと書き連ねられている。ある程度は律も知っていた事実ではあるのだが、いざはっきりと文章にされてしまうとあまり気分の良いものではない。
続けて手に取ったのは、恐らく現在の知江の状態に関係のある術式の話。『カミ』が体を得て生まれた場合、その宿主が生きていなければ『カミ』は生存できない。故に宿主は生かされ、そのことを逆手にとって麻宮は『カミ』を使役してきた、という話。
更に進んで、術式の詳細が書かれている資料等に目を通す。そのままかなり集中していたのか、ぺし、と後頭部を叩かれて我に返る。振り返れば疲れた様子の恭と呆れた表情の陵、そしてどう見ても怒っている禮知と笑いを堪えているらしい与々が揃っていた。どうやら恭からの連絡を受けてこちらまで来たらしい。
「御曹司コイツどういう教育してるんすか、電話掛けてきて事後承諾だし家の場所分かんねえから迎えに来いとか言うし!?」
「あ、偉い。恭くん闇雲に探さずにちゃんと頼めたんだ」
「ぶんちゃん教えてくれなさそうだったしー……だから頼んだけどめっちゃ引き摺ってこられたっす……」
「小学校の道徳の話してる?」
「迷子になるより全然いいと思う」
「永久に迷ってろまじで」
「今この状態で?」
「ッ……」
「いい保護者ですね、禮知くん」
「何なんだよもう!」
毒づく禮知と、堪えきれずに爆笑する与々に肩を竦めつつ、律は手に持ったままだった資料を元の場所に戻す。ちらりとその手元を確認しながら、禮知は深呼吸して再度口を開いた。
「……何でこういう事態に?」
「病院突っ込んでみたんだけどね、犬まみれで無理だったからさ」
「……ええと、どうしてうちの屋敷に来るハメになったんすか?」
「原因が麻宮だってはっきりしてきたから、何か分かるかなーと思って。家も近いし、じゃあ探すかって」
「だったら言ってくれれば……」
「だから連絡してもらった」
「事後承諾じゃねえか……ああもう。んで、なんか気になるようなものあったんすか」
「これは説明欲しいかな」
読んだ資料の一つ――麻宮の歴史と術式のものを指し示せば、禮知はあからさまに嫌そうな表情になった。だがしかし、溜め息交じりに説明はしてくれる。
曰く、麻宮の歴史はその本通りだということ。受肉の件に関しては説明した通りだということ。そして現在知江の『カミ』が受肉した状態となっているため、とにかく病院にいる一番大きな犬を倒さなければならないということ。
「……んー。そもそも何で受肉することになっちゃった?」
「そこは俺も想像でしか分かんねえとこで……本来だったら暴走するわけねえのに、いきなり暴走したって感じすね」
「過去に似たような事例は?」
「使役してる『カミ』で、状況異なってくるんで何とも。ただ暴走っつーか受肉した結果で、『カミ』に主導権を奪われて『カミ』そのものになったって例は何件か」
「……なるほど。面倒だな」
麻宮は『ウィザード』の家系ではあるが、その本質は『憑物筋』や『シャーマン』に近しい、といったところだろう。『こちら側』よりは『あちら側』に近しく、踏みとどまっている――或いは、もっと別の見方をすれば。
そこまで考えて、律は思考を振り払う。詮索しても意味のないことで、考えても仕方のないことだ。
「……ま、これ以上いるとなかみーの顔が真っ黒になるし、次行こうか」
「本気でもう嫌です……」