Hound Dog - 03
陵が電話を繋いだまま、『とおる』の実況中継を頼りに現場に向かっていた――のだが、途中で『絶対入んな!』という『とおる』の叫び声と共に電話が切れてしまった。とにもかくにも住宅街の一角だということは分かっていたのでそちらに向かえば、立ち上る黒煙。見覚えがある景色の先、火災が起きているのは先日訪れたばかりの楠家だった。その前で、恭が『とおる』ともう一人、女子高生に地に組み伏せられている状況になっている。
「……しんど……、……何この状況……」
「……早乙女さん……お久しぶりですね……」
「あ。お久しぶりです、茅嶋さん、中御門さん。大丈夫です?」
「いたいいたいもう冷静になったって飛び込まないって大丈夫だから! いたい! ごめんなさい!」
「本当に?」
「きょーまじでおおばか! ねーこいつのこと強めに叱って! まじで!」
「……察した……」
恭のことだ、後先考えずに燃えている家の中に飛び込もうとしたのだろう。それを『とおる』、そして恐らく通りすがりの女子高生――旧知の仲である『仙人』、早乙女 結が止めてくれたということだ。
息を整えて、律と陵は燃え盛る楠家を見上げる。炎の勢いは強いが、周りに延焼するような気配があまり感じられない。明確な意思を持って楠家に留まっているようにも感じられるそれは、何らかの力が働いているのだろう。――と、解放されて立ち上がった恭が目を丸くして再度駆け出そうとし、その手を結が引っ掴んだ。
「あ」
聞こえた声は聞き覚えがあるもの。燃え盛る家の中から出てくる人影は1つ。しかし、その人影に隠れるようにしてもうひとつの気配。思わず眉を寄せてしまったのは、まさかそこが今でも繋がるとは考えていなかったからだ。
楠家から出てきたのは、柊 隼人。家の前に揃っている5人を見て驚いたような顔をして、そして困ったように笑う。
「あー……お久しぶり、です……」
「え、くす」
「隼人くん」
強めた語気で恭の声を遮れば、ほぼ同時に『とおる』が恭の口を塞いでいた。今のところ恭は『柊 隼人』とは初対面である上に、彼の事情について律は恭に話していない。もごもごと小声で何かやり取りしている二人はひとまず無視だ。彼に向かって『その名前』を呼ばなければ、一応は問題ない。
「見ての通りですね……」
「……あー。なかみーごめん隼人くんの話聞いて、俺ちょっとアレの対処しなきゃ」
「分かりました、そちらはお任せします」
隼人の影に隠れるようにして、小声でいません俺はいませんなどと呟いている『カミ』が一人。廃校を自身の『領域』とする、よく知った『カミ』――『校長先生』に、律はにこりと微笑んだ。
「何してるのかなー、こんなとこで?」
「何もしてません」
「ひい……え、何りつえもん怒ってる……?」
「うん」
「ですよねー……」
昨年巻き込まれた事件の際、律は『校長先生』に事件解決の対価として一つの『制約』を課している。曰く、人に危害を加えないこと。それは『ウィザード』との『契約』の形で、今現在も間違いなく『校長先生』の行動を縛っている。違えることは不可能に近い呪縛となっている上、『校長先生』の力ではどうにもできない筈だ。
今回普通に隼人の傍に『校長先生』がいるということは、人に危害を加えるようなものではないということだということは分かる。だがしかし、起きている事態は危害を加えないものだとは言い切れない。
「何してんの?」
「あの、言っても怒んない? いやもう怒ってるんだろうけどさ……」
「言わなかったらもっと怒る」
「言っても怒るじゃん」
「言わなかった方がひどいよ」
「ひどいのかあ……」
芝居がかった調子で肩を落として、『校長先生』は隼人の方へと視線を向けた。当の隼人は陵に聞かれるままに答えているのが伺える。
ようやっと観念したらしい『校長先生』は、事のあらましを話し始めた。
元々、『校長先生』に話を持ち掛けてきたのは隼人だということ。隼人という人間に『校長先生』が半分憑依するような形になることで、罪悪感や倫理観といったものを和らげてほしい――という依頼だったらしい。隼人から話を聞いた陵が頷いていたので、それは間違いではないようだ。『校長先生』の方に断る理由は特になかったので、二つ返事で引き受けて現在に至る、ということになる。
罪悪感や倫理観を和らげたかったのは、この家を燃やすためだったのだろうことは容易に想像がつく。あるいは、それ以上のことを考えていてもおかしくはない。先日の事件が彼の耳に入っていないとは思っていないし、そもそも何も感知していない訳もないだろう。
「まあ俺としては知り合いの頼みだし? お願いされたら、俺って頼られてんなあって思っちゃったりしちゃったり?」
「は?」
「すんませんした……」
「茅嶋さん、俺が頼んだことなので、その」
「それもそれだよ。大体の事情は何となく想像つくけど、もうちょっと自分のこと大事にして」
「律さんがそれ言うとブーメランっすよ」
「……そうか。よしなかみー任せた」
「え、私ですか」
恭の口出しに反論できずに思わず陵に話を振れば、完全に困惑した表情で隼人と『校長先生』を交互に見比べる。数舜置いて思うところがあったのだろう、陵は『校長先生』の方へと視線を向けた。
「……隼人くんがやったことにういて、人の命に関わることだと認定された場合について考えたいのですが」
「待って人いねえって分かってたし命の危険性はないって」
「ギリギリのところで出てきましたよね。一酸化炭素中毒を御存じないわけではないですよね」
「結果的に死んでないじゃん!?」
「人間って脆いんですよ」
「あー最悪!?」
人の命を奪いかねないことだと強制的に自覚させられた『校長先生』の周囲に浮かぶのは、律と『契約』を交わしたことにより自動的に反応する魔法陣。雷撃を放ち続けるそれから逃れるすべはなく、ぎゃあぎゃあと『校長先生』は悲鳴を上げる。結界ですり潰しますよ、などと不穏な発言をしている陵からは目を逸らして、律は隼人へと視線を向けた。『校長先生』の憑依が剥がれたのだろう、隼人の顔色が悪くなっていくのが分かる。自分が何をしたのか、を自覚したのだろう。
「……早乙女さん、この後ってお時間ある?」
「ああ、はい。大丈夫ですよ」
「この子、水乃登神社まで連れてってあげてほしい。俺たちは今の状況の調査とかあるから、あまりタイムロスできなくて」
「それくらいなら全然引き受けます」
「いや……俺にはまだ、やることがあるので……」
「そんな顔色の人間を自由にさせると思うな。ちなみにやることって何」
「その……全ての決着をつけなきゃいけないので……」
「かっこいいこと言っても駄目。おとなしくしてて」
「パーカーもついてってもらえば逃げらんないんじゃん?」
「えー、俺お前らのが心配なんだけど」
「なかみーいるから大丈夫」
――何故『とおる』に心配されているのかについては、努めて考えないことにした。
結と『とおる』が隼人を抱えて神社へと向かう姿を見送った後。楠家の火災については、陵が龍神の力を借りることで対処した。何も残したくないという隼人の強い意志もあったからだろう、骨組みは黒く残ってはいるものの、押せば倒壊してしまいそうなほどに脆くなっている。ひとまず火災が落ち着いたことだけは確認して、3人は次の調査箇所を決めることにした。
「どうする? 虱潰しに行くしかないけど」
「俺とパーカー、繁華街行こうとしてたんすよ。そしたら火事で」
「ああ、じゃあ繁華街の方見に行きましょうか」
どこを調べなければならない、という目的地があるわけでもない。行っていないなら見に行った方がいいだろう、と繁華街の方へと足を向ける。現れる大犬に対処しつつ進んでいると、あ、と恭が声を上げた。
「らっちっち! イッチ!」
「え」
ぶんぶん、と恭が手を振る先には二人の人物。麻葉 禮知――ともう一人、律の知らない白髪赤瞳の男性。誰だ、と思っている間にすぐに恭はそちらに走っていってしまった。禮知と男性もこちらに気が付いたのだろう、視線を向けつつ何事か話しているのが窺える。
「ドモ。いつもお世話になってます」
「どうも。……ええと禮知くん、こちらの方は?」
「あー、こいつは」
「麻宮 与々でーす」
ひらひら。手を振りながら、軽薄な調子で放たれたその名前に律は面倒ごとの気配を感じはしたものの、ひとまず顔には出さない。陵と共に初めまして、と挨拶を交わしておく。
――麻宮の話には散々巻き込まれてはいるものの、それでも部外者の律が口を出す話ではない。
この辺りにいた大犬については、この二人が粗方掃討したのだろう。あちらこちらに飛び散る青に、黒い泥、黄色い砂。なかなかの惨状ではあるが、被害らしい被害は一応見受けられない。後片付けを考えると頭が痛いが、それは後だ。
「どういう事情でこうなってるか、知ってる?」
「あー……連絡したじゃないすか、知江が刺されたっつーの……。んで、何がどうなったのか、知江に憑いてた『カミ』が暴走したみたいで……」
頭を掻きながら、気まずそうに禮知が知っている事情を話し始める。
曰く、知江は腹部を刺されたものの、知江の下半身は『奪われて』いるもので機能していない――故に、刺されたところでそれほどの問題にはならないはずだった。だがしかし、その知江の下半身の機能を補う役目も担っている『カミ』、『ミゼーア』が何故か受肉した状態で現れ、そして『ミゼーア』が肉体を持ってしまったせいか、刺されたという結果も知江自身に返ることとなった。知江を何とかしなければならないが、『ミゼーア』は強大な力を持つ『カミ』だ。そのまま勝つのは難しい、故にひとまず散らばっている『ミゼーア』が従えている大犬たちを倒していっている、というのが今の禮知、そして与々の状況だとのことだった。
「……知江ちゃん放置しといて大丈夫なの、それ」
「いや、知江は……状態的にはよくないすけど……受肉してる以上、知江が死んだら『ミゼーア』も死ぬんで、まあ死なせはしないだろうっつか、まあ、そう踏んで離れてる状況すね」
「よく分かんないけど知江ちゃんがやばいことだけ分かった」
「はい、柳川くんは黙っておきましょうね」
「うぐ」
陵が恭の口を塞ぐのを横目で見つつ、今の状況を整理する。
今回の大犬の騒ぎは、知江に憑いている『カミ』の暴走の結果。つまりは大本であるその『カミ』をどうにかすることができれば、この事態は収束する。であればすぐにその解決策を取りたいところではあるが、禮知が難しいというのであればすぐに手出しはできないだろう。やはり地道に大犬を倒し続けるしかなさそうだ。
「……今後のことは考えてる?」
「……知江のことは、当然なるべく生かしたいっすけど。ここまでの大事になったからには、最悪のことも覚悟はしつつ……すかね」
「そっか。……じゃあまあ、俺らもこのまま犬倒す方に動くしかないかな。何か動きがあるようなら恭くんに連絡してもらっていい?」
「うす」