Hound Dog - 02

 ようやく到着した神社は、多くの人が集まっていた。一般人も集まっているのは、恐らく氏子の人々だろう。一様に不安そうな雰囲気を感じながらも、英二と姫に桜のことを任せ、律は宮司の元へと向かう。
 この神社にいる限りは、桜の安全は保障される。それなりの距離を歩かせてしまったので、今後の体調が心配だ。恭が憂凛を連れてきているし、他にも人が大勢いるのであれば、桜のことを安心して預けていられる。

「あ、いた、なかみー」
「茅嶋さん。到着されたんですね」

 社務所の中、何かしらの作業をしていたらしい宮司――中御門 陵が顔を上げる。律が来るという話は恭から聞いていたのだろう。

「うん、道中で丁野先生とヒメ先生に会ったから、二人も一緒に。桜も家に置いておくのは心配だから連れてきてて……、悪いんだけど、桜のこと任せてもいい?」
「いいです……、今何て?」
「え?」

 こくり、と頷きかけた陵の動きが止まる。え、と首を傾げた律は先ほど自分が口にした言葉を脳内で反芻した。別段おかしなことは言っていないはずだ、と思いかけたとき、後ろからあ! と聞き慣れた大きな声。振り返れば、ぱたぱたと恭が駆け寄ってきた。

「柳川くんちょっと、茅嶋さんときたら私に桜ちゃんを任せて外に出ようとしているらしいですよ」
「は!? あっこの人またいろんなこと頭からすっぽ抜けて一人で行こうとしてるな!?」
「あ」
「なかみーからも言ってやって! 律さんちょいちょい俺のことも忘れる! ひでえ!」
「ほんとそれ」

 珍しく口調を崩して、じとりとした視線を向ける陵に、思わず乾いた笑いが出る。さすがに恭のことを忘れているわけではないが、恭は憂凛も子供たちも連れてきている。それに陵だって神社のことが気掛かりだろう。となれば桜のことを任せて一人で出ればいいか、というのは律にとっては自然な流れだったのだが、二人にはそうではなかったようだ。
 どうにもこうにも、こういうときに一人で動けばいい、と考えてしまう悪癖が抜けないのは本当に良くないな、と内心思いつつもごめん、と謝罪を口にすれば呆れ切った溜め息が返ってきた。

「でもなかみー、神社のこと気掛かりじゃない?」
「神社には龍神様がいらっしゃいますし、ルキがいますから。避難してきた方々に関しては私がいなくとも既に対応できています。徹が子供たちのことを気にしているので、私も外に出るつもりだったんですよ」
「あーなるほど……?」
「というわけで一人で行かせるわけがないでしょう、この状況で。桜ちゃんに心配をかけては駄目ですよ」
「俺も一緒に! 行く! ヒメ先生来てたしゆりっぺもういういもれおれおもだいじょぶ!」
「そっかー……」

 実際のところ、どこまで被害が広がってるのかを確認するのに、一人で徒歩で歩き回るのは重労働だ。人数はいた方が早く対処も可能だろう。それに、この事態であれば他に動き回っている同業者がいてもおかしくはない。
 これは仕事とは言えないが、自分の身の安全を確保するという意味で状況と原因を把握して、早急に対処しなければならない事態だ。信頼に足る、実力のある人手は多い方が助かるのは事実なので、このまま二人と動くという選択肢を取った方がいいだろうことはさすがに分かる。

「というわけで、桜ちゃんのことを頼むなら丁野先生に頼んできてください」
「ちょっと大事な嫁を任せられる相手じゃないなって……」
「それ本人に言ったら拗ねますよ」
「まあヒメ先生あの様子じゃ丁野先生外に出さないだろうし……仕方ないな……頼むか……」
「めっちゃ渋々じゃん、いっそ律さん神社に残るのどうすか」
「それはちょっと」

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 結局神社の外へは律、恭、そして陵と境外社に祀られている神様であり恭の友人である『とおる』が向かうことになった。疲労もあるのだろう、眠ってしまった桜のことは憂凛と英二に頼んでおき、そして最初に問題になったのは。

「どこから調べるか、ですね」
「4人もいるならばらけた方が早くていいと思うんだけど」
「律さんは! すぐ! そういうこと言う!」
「一人で動いたらあぶない! あぶないことするな!」
「何これめっちゃ怒られるじゃん俺」
「私も怒りますが?」
「まじか……時間かかる……」

 時間短縮になるだろうと踏んだのだが、すぐに恭と『とおる』に却下された。固まって動くのであれば一人で行動するのと大して変わらない。時間が掛かってしまうのは好ましくない、と思った気持ちはそのまま口から零れ出た。むに、と陵の指が律の頬を掴んで、そのまま軽く引っ張られる。

「いひゃい」
「茅嶋さんには取りあえず監視が必要ということで」
「なかみーに律さん任せよっかな。パーカーどっか行きたいんじゃなかったっけ?」
「そう! 住宅街に行きたい! 子供たちが気になるんだよな」
「じゃあ俺そっち一緒に行ってくる。ちょっとなかみー律さん怒っといて」
「陵さんはその人を強く叱るべき」
「何で?」
「任せてください」

 納得はいかないものの、他の3人としてはそれで話がついたらしい。二手に分かれることになり、住宅街への方へと向かう恭と『とおる』には手を振った。多少の心配はあるが、恭のスマートフォンにはきちんとチェシャ猫のキーホルダーがついていた。恐らく憂凛が持たせたのだろう。『アリス』が一緒にいるのであれば、ひとまず心配する必要はない。何かあれば『分体』から連絡も入るだろう。
 このまま陵と分かれて調査に行こうとすれば怒られるのだろうな、ということはさすがに分かる。思わず漏れた溜め息に、陵が首を傾げた。

「どうされました?」
「……いや別に……何か余計なこと言って怒られそうだからなかみーの言うこと聞いとく……」
「……拗ねてます?」
「ふてくされてます」
「何で怒られてるか分かってないでしょう貴方」

 肩を竦める陵からは目を逸らしておく。一人で行動するということは心配を掛けることだということは重々承知しているし、それで怒られていることは分かっているので。こんな状況だ、いつものように行動するのは確かにリスクもある。

「ここからなら……、黒沢さんの家が近いですね。彼女、大丈夫でしょうか」
「クロちゃん? 神社来てないんだ」

 陵の口から漏れたのは、黒沢 影那の名。神社の禰宜であるルキの同級生で、『猫神』の『神憑り』。最近少し疎遠ではあるものの、律も彼女とは昔からそれなりに交流がある。そして何より、彼女の夫は先日『きさらぎ駅』の話を持ってきた上里 信司だ。

「家を出ない方がいいと判断している可能性は高いですね」
「まあ猫神様もいらっしゃるし、上里くんいるし、基本大丈夫だと思うけど……様子見に行こうか」

 無事であればそれでいいが、無事の確認はしておくべきだろう。大犬が現れないか、その動向を気にしつつも二人は影那の家のある市街地の方面へと足を向けたのだった。


 影那の家を訪れると、鳴らしたインターホンに反応して玄関をそっと開いたのは上里 信司だった。玄関の扉近くにいた陵の顔を見て、そしてその後ろに立っていた律の姿を見て、ぱっと表情が明るくなったのが見て取れる。

「おはようございます、上里くん。大丈夫ですか?」
「大丈夫、です。お二人ですか?」
「情報収集とかいろいろ……上里くん何か知ってることある?」
「……りっちゃんさんなんか、……あの、具合でも悪いですか? 大丈夫です?」
「ゆっくり休もうとしてたところに降ってきた事件で俺は非常に気分が悪いですね」
「ああー……」

 律の機嫌がそれほどよくないことは声に出ているのだろう。苦笑いする陵とひきつった笑みを浮かべる信司に、律は肩を竦めた。大人げなく不機嫌を顔に出したところで、事態が解決しないことは分かっている。
 部屋の中から声がして、信司が部屋の中を振り返る。隙間から見えるのは影那の姿と、そして白い猫――影那と共にいる『猫神』。

「……あの、家から出てないので知っていることも何もないんですが、お二人がここにいらっしゃるということは、その、神社ってもしかして安全ですか」
「龍神様が結界を張ってくださっているので、相当なことがないかぎりは安全ですよ」
「結界……じゃあ恐らく僕は入れないと思うんですが……あの、猫神様と奥さ……僕のつ……あの……えっと……先輩……」
「いや結婚してそこそこ経つでしょいつまで先輩呼びなの」
「それは! 置いといて! 神社に入れてもらえたりしますか?」

 神社で預かるかどうかとなれば、律が口を挟む問題ではない。しかし信司が、今現在結界が強化されている神社に入れない事情も分かっている。さてどうなるのかと思えば、陵と信司の話に『猫神』や影那も参加し、何だかんだと話し合った末に『猫神』と影那は神社で預かる、信司は神社の鳥居はくぐらず、外で待機するということで話はまとまったようだ。
 すっかり神社が避難所のようになっているなと思いつつ、律としても今は桜が世話になっているので何も言えない。大事な時期だ、神社まで歩かせてしまったことも心配ではあるが、家に一人にはできなかった。ゆっくりできているだろうか、と考えかけて首を振る。憂凛もいる、英二にも話はしてある、大丈夫だと信じるしかない。
 神社に向かう背を見送ってから、さて、と律は次の行動を考える。このまま知り合いの家を手当たり次第に当たる、という手がないわけではないが、恐らくそれでは特に情報は集まらないだろう。知り合いを当たったところでできることはただの避難誘導くらいのもので、それは必要なことではあるが事態の解決には至らない。

「どうしようかな。取りあえず手当たり次第犬倒すか」
「誰か情報を持っている方に会えればいいんですけど」
「ん-、何でこんな大騒動になってるやら……。……後処理考えたくないわ本当……」
「何とかしてくださいね」
「俺なら何とかできるでしょみたいな顔しないでいただいても?」

 やいのやいのと軽口を叩きながらも街を進み、現れた犬を退治したところで、陵のスマートフォンに着信の知らせが入る。通話ボタンを押した瞬間に響く声は、先ほど別れて恭と行動をしている『とおる』のものだ。首を傾げながら、陵は電話をスピーカーにして。

「どうしたんですか、徹」
『りょーさん! きょーが! 恭がなんか、火出てんだけど、なんか走って、遠い!』
「火? ……火事ですか?」
『止まれっつってんのに! あいつ人の話聞いてない!』
「らしいですよ茅嶋さん」
「……まあ恭くんなら行くよね……」

 状況はさっぱり分からないが、しかし想像はつく。恭は考えるよりも先に体が動くタイプだ。火事に気が付いた瞬間にそちらの方に向かっていってしまうだろう。足の速い恭を追いかけるのは、いくら『とおる』でも骨が折れそうだ。

「取りあえずそちらに向かいますから。何とか柳川くんを捕まえてください」
『がんばるけど! 遠い! 何であいつあんな足速いの! 早く来て!』

 電話の向こうから聞こえる悲鳴は、あまりにも切実だった。