Hollow Pretender - 03

 桜に連れられて応接間に現れた知江は、律の顔を見た瞬間土下座しそうな勢いだった。大抵そうなってしまうので、桜が先にどうぞ、とソファに腰掛けることを勧めてくれる。数秒躊躇った後、知江はソファに腰を下ろした。
 
「申し訳ございません……ご迷惑をおかけしていると思います……」
「ん?」

 土下座は回避したが謝罪は回避できなかった。
 ひとまずこちらがどこまでの情報を持っているかは開示しない方がいいだろうと判断して、律は知江に詳細を求めることにした。怒りとどうしようもない悔恨のようなものを滲ませながら、知江は話を進めてくれる。
 曰く、明神が自宅に戻ってきて、何故か万寿と仲の良い感じになっているという噂が発生していること。しかしどう考えても楠家と絶縁した明神が自宅に帰るとは思えず、ましてや万寿と一緒にいるなど天地がひっくり返っても有り得ないこと。恐らく何か儀式を行った結果、そういうことになっているのであれば、その儀式が何らかの影響を及ぼす可能性があること。
 
「本当にあの女ときたら諦めもしなければろくなこともしない……、茅嶋様はお知り合いだと存じておりますので、ご迷惑をお掛けするか、下手をすればもうご迷惑をお掛けしているのではないかと。当主としてお詫びに参上した次第です……」
「あはは。じゃあ今からご迷惑被りに行こうかな」
「え」
「ちょっと待ってね」

 そこまで話を聞くことができれば充分だ。知江がわざわざ詫びに訪れるくらいだ、推測の話ではあれほぼ確信なのだろう。律が現在持っている情報と合わせて、仕事として請けることは可能だろう。
 スマートフォンを手に取って、呼び出したアドレスは警視庁――こういった案件でよくやり取りをしている、渡瀬のものだ。すぐに電話は繋がったので事件のことを伺えば、人外の仕業の可能性が高いとのことで渡瀬のいる部署に既に話は上がってきているとのことだった。茅嶋で受けさせてほしいと頼めばすぐに許可は下りたようで、いつも通りの手順で資料をお渡しさせていただきます、という会話を終わらせてから、知江に向き直る。
 
「お聞きの通りなんだけども」
「……その事件と関連がある、と……」
「まあほぼ。で? どうする、知江ちゃん。体裁もあるだろうし、うちに依頼って形を取っておく?」
「そこまでご迷惑をお掛けするわけには、」
「言ったでしょ、ご迷惑被りに行こうかなって。……まあ俺としては、できる限り楠くんの力にはなりたいからね」

 ――彼の友人は、死なせてしまったから。その贖罪とは言えないしただの自己満足ではあるが、できれば幸福でいてほしいと願うのは誰が相手であれエゴだろう。
 唇を噛んで俯いた知江はしかし、そのまま頭を下げた。
 
「お手を煩わせて大変申し訳ございません……!」
「いいよ、慣れてる」

 肩を竦めて――仕事となれば恭に連絡を入れなければならないが、今回は先に陵に話を通すべきだろう。気になると言うだけで随分と調べて情報をもらってしまったので、このまま放置しておくわけにもいかない。
 手に持ったままのスマートフォンで陵に連絡を取れば、数回のコール音の後に陵が電話に出た。
 
「なかみーごめんね、今何かしてた?」
『ああ、いえ。少し遅くなりましたが昼食を』
「……もしかして肉」
『よく分かりましたね』
「豚肉?」
『ササミですが』

 きょとんとしている陵に意味は通じているのかいないのか。ぎょっとした顔をして律を見ている知江には意味が分かったのかもしれないが、分からないのであればこのままにしておく方が良い。
 簡単に知江からもらった情報を共有しようかと思ったが、昼食時なのであればいつまでも陵の時間を奪っているわけにもいかない。
 
「16時過ぎるとは思うんだけど、そっち行ってもいい? 知江ちゃんにもらった情報と、あと警察に捜査資料提供してもらうから、ちょっと情報整理しよう」
『分かりました。資料が多いのであれば、広めの部屋を用意した方がいいですね』
「うん、お願い」
『いえ、お待ちしてます』

 電話を切って、時計を確認。まだ時間に余裕はある。
 
「というわけで知江ちゃん、分かる範囲のデータまとめて出してもらっていい?」
「はい、本当にお手数をお掛けして申し訳ございません……」
「謝罪はもういいから……」


 
 神社にて、陵と二人、今ある情報を整理する。
 警察の調査でも、恐らく犯人が潜伏しているのは楠家のある地区ではないかということまでは突き止められているようだった。監視カメラに映っているほどだ、特に痕跡も消えてはいない。
 知江の方からも今分かっている情報は提出された。知江は現在麻宮の当主ではあるが、麻宮の直系である授々とその娘である万寿の方が立場が上になってしまうという事情があり、恐らく傷害事件とも関わりがあるだろうし、何らかの儀式をしているのは確定だがその証拠がないので手を出せない、といった状況らしい。なお、彼女は神社には連れてきていない――何かあれば連絡すると伝えて、一度帰ってもらっている。
 
「で、まあその儀式の内容がこれですね」
「これ知江ちゃんには見せたんですか?」
「見せる訳ないじゃん」

 律の手元にあるのは、明神の部屋を『分体』が精巧に模写した画像。誰の目から見ても明らかな儀式の真っ最中、といった様相は、律の目から見れば明らかに『ネクロマンシー』のそれである。
 
「ここが間違ってるしこれも違うしここは惜しいし……これで動くの絶対『カミ』関わってんなすぎてもう」
「はあ」
「でもこの辺り直して……、……ごめんうっかりなかみーに魔術の授業しそう」
「門外漢過ぎるのでご勘弁願えますか……」
「あはは。で、どうしようか」

 今夜中に踏み込んでしまうか、それとも万全の体勢を整えておくべきか。
 律としては万寿自身はそれほど脅威と見做さなくてもいい、とは考えている。ただ、彼女の母である授々に関しては未知数だ。家に踏み込むのであれば、どちらにしろ万全の準備を行った方がいいだろう。
 ふむ、と考え込んだ陵の手が、警察の捜査資料を捲る。1件目、2件目。事件自体はまだ2回しか起きていないので、共通点らしい共通点は「人に咬まれた」ということだけだ。

「……これからの時間帯に一番事件が起きているんですよね。そう考えると、まずは傷害事件を止めることが先決かと」
「まあそうだね、一般の人に被害が出るのはよろしくないし。このまま探しに出ようか」
「柳川くんに連絡しなくていいんですか?」
「桜が連絡はしてくれた。待機させといてとは言ってるし、まあなかみーと一緒なら恭くんも怒らないから」

一人で行動するのは怒られるが、こちらも子育てに精を出している恭の邪魔をするのは気が引ける。
 話がまとまって、軽食をつまんでから陵と二人、調査に出る。とはいえ、探すのはそれほど難しくない。この間万寿に会っておいたお陰で、その魔力の質は鮮明に覚えている。あとは追いかけるだけだ。
 あちらこちらに動くそれを追いかけて、唐突にぶわりと濃い魔力を感じた瞬間。

「あっつ……!?」
 声を上げたのは少し離れた位置にいた陵の方。そちらを振り返れば、陵の前に街灯に照らされた二人の人影。駆け寄っている最中に既に片方の人影が陵に襲い掛かり、そして式神がそれを防いだのが分かる。

「大丈夫!?」
「いきなり咬まれるわ着物燃やされるわ最悪ですよ……」
「そりゃご愁傷様だ」

 軽口を叩きながら、眼前の二人を見る。まさに探していた人物――万寿と、そして二人が覚えているよりも遥かに年若い『明神』の姿。穏和な表情を浮かべた『明神』からは人の気配が感じられない上、その口元が赤く染まっている。

「中御門さん、茅嶋さん、こんばんは」
「……こんばんは、じゃないんだよなあ」

 半笑いで返した言葉に、きょとんと万寿が首を傾げる。心底意味が分かっていない。しかしどう考えても、道で出会ってこんばんは、という状況からは逸している。
 この場合先に止めるのであれば万寿の方だろう、という判断はできる。彼女が持つ明神に対する妄執を、よく知っている。偽者の創り上げた明神であれ、先に攻撃してしまえば何が起きるか分からない。だがしかし、いつものように魔術を使いかけて流石に手が止まった。万寿は『ウィザード』ではあるが、その実力は高くない。防御したところで容易に律の魔術はそれを貫くだろうし、下手をすればその命を奪うことになる。
 陵も止めるべき順序に関しては同じ考えだったのだろう、式神が万寿の方へと飛び出しその足止めをする。
 
「急に何するんですか!?」
「何するんですかはこっちの台詞ですが!?」
「ひどい!」

 ぶわりと立ち昇る魔力、ぎらぎらと光る鏡のような何かはしかし、陵が取り出した鉄刀の一太刀のもとに振り払われた。それに便乗する形で、律はかなり弱めた魔術を構築する。きらきらと舞い降る鏡の隙間から放つ形になったそれは万寿の隙を突いてくれたようで、がくん、とその体から力が抜けてその場に倒れ込む。
 
「よかった加減間違えなくて……」
「気絶しましたか。となると後は」
「うん」

 万寿が気絶したせいか、『明神』はその表情を変えていた。穏和な表情は消え、能面のように表情が消え失せている。万寿を気絶させた律のことが気に食わなかったか、ごう、と赤い炎が律の眼前に迫り。
 ――しかし、律としては。この『明神』は人ではないので、遠慮する必要も加減をする必要もない。炎が到達する前に、『明神』の体を雷撃が切り裂いた。その体は土や泥のようなぐちゃぐちゃとした物体へと姿を変え、地に落ちていく。きら、きらと所々に輝いて見えたのは恐らく鏡の破片だろう。
 倒れ伏している万寿が起きる気配がないことを確認して、律は屈んで『明神』だった物体を確認する。死体の代用として『ネクロマンシー』の素材に使ったものだろう。そしてその存在をより強固なものへとするために、人を襲っていたと見て間違いはない。
 
「……万寿ちゃん、どうします?」
「とりあえず家連れて帰っておこうかな。倒れてたので」
「通じるんですかそれ?」
「まあ何とかなるよ」

 幸い楠家は近い。万寿を運ぶためだけに恭に来てもらうべきだったな、と考えつつもその腕を取ると自分の肩に腕を回させ、陵の助けも得て何とか楠家の前へと歩いていく。何となく楠家に近づくのは避けたいという陵は少し離れたところから見守ってもらうこととして、律はインターホンを押した。インターホンからは授々の声。おたくの娘さんが、と声を掛ければ、すぐに玄関口に授々は現れた。
 
「すいません、こんな時間に。万寿ちゃんが倒れているのを見つけて……、病院に運ぼうかと思ったんですけど、そういえば御自宅近かったなって」
「まあ……わざわざご親切にありがとうございます」

 倒れていた、と言われ、気絶している娘を特に心配する様子もなく受け取った授々は、何を察しているのか。しかし何も問われないので、律も何も答えない。お互いににこやかな応対を装うのみだ。
 何のお構いもできませんがお茶でもいかがですか、と言う授々の申出は固辞して、律はその場を立ち去った。角を曲がれば待機していた陵に心配そうな顔をされる。
 
「家の中から漂う気配が最悪」
「わあ……」
「知江ちゃんに連絡取って、明日踏み込ませてもらえるように手筈整える。なかみーも一緒に来る?」
「まあ、ここまで付き合いましたし。結果も気になりますし、茅嶋さんのことも心配ですし……」
「なかみー優しい。さすがイケメン」
「馬鹿にしてます?」
「感謝してるんだよ」

 さて、明日の用意はどこから行うべきか。恭にも連絡をとらなければならない。
 これまでのことに合わせて儀式の様相と家の中――そして授々の背後から感じた気配のことを考えながら、一旦帰路へとついたのだった。