Hollow Pretender - 02

 その翌日のこと。
 
『すいません、朝から』
「大丈夫拡声器に起こされた後だから……」
『拡声器』

 朝早くに恭から電話が掛かってきて起こされたお陰で、今日の律はいつもより早起きだった。そこに電話を掛けてきたのが陵である。
 
『徹から噂話を聞きまして。もしかしてそちらも柳川くんからお話がありましたか?』
「何かあれだよね、死んだ人が生き返ってるとか何とか?」
『そうです。大切な人が戻ってくる、死んだ人が生き返る。そういう噂が出ていて、ろくでもないことにしかならないんじゃないかって心配していたので』
「……ルキくんの胃に穴空いてない?」
『死にそうな顔してました』

 だよね、と律は苦笑する。陵の神社の禰宜であるルキと、その境外社に住まう『カミ』に纏わるものはよく知っている。
 恭からはその話の後、「何かパーカーにやたら偉そうにお父さんなんだから子供のこと大事にしろよ、勝手に首突っ込むんじゃないぞって言われたんだけど何で?」と不貞腐れたことを言っていた。あそこに祀られている『カミ』は子供たちを見守っている神様となっているため、思わず父親業に勤しんでいる恭にもそういった立場を言ってしまったのだろうが、恭にとっては『友人』という扱いなので上手く繋がらなかったのだろうな、と思う。
 
「噂の出所って分かる?」
『調べてみると言っていましたので、今のところは分からない、というのが正解でしょうね』
「そっかー……ただの噂話なら俺動けないな。知り合いが何か巻き込まれてるならともかく」
『ああ……、それはそうですよね……』

 闇雲に動いてしまうと色々と差し障りが出てしまうのが、律の仕事である。依頼を受けて仕事をするというスタンスである以上、巷の噂ひとつひとつには対応しづらい。そのことは陵も分かってはくれたのだろう、電話の向こうで困惑しつつも納得している様子が伺える。
 
『……気になりますので、私の方で少し調べてみます。何か分かったら御連絡しても?』
「あ、うん。それはしてもらえると有難い。……ごめんね、せっかく連絡してくれたのに」
『いえいえ、大丈夫ですよ。それでは』
 

 
 そして翌日。
 
「……わあ」
「物騒な話ですね……」

 ざっとニュースを確認しよう、と点けたテレビで、ちょうどそのニュースが流れていた。珍しくはない傷害事件のニュースだが、刃物での傷害や、人を殴ったという話ではなかった。
 思わず電話した先は陵である。絶対に有り得ないとは思ったが、先日の事件の前科を思い出してしまったので。
 
「もしもしなかみー? おはよう」
『おはようございます。何でしょう?』
「ねえなかみー何かやった?」
『……? ……あ。ニュース見ましたね?』
「えっやっぱり犯人」
『違います!』

 力一杯否定されて、思わず笑ってしまう。事件自体は笑い事ではないのだが。
 曰く、人に咬まれた――という話である。通り魔のように、しかし刺すわけではなく腕を咬まれたのだと。被害者は病院に運ばれ命に別状はないようだったが、犬に咬まれたのであればともかく、人に咬まれたというニュースはあまり聞かない。
 
『まったく……。しかし気になるニュースではありますよね』
「そうだねえ。そのうち警察から仕事回ってくるかもしれないな……」
『そういった感じですか?』
「分かんないけど。まじで普通の人がたまたま人咬むこともなくはない。きっと」
『……調べてみましょうかね? 疑われたし』
「あはは。そう言えば例の噂話、何か分かった?」

 昨日はそのまま別件の仕事をしていたのですっかり忘れていたが、そういえば、と尋ねてみれば、陵からは歯切れの悪い声が返ってくる。
 分かったことは、若い女性の間で流行っているスピリチュアル的な噂話であるようだということ。そしてやはりまだ噂の出所は分からないとのこと。
 若い女性、という言葉にふと頭を過ったのは、先日の万寿のことだ。彼女も若い女性の部類に入る。もしかしたら何か知らないだろうか、と思ったものの、現状確かめるすべはないので頭から振り払う。
 また何か分かったら連絡が欲しい、と陵に頼んでおいて――事態が動いたのはその日の夕方。相手は陵ではなく、別用で出掛けていた桜から。
 
「律様、少しよろしいですか?」
「ん? どうしたの」
「中御門さんと、スピリチュアルな噂話の話をされたっておっしゃってましたよね。今日聞いた話がそれかもしれない、と思いまして……」
「……あ。聞いてもいい?」
「勿論」

 若い女性、というのであれば桜も範疇に入るのだから、耳に入ってもおかしくはない。近くで話しているのを聞いただけですが、と前置きして、桜は噂の内容を話してくれた。
 陵から聞いた話と同じく、大切な人に会える、という話。だがそれに追加されている情報は、「大切な人に会えるおまじない」「おまじないをすると大切な人が帰ってくる」「けれどその帰ってきた大切な人に、してはいけないことが幾つかある」とのことだった。おまいないの内容や、してはいけないことという文言が引っ掛かって律が眉を寄せたのが分かったのだろう、桜は困ったように首を傾げて。
 
「私はそれほど詳しくはないですが、これはもしかしたら『ネクロマンシー』なのではないかと思いまして……」
「可能性はものすごく高いと思う」

 成功率はほとんどない、と言っても差し支えないレベルではあるが、成功しない、とも言いきれない微妙なライン。一体誰が何の目的でそんな噂話を流しているのかが分からない。
 考え込んでいると、不意に律の電話が鳴った。ディスプレイに表示されている相手は陵だ。電話に出ると、ぺこりと頭を下げて桜が部屋を出ていったのが見える。
 
「もしもし?」
『茅嶋さん、バイオハザードです』
「は?」

 開口一番何を言っているのか分からなかった。
 陵の報告によると、被害者の話が何か聞けないかと思ったが、さすがに病院の場所を突き止める程度が限界だったこと。被害現場に行ってみたところ、そこに漂っていたのは死体の臭いだったこと。しかし被害者は生きているし、加害者も監視カメラで逃げていく様子が捉えられているとのことだった。先ほど桜に聞いた話が、すっと繋がっていく。
 急な噂話の発生には、何らかの事象が絡んでいる。
 
『というわけで私に何かあったら後は頼みます』
「それってさ、咬む方? 咬まれる方? どっちの話?」
『まだ疑ってたんですか!?』
 

 
 そして、更にその翌日。
 
「……2日連続かー」

 朝流れていたニュースは、再び人が人に咬まれた、との話だった。今回は頸動脈が狙われており、かなりの重傷だという。何より監視カメラに写っていた犯人像は昨日とは違い、もう少し小柄な人物の犯行とのことだった。近隣の小学校では集団登校や集団下校が検討されているとのことで、これが続くのはあまりよいことではない。警察の捜査は進んでいるだろうが、こちらから連絡を取った方がいいかもしれない、と考えていると、今日も電話が鳴った。相手は恭である。
 
『おっはよーございまーす!』
「おはよ、今日も元気そうで何より。どうしたの?」
『らっちっちから電話あって、知江ちゃんが律さんに会いたいって言ってるって』
「禮知くん? 知江ちゃん?」

 思いがけない名前、ではない。もしかしたら連絡があるかもしれないとは思っていた。
 楠 万寿の母である楠 授々は、旧姓を麻宮 授々という。麻宮は日本の魔術師では古い部類に入る、由緒正しい魔術師の家系に当たる。その麻宮家の現当主が麻葉 知江であり、そしてその兄であり麻宮家とは断絶していることになっている恭の友人――本人は否定するだろうが――が麻葉 禮知であった。当主同士が直に連絡を取り合うべきではない、という部分で、時折恭や禮知を挟む形でこうしてやり取りがある。
 
『いつがいい? って聞いたら今日の13時とかどう? って言われたからOKしといた。律さんち行くって』
「勝手にOKしてどうするんだこの子は。俺が予定あったらどうすんの」
『そんときはらっちっちにごめん! ってする』

 あっさりとした返答だった。頭が痛い。
 
『そうだそうだ、あと何か、パーカーからなかみーが何か調べ物してるって聞いたから、ぶんちゃんレンタルしといたっす』
「あー、助かるかも。病院とか入れなくて困ってたみたいだから」
『ん? 律さんまた俺に黙って仕事してるな?』
「ただの情報収集を仕事の括りにされると俺何もできなくて困るから勘弁して」
『もー……。まあいいや、ちゃんとお仕事するなら連絡してくださいっすー』
「分かってるよ。取り次ぎありがとうね」

 電話を切って、さて――と考える。知江が会いたいという話の内容は、その内実までは分からなくとも、ほぼ間違いなく万寿のことであろう予想はつく。
 さて何のことだろう、と思いつつも、13時に知江が来るとなれば、それまでに片付けられる仕事は片付けておきたい。あれこれとしている間にあっという間に時間が過ぎていき、昼を迎える頃に通知音が響いて、律はスマートフォンを手に取った。メッセージが1件、陵からであることを確認して開いて、律はそのまま電話に切り替えた。メッセージをやり取りする時間が勿体ない。
 
「もしもし? どういうこと?」
『どうもこうも書いた通りですよ、今朝のニュースの被害者の痕跡を追ってたら楠家に辿り着きまして』
「……まじで言ってる?」
『嘘ついてどうするんですか。噂話の方も今朝徹から『カミサマ』の干渉が酷くて出所に辿り着かないとの話で進展があまりありませんでしたし、どうしようかと思いながらこちらを調べに来たらここですよ』
「そかー……、……俺さあ、今日急遽知江ちゃんと会う予定入ったんだよねえ……」
『麻宮関連……というか、万寿ちゃん関連ですかね。昨今の事件にも彼女が関係があると?』
「可能性高いよね」

 万寿は『ウィザード』だ。そして『よくない』ものを多く抱えているその身であれば、『あちら側』に引き摺られる形で『ネクロマンシー』を使えるようになっていてもおかしくはない。彼女が『ネクロマンシー』で求めるものと言えば、兄で()ある明神だろう。しかし明神は死者ではないので、生き返らせるという形を使うことはできない。別の手段をもって、『ネクロマンシー』をベースとして彼女の求める『兄』を創り出しているということか。
 
「……何か証拠欲しいな……」
『とはいえ、家に踏み込むわけにもいきませんし』
「あ。ねえ、恭くんからぶんちゃん借りてるんだよね?」
『あ、はい。お借りしてますよ』
「さすがに楠家もネットは通ってるだろうし、ぶんちゃんが入れないかな」
『頼んでみましょうか』

 わいわいと、電話の向こう側で声がする。恐らく『分体』と喋っているのだろうな、と思いつつも時間を確認する。時刻は12時半、ぎりぎり知江が来る前には片がつくだろうか。
 ネットワークに侵入したらしい『分体』は、明神の部屋に古いタイプのパソコンを見つけたらしい。そこまで入って見てきた、という報告と共に、部屋にあったものの正確な模写が陵を通して律のスマートフォンに送られ、それを見た律は大きく溜め息を吐いた。
 明らかな『ネクロマンシー』の術式。恐らくは明神の部屋に残っている痕跡を利用している。術式自体は不完全で誤っている部分もあるが、どうにも成立してしまっているらしい。
 
「……、なかみーもうそこ離れて。大丈夫、ありがとう」
『分かりました、このまま戻ります。知江ちゃんとは今から?』
「そう。終わったら連絡する」

 これ以上陵を一人で関わらせ続けるわけにはいかない。さてどのタイミングで恭にも話をすればいいだろうか、と考えつつ、律は電話を切った。