Shin-Kisaragi sta. - 01
『茅嶋さん、今お時間大丈夫ですか?』
「どうしたの?」
『少しお手伝いをお願いしたい案件がありまして、お手空きでしたらお願いできますか?』
「お、いいよ。いつ?」
友人である神社の宮司である中御門 陵からの電話に、二つ返事でOKしたのが数日前。
「……帰らせていただいても?」
「帰らないで!?」
指定された日に神社を訪れて、そこにいた人物を見てすべてを察した瞬間、全力で引き留められたのが今日。
うう、と気まずそうにしている男の名は、上里 信司。律とはそれほど親交はない――が、よく知っている。教育実習時代の教え子の後輩である、ということもあるのだが、彼はとある『カミ』との関わりが非常に深いこともあり、律の仕事上としては要注意人物ではあるのだった。信司の方もそれは分かっている上、律が『ウィザード』であることも手伝って、やはりあまり相性のよい相手ではない。
「というわけでまあ上里くんからの依頼なんですが」
「ルキくん怒らせたんじゃないのこれ?」
「いや……聞かないでいただけると……」
さす、と腹部を擦りながら遠い目になる信司に苦笑い。既に怒られた後なのであれば、律から言うことは特にない。そもそも依頼を受けたのは陵なので、今回の律はちょっとした手伝い、という形になる。
信司の依頼としては、かの有名な『きさらぎ駅』が最近都会に接続しており、このままでは多くの人間に被害が出てしまう可能性が高いのでどうにか解決できる人間に頼みに来たのだとのことだった。信司の妻が巻き込まれる可能性もあるので、それは嫌だ――という趣旨らしい。
「……りっちゃんさんはお忙しいとお伺いしてたので、まさか手伝っていただけると思ってなかったんですけども」
「まあなかみーの頼みだし……? ていうか俺最近時間ある方だよ、恭くん子育て中で仕事セーブしてるし」
「そうですね、このところはよく神社にいらしてますね。書類持ち込まれてるときもありますけど」
「仕事してても気分転換は大事でしょ。あと俺の記憶が確かなら上里くんってきさらぎ駅手持ちになかったっけ」
「……あるんで自分でどうにもできないんですよ……」
「あ、そういう」
「てっきり罠に掛ける側がと思いましたが」
「掛けませんよ!? さすがに!?」
きさらぎ駅、という『怪異』自体には律も何度か巻き込まれたことがある。ポピュラーな『怪異』ではあるが、つまりは認知度が高いということだ。それなりに力をつけてしまっている、ということなのだろう。
ひとまず、信司の案内の元すぐに件の『きさらぎ駅』へと向かう。辿り着いたホームから眺める風景は、確かにそれなりに栄えている駅のような雰囲気だった。陸橋仕立てのホーム、改札から出るには階下に下りる必要があるようだった。
「……お土産のお菓子って持って帰れます?」
「いやいきなり何言ってんの」
「いっぱいあるなと思って。お腹いっぱい食べられそうでしょう」
「食べるの? やめて?」
「食べないでいただけると……?」
ホームから階下に下りる道中。唐突に陵が口にした言葉に、ぎょっとして律と信司が同時に首を横に振る。ここは既に『きさらぎ駅』の『領域』だ。
確かに土産物屋には見覚えのある、あちこちの名産品のお菓子の土産のようなものが置いてある。一見すれば美味しそうだが、普段生きている場所と違う『領域』の食物を口にするのは褒められたことではない。最悪の場合、この『領域』から出られなくなってしまう。
「やはり食べたら駄目ですか? 悪用はできますか、そこの食べ物」
「……りっちゃんさん。りっちゃんさん。ねぇ。ねぇ。何とか言ってやってくださいよ、ねえ」
「……いや……やりたいならやればいいんじゃないかな……」
「『怪異』テロじゃないですか……」
「ちなみに誰にテロするの」
「まさか陰陽師連合にお中元という名で」
「ふふ。お疲れ様です」
「マジでやめようそれ一般人に被害出すな連合がムカつくのは分かるけど!?」
「きさらぎ駅くんが強くなるだけのような気もしますけど!? 餌あげてどうするんですか!?」
冗談ですよ、と笑う陵の目が笑っていないような気がするのは気のせいにしておきたかった。どこも組織から睨まれると大変なのは変わらない。
一通りわいわいと騒いでから、改札を出るべく渡された切符に目を落とす。そこに書かれている文字は見事に文字化けしていて、何が書いているか分からない。読めなくても問題ないか、と気にせず改札を出ようとした律の背後で。
「ちゃんときさらぎ駅行きの切符なんですね」
「……えっと」
「何で中御門さん読めるんですか……」
信司まで少し引いていた。きょとん、としながら普通に読めますよ、と答える陵の切符を覗いてみるが、律のものと同じく文字化けしている。何故これが読めるのか全く分からない。色々な『カミ』と繋がりが深い陵のことなので、どこかしらの加護を得ている可能性はあるが。
深呼吸ひとつ。気を取り直して、改札を出つつ律は周囲を観察する。特段何かに狙われているような気配もなければ、そもそも『怪異』がいる気配がしない。そして『怪異』どころか3人以外の人もいない、大きさに見合わない無人駅状態だ。出口であろう方向から見えるのは駅ビルと公園、反対側の出口には雑居ビル。出ればもう少し風景は見えるだろう。
「ところで上里くんさあ」
「っはい?」
「何でこの『きさらぎ駅』どうにかしてほしいわけ?」
「え、最初にも言いましたけど、巻き込まれると危ないので……」
「それ以外に何かありそうだなって。何で?」
にこ。無意識に浮かべた笑みに、そっと信司が一歩後退る。じっと見つめれば、はは、と笑いながら視線が逸らされて。
「いや、別にあのなんか最近きさらぎ駅くんが反抗的だとか。そういう事実は何もないんですけど。ちょっとこう、あの、喧嘩状態というかね。一部のきさらぎ駅くんと非常に今ちょっと仲が悪いとか、そういうことは別にないんですけどね」
「へー。何で?」
「めっちゃ問い詰めてくる……」
「頑張ってください上里くん」
「頑張れないことを分かっていて!?」
「だってあんまり悪いことされると……ねえ?」
「や、でも本当にあの、ええと、人をほいほい殺せそうな場所に出現しててやめさせようとはしてるけど、やめてくれなくて困ってるっていうのは本当です……」
「ん」
何か企んでいるのであれば、とも思ったが、表情を見るに嘘の様子もない。さす、と腹を擦っているのは殴られた腹が痛んだからか。恐らく殴られたときにもかなり詰めて事情を聞かれているのではないかと想像して、少し気の毒になってくる。
このままここでじっとしているわけにもいかないので、律はそのまま陵へと視線を向ける。
「で、どこ行く? なかみー」
「私が決めるんですか?」
「俺今日なかみーの手伝いであって仕事じゃないから」
「ああ、そういう……ううん。二手に分かれます?」
「まだ状況よく分かんないし、とりあえず一緒にいた方がいいかも」
お土産を悪用する話をしていたのが気になるので。と思ったのは黙っておく。このところ会うと他愛のない話ばかりしているが、陵は陵でいろいろ疲れているのかもしれない。その辺りの話は今度の飲み会で聞き出すべきだろうか。
「安全そうな公園とか……」
「いや公園が安全とは限りませんけど……」
「ううん……茅嶋さんは気になるところありますか?」
「うーん。まあまっすぐ行くならあの駅ビルかなと思うけど。どこでもいいよ、ついていくし。どうせ調べないとでしょ」
「まあそうですね。駅ビルから行きましょうか」
陵の言葉に、3人は駅ビルへと足を向ける。3階建ての駅ビルは、渡り廊下で隣のビルと繋がっているようだった。隣にあるのはオフィスビルの様相だが、相変わらず文字は文字化けしていて読めそうにない。
駅ビルに足を踏み入れたものの、中は変わらず無人だった。広がっているのはどこかで見たことがあるような食料品店や雑貨屋だ。カフェなどもあるようで、それなりに充実しているように見える。
うろうろと歩いている最中、う、と陵が顔をしかめた。どうしたのかと思えば、その眼前には美味しそうなケーキ類が並んでいる――ように律には見えたのだが。
「……すごい腐ってますね……」
「なかみーの目どうなってんの、マジで?」
「分かりませんけど、全体的に朽ちた雰囲気というか……私にはそういうふうに見えますよ」
「あー……」
恐らく嘘ではないだろう。文字化けした文字を読めるほどだ、陵は今この場所の『本当の姿』を見ている可能性が高い。律には普通に見える光景も、陵にとってはそうではないということだろう。ついてきている信司がそれに対して何も言わないことも、真実味を増す。
階段を上って、2階へ。衣料品のフロアのようで、ここも見覚えのある衣料品店が展開されている。
「そういえば外から渡り廊下見えたけど、この階なのかな」
「ああ……3階のようですよ」
「……なかみーそれも読めるんだ? すごいな」
階段横にあるフロアマップを眺めた陵の言葉にぎょっとしながらも、そのまま3階へと上がる。3階は休憩スペースになっているのか、自販機や憩いの広場のような雰囲気の観葉植物などが置いてあるようだった。
ちらりと陵を見れば、やはり顔色が悪い。聞いてみれば自販機は朽ちているし、観葉植物はあり得ないような状態になっているとのことだった。さすがに気分が悪そうな陵のことは心配だが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。渡り廊下は普通に見えるが、陵の目にはどう映っているだろうか。
「……うーん。渡り廊下落ちる可能性あるしな……上里くん渡ってみる?」
「何で僕です!? それされたら僕は完全にきさらぎ駅くんのこと大嫌いになりますけどね……僕が来てるのは知ってるはずなんで彼も……」
「3階から落ちるとなると多分俺の魔術で助けるのは間に合わないしなー……」
落ちたと判断してから魔術を展開するまではどうしても時間が掛かる。さてどうしたものか。
少し考えた後、一度試してみるか、と律は左手で『リズム』を刻む。そのまま口笛を一吹き、渡り廊下に広がった雷撃はそのままがらがらと渡り廊下を崩してしまった。数拍置いてがしゃん、がしゃんと大きな音が鳴り響く。
「……わお」
「何してるんです茅嶋さん」
「思いのほか脆かった……やっぱり朽ちてたのかなごめん……」
「こわ……ええと、どうしましょう。1階戻りますか?」
「そうだね、渡れなかったし」
「公園ありましたよね、隣に。一息つきましょうか」
「つけるかなあ……」
陵の言葉に首をひねりつつも、提案通り階下に下りて外に出ると、そのまま公園へと足を向ける。
公園は緑に囲まれ、中はシンプルな作りだった。あるのはベンチと水飲み場の水道程度のもので、遊具類は見当たらない。
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「なかみー、どう? 一息つけそう?」
「いや絶対無理ですね……すごい汚い公園ですが……」
「そりゃ駄目だ」
この調子で調べ回ったところで、どこもかしこも朽ちている可能性がある。もう一つ可能性は考えたが、律はその考えを押し殺した。今日は陵の付き添いとしてここにいるのであり、今回は仕事ではない。下手に仕事として動けないのは面倒だが、この二人に変に対価を要求しなければならないような事態は避けたいので、そうなると黙っていた方がいいだろう。
再度周囲を確認する。高架下を通れば反対側に行くことはできそうだが、向こう側の景色はどうにもノイズが掛かっているようによく見えない。
「向こう側、行ってみましょうか」
「そうだね」
ちょうど同じように陵も高架の向こう側を見ていたらしい。歩き出せば後ろを信司もついてくるのを確認して。
高架下は商店街のようになっているようだった。しかしここも変わらず無人で、何も気配はない。特に何も調べる必要はないだろうか、と思いながら足を踏み入れかけて、足が止まった。気付かずに陵は先を歩いていく。
「なかみー!」
「え、」
叫んだときには既に遅い。高架の入り口のちょうど真上、気配もなく『何か』がそこにいた。律が声を掛けたところで、陵の位置からはその『何か』の存在は見えない。イチかバチか、陵がいる場所を狙って展開した防御壁――に向けて『何か』はべちゃりと落ちてくる。直撃は避けたものの、衝撃までは殺せない。よろめいた陵はそのまま背後にあった店のシャッターに背中を強かに打ちつけてへたり込む。落ちてきた『何か』は、そのまま溶けるように消えてしまって何だったのかさっぱり分からないが、今は陵だ。
「いっ……」
「大丈夫ですか中御門さん!?」
「……生きてる」
「よかったね。あのね、間に合わなかったら死んでたからね?」
「生きてるのでよし」
「よしじゃねえわ」
本気で疲れているのだろうか。大丈夫だろうか。真面目に心配してしまう。
慌てて駆け寄って陵を助け起こす信司を見ながら、思わず溜め息が漏れた。