Daybreak Prospects - 03

「えげつない話を聞いてしまった感じがすごい……」
「そうだねえ……」

 その日の夜、律と恭はホテルにいた。
 再度朱緋が襲われる可能性も考慮はしたものの、かと言って一人暮らしの朱緋のアパートに男3人で滞在するのは厳しい。徒歩圏内にあったホテルを宿に取ることができたので、ひとまず打てる手だけは打ってから移動したという形だ。
 朱緋から聞いた話が、頭の中で整理がつかない。代々続く家というのは多かれ少なかれ色々とあることは知っている。『ウィザード』としての歴史は浅い茅嶋家にはあまり縁がない話ではあるので、普段はそれほど意識することもないのだが。

 曰く、月ヶ瀬は古来、契約の下『カミ』――『月詠』に侵された家である。
 その血を細々と受け継ぎ続けることを強制されており、子を成すまでは加護により『不死』となる。子は必ず男、女の順に2人生まれる。そして兄妹間で一人目の子を成し、妹は男を産むと同時にその役目を終え、命を終える。兄は特定の年齢までに必ず一人の伴侶を得、次の子を成すための女を授かる。子を成せないまま生きていた場合は『月詠』に体の主導権を奪われ、必ず双子を成すように仕向けられる。
 故に『神犯』。転じて『審判』であり、現在の形となっているのだ――と、朱緋は言った。
 そして現在、朱緋は既に『不死』の加護を喪っていること。数か月前、妹が男女の双子を産んで亡くなったこと。月ヶ瀬という家がどういう家なのかの後話されたその短い言葉は、詳細を聞かなくても何が起きたのかが分かってしまう。

「月ヶ瀬さんはそれで本家から出たんだなっていうのがよく分かった……」
「……俺らにはどうしようもないっすよねえ」
「んー、こういうのは手を出せる問題じゃあない。大昔に契られた契約が現代に至るまで続いてるっていうのは外から手出してどうこうできるものでもないし……いいとここっちが消し飛んで終わり」
「けしとぶ」
「消し飛びます」

 例えば縁切りの力を持つ『彼岸』であれば、或いは切ることができるのかもしれない。しかし、それほどまで昔から続いている縁を切る――となれば、『彼岸』自体に相当の力が必要になる。何より月ヶ瀬と契約している『彼岸』は『月詠』――月読尊に連なる名を持つようなモノだ。神として祀られるその存在と同種のものと血縁を含む縁を切ることができるような『彼岸』など、ほぼ存在しないと考えた方が良いだろう。
 月ヶ瀬の問題には、これ以上深入りできない。なぜ朱緋が狙われたのか、を説明するための前段階として朱緋が話してくれただけで、この件について助けを求められたわけではない。何より既に終わってしまっている話だ。ただ恐らく、朱緋自身が胸に留めておくにはきつい状況ではあったのだろう。話さないようにしようとすればいくらでも方法はあったのに、誤魔化すことはしなかった。何かができるわけではないが、話したことで少しでも楽になればいいのだが、とは思う。

「切り替えよう。俺らが何とかしなきゃいけないのは悪食の方だね」
「『彼岸』と契約してる『此方』や『彼方』を食うって話だったっけ」
「そう」
「で、月ヶ瀬さんは『不死』の加護が切れてるから狙われて襲われた……」
「うん。それで?」
「ええと……『彼岸』と契約してるのがアウトってことは、律さんも狙われる? 俺も?」
「俺たちの感覚では恭くんは契約してるとは言わない」
「あれ?」

 恭は確かに『分体』と『黄昏の女王アリス』、2つの『彼岸』の力を借りてはいる。しかし恭の場合、そこに『代償』というものが発生していない。それは『分体』も『黄昏の女王アリス』も自ら恭を手助けしている、という形だからだ。何かの契約や約束事があるわけでもない。言うなれば対等な友人関係に近しいとも言えるし、『神憑り』のように『神に愛されている』と言い換えられるような形だ。
 対して律の場合は巧都と代償を支払って対価を得る、という形の契約関係だ。何かを差し出さなければその力を借りることはできない。存外巧都自身がいい加減なので「晩飯にカレー食わせろ」などというよく分からない対価のときもあるが、本気でその力を借りたとき数日魔術が一切使えなくなる反動が来るのも、そしてそもそも巧都の力を借りる契約の際に行った『約束』も、それは律が巧都に支払っている対価となる。
 今回朱緋はまだ条件は精査中だと言っていたが、恐らく何らかの代償を支払って『彼岸』に力を借りている人間が狙われている可能性が高いとのことだった。過去『神憑り』のような存在が狙われたことはないとも言っていたので、それは確かだろう。そして『不死』の加護のなくなった朱緋はその血を代償に『彼岸』と契約している、と見做され襲われたのではないか、というのが朱緋自身の見解だった。

「月ヶ瀬さんの場合は『不死』の加護が切れて食えるようになったから、っつー話だったっすよね」
「そうそう。『契約』がある中でも無差別なのか、何らかの規則があるのかを調べないといけないな」
「でも数十年に一回とかのことを調べられるもんなんすか?」
「それなんだよね、文献とかが残るようなことでもなさそうだし……月ヶ瀬さんは情報筋からそういうこと知ってるだけっぽかったし……。現時点で他に被害者がいるならワンチャンもうちょい調べがつくかな……」
「あんま考えたくないアレすね」
「そうなんだよ……」

 関わった以上被害は最小限に抑えたい。不意打ちだったとはいえ朱緋があれほど怪我を負う相手だ、完全に命に関わるのも目に見えている。
 明日には朱緋の容態ももう少し落ち着くだろう。それを待って、もう少し詳細を聞いてから動くのが正解か。どちらにしろ今うろうろとこの界隈をうろつくのは得策ではない。調査するにも目途が立たないのだから、無駄足になってしまうだけだ。

「……ま、今日は英気を養っとく、ってことで。一応ぶんちゃんに他の被害的なものがないかは探しててもらって」
「はーい。頼むなぶんちゃん」
『おう、任せろ!』


 何事もなく迎えた翌朝。朱緋の部屋に行くと、昨日よりは随分と顔色が良くなった朱緋に出迎えられた。シェリもぱたぱたと尻尾を振って喜んで出迎えてくれたので、覚えてくれていたのだろう。相変わらず朱緋の足元から離れないのは、昨日のことが不安だったからか。
 
「もう大丈夫です、ご心配お掛けして本当に申し訳ない」
「いえいえ、落ち着かれたなら何よりです」
「ほんとに! そだ、前から思ってたんすけどこの辺神社多いっすね」
 
 早朝からジョニングであちこちを走ってきた恭は、点在する神社を見つける度挨拶をして回ってきたらしい。学生の時分から神社でトレーニングをしていたせいか、ジョギング中に神社を見かけると挨拶をするのが癖になっているところがある。ここと、あそこと、と行った神社の話をする恭に朱緋が驚いていたのは、そのジョギングの距離だろう。律には想像がつかないが、この辺りをよく知っている朱緋であればどれだけ走ってきたかが聞いただけで分かるのだろう。
 ――そう、ここは本当に神社が多い。その土地を、朱緋は選んで住んでいる。そしてそんな土地に、『彼岸』と契約している者を喰らう悪食は存在しているということになる。

「ところで月ヶ瀬さん、昨日お伺いし損ねたんですが。悪食に襲われたとき、退けたのは『リコール』ですか?」
「そうですね。初撃で頭やられてふらふらやったし、これで戦ってもしゃあないと思ったんで。なので僕に目つけてるんやったら近いうち戻ってくると思います」
「えっ月ヶ瀬さんまた襲われるんすか!?」
「可能性はとしてはあるかなと思いますね……。一度目をつけられてるわけですし……」
「悪食に襲われる条件というのは、『彼岸』との契約の他に何かあるんですか?」
「正直本当によく分からなくて。何かしらあるんでしょうけど、何せそういうのがおるっていう情報以外はあんま残ってないんですよ、口伝やし」
「じゃあ月ヶ瀬さんはどなたから悪食のことを?」
「もう故人の方ですよ。俺がここに越してきてすぐぐらいに知り合った『神憑り』の方がおって。『人にはどうにもならんもんや』っておっしゃってましたけど」
「……その方は何故月ヶ瀬さんにその話を?」
「僕が条件に合致する人間やからやと、そのときは思ったんですけど」
 
 ――真意は分からない、ということだ。
 地元で同様に『条件を満たす』人間であれば、或いはその口伝の内容を知っている可能性はある。どうにか何人かに話を聞けないだろうかと悩む律の隣、恭がきょとんとした様子で首を傾げた。話の内容が分からない、という様子ではないそれに思わず視線を向ければ、少し悩んでから恭は口を開く。
 
「俺にはどーにも分かんないんすけど」
「何、どうしたの」
「月ヶ瀬さんの見立てだと、その悪食が出てくるのってもうちょい後だったんすよね」
「そうですね、年単位で後かなと思ってました」
「それは何で?」
「周期とか、星とか月の巡りの問題ですね。こういうのは『陰陽師』さんが得意かな。運気が悪くなったらあかん、みたいなとこです」
「うーん……じゃあそれが急激に悪くなったってこと? 何で?」
 
 恭の疑問に、ううん、と朱緋は考え込んでしまう。こればかりは本当に分からないということなのだろう。周期からは外れていて、流れが悪い時期であるということもない。他に有り得る外的要因――他の『彼岸』に連動したか、或いは誰かが故意であれ偶然であれ、たまたま起こしてしまったか。
 人にはどうにもならないものだと言われているのであれば、そもそも何故、を考えるだけ無駄である可能性も高い。
 全てが全て、理由に基づいているわけではない。そういうものは、そういうものだ。
 
「……まあ、何で、ってとこも確かに気になるけど、悪食がどういうものなのかお目見えしたいところではあるな」
「今襲われろと言われましたね僕」
「正直条件に合致という意味なら俺も合致はしてそうなんですけどね」
「茅嶋さんとこは契約主義でしたね、そうか……」
「まあでも俺か月ヶ瀬さんが襲われたら話が早いのは確かですよ」
「やな話してるう……」

 最悪だ、と眉を寄せる恭に少しだけ笑って。
 ここでこうして話していても恐らく新たな情報は出てこないとなれば――やることはやはり、情報収集だ。