Phenomenon Breaks - 閑話02
スーツの話
仕事中はそのほとんどの時間をスーツで過ごす律に対して、恭はほぼ常に私服のジャージである。オーダーメイドで作られたスーツは動きやすさに重点を置かれているものではあるが、恭としてはやはりジャージ以上に動きやすい衣服はない。とはいえどうしてもスーツを着なければならない場面というものも少なからずあるので、荷造りの際に必ず憂凛が一式用意してくれている。
「……このイケメン本当にスーツよく似合ってて無性に腹立つな……」
「俺今褒められてんすかけなされてんすか何なんすか?」
「ビジュアルの良さが自分の武器だって分かってない馬鹿な頭を殴りたくなってくる」
「ええー……? そういや前誰かにお前は頭の悪さが全部駄目にしてるって言われたことある……」
「まあ黙ってれば俺の周りの人間の中では本気で屈指のイケメンなんだけどねえ」
「しゃべるなっていわれた」
「そういうことですね」
きゅ、とネクタイを締めながら不貞腐れる恭に、律は苦笑する。実際問題として恭は基本的に自身も含め他者のビジュアルに全く頓着しないので、自身のビジュアルがいいと何度言われても全く自覚がないままだ。逆にすごいなと思うことは多々あれど、愚直で素直に生きてきた恭からすればそれが普通なのだろう。
いつも恭がスーツを着るのは依頼人と会わなければならないときか、公式な場に律がボディーガードの名目で連れていくときだ。今回は後者――挨拶回りを兼ねているため一人で行くわけにはいかないので、恭がそういった場を得意としていないことは重々承知の上で同行を頼んでいる。律に限らず誰かの命が狙われてもおかしくはない場所に、ボディーガードもつけずに一人で行くのは難しい。何より、有事の際に一般人もいる場で魔術を使うわけにもいかないので。
「今日も黙って俺の後ろにいてくれればいいし、変な動きする奴には視線送って牽制してくれればいいし、何かあったら適当に助けて、俺が魔術を使ってしまう前に」
「律さんがどれだけ我慢できるかご期待! みたいな?」
「あれ俺今喧嘩売られた?」
律の返答に、今度は恭が笑う。こうして軽口を叩きながら用意ができるということは、そこまで気を張らなくていいということの証左でもある。とはいえ何かが起きてしまっては困るので、気を抜くわけにはいかないが。
普段『彼方』や『彼岸』との戦いに身を置いているとどうしても忘れがちだが、普通に怪我を負ってしまうと『ヒーラー』の力では治療はできない。いつものように怪我を覚悟で、というわけにはいかないし、変に怪我を負ってしまうことで本業に差し支えるのも困るのだ。恭があれこれと格闘術をかじっているのは『セイバー』として戦うすべの一つではあるが、こういったときのためでもある。身長があるとはいえ欧米の人間から見れば頼りなく見える恭だが、下手なボディーガードよりも余程場数を踏んでいる――律にとっては、これ以上信頼できるボディーガードもいない。
「ま、どっちにしろ今日はみんな何しゃべってるか分かんない日だし!」
「ぶんちゃんに通訳してもらえばいいじゃん」
「ぶんちゃん……ビジネス的な怖い話になると通訳してくれなくなるから……」
「あはは。それどうせ通訳されても恭くん分かんないやつでしょ」
「あっ! 今は確実に馬鹿にされた! 言い返せないけど!」
「いいんだよ、分かんなくて。そういうのは俺みたいなのがどうにかすればいいとこだからね」
「今度ばっきーもついてきてもらえばいいのでは?」
「俺より先に椿がキレそう」
「どんな怖い話してんすかまじで?」
そんな話をしながら、身だしなみを確認。特に問題がないことを確認して、部屋の扉に手を掛ける。この部屋から一歩出れば、それはいつもとは違う『戦場』だ。
「行こうか」
「はーい」