Phenomenon Breaks - 04

 翌日の早朝。さすがに朝食を桜一人で食べに行かせるわけにはいかないので、二人で朝食のビュッフェに向かう。和食を中心に食事を取る桜を眺めながら、何も食べないわけにもいかないのでヨーグルトを少しだけ流し込んで。
 
「律様は旅先に行っても食べないんですね……」
「んー、ていうか朝は寝るもの……」
「……今日は起きてるのでもうちょっと食べたりとか」
「しませんね」
「ですよね……」

 しょんぼりする桜に苦笑う。元々朝方に寝る生活リズムが染みついているのもよくないのだろうが、朝から何か食べるという行為がなかなかできない。こればかりは昔からなので、そうそう簡単にどうにかできるものではないだろうと思っている。
 桜がホテルを出るまでの用意をしている間に栄養補給用のゼリーも流し込んでおく。いつもよりはしっかり睡眠時間も取れているし、どこかで体調を崩す心配もないだろう。外の暑さは気になるところなので、そこだけは気をつけておかないといけない。いつものように熱中症になりかけてすぐに対処してくれる恭はいないので。
 用意を終えた桜と二人でタクシーに乗って向かった先は、桜が希望していたテーマパークだ。
 
「わー……!」
「人多いなー」
「初めてですっ。律様とこういうところ二人で来るのも初めてですね」
「そうだねえ」

 何度か友人たちと遊園地に行ってきたという話を聞くことはあったが、律自身はあまりテーマパークに来ることがない。桜と行くのは先日恭たちと行ったのが初めて、ということになる。テーマパークというものに来るのも果たして何年振りか――もっとも、仕事で廃園になった遊園地等に足を運んだことはあるが。平日とはいえ修学旅行や海外からの旅行客も多いのだろう、見渡す限り人で溢れている。

「待ち時間とか長そうですね……」
「そういうものはね、お金で解決できましたね。伊鶴さんが手配するときにちゃんとパス買ってくれてる」
「さすがです……! あっ律様お揃いで何か着たりしたいですっ」
「余程変なのじゃなければいいよ」

 明らかに浮かれている桜をみていると、こちらの気持ちも浮かれてくる。せっかくの非日常の空間なのだから、少しくらい羽目を外してもいいだろう。
 じゃあ、と悩みながらパークマップを眺めつつ歩き出す桜の手を捕まえて。驚いた顔で律を見上げた桜の表情が見る見る真っ赤になるのを見ると笑ってしまう。本当にいつまで経ってもこういうことには慣れそうにない。
 
「はぐれたら困るでしょ」
「……ひゃい」
「あはは。どこから行く?」
「えっと……お土産先に見たら荷物いっぱいになっちゃうし……あっ律様! このショー見に行きたいです!」
「ん、じゃあ最初にそこに行こうか」
「その後隣のこれに行って……」
「どれ? ……濡れるやつ?」
「はいっ。その後着替える感じで……!」
「分かった先に着替え買ってこ、それなら」
「はいっ」

 頷いた桜が入ってすぐ近くにあるお土産物屋に入って――色んなものに目移りしてなかなか出られなくなるまで、あと少し。


 やれショーだアトラクションだと歩き回り、休憩にのんびりしていたらパレードが始まって。あれもこれもとあちこちを回っているうちにあっという間に夜になり、食事を食べてから土産を買いたいという桜と二人で店を回り、これは誰が好きそうだなどと色々と買い込んで、買ったものは自宅に配送してもらって――としている間に閉園時間になり、ようやっとテーマパークを出て行きと同じようにタクシーで一路ホテルへと帰る。
 タクシーの運転手に話しかけられて受け答えしている間に、肩に感じる重み。一日中テンション高く歩き回っていたからだろう、桜がすやすやと眠ってしまっていた。昨日といい今日といい、目いっぱい楽しんでくれていることがよく分かる。膝の上から座席に滑り落ちた手を何となく握ると、無意識だろう、ぎゅうと握り返してくる。
 
「仲ええですねえ」
「あはは、そうですね」

 微笑ましそうな運転手の一言に、思わず笑ってしまいながら。着いたときに起こしたらまた謝るのだろうな、と思いつつ、律は空いた片手でスマートフォンを取り出した。写真を撮るとき以外は仕舞っていたし、連絡系も全て無視していたのだが、さすがに通知が降り積もっている。面倒だなと思いながらメッセージのアプリを開けると、恭の名前の横に新着のバッジを見つけて。
 
【桜っちから写真きてた! 律さんもかぶりものとかするんすねー】
「……いつの間に……」

 最初に着替えるための服を買いに行ったときに、あれだこれだと桜に帽子やカチューシャをつけられて。結局同じシリーズの違うキャラクターをつけることで落ち着いたのだが、その後に結構写真は撮っていた。撮ったついでに写真も送っていたということだろう。何の写真を送られたのかは気になるところではあるが、問うたところで送られた事実は変わらない。確か恭は仕事もしていたはずなので、写真を誰かに見せていなければいいのだけれどとは思いつつ、その望みは薄いだろう。帰って誰かに会ったときにあれこれ言われるかもしれないが、今考えても仕方のないことだ。気恥ずかしさはあるが、別段わざわざ口止めするほどのことではない。
 
【たまにはいいでしょ 楽しかったよ】

 一言、それだけ返事を返して。残りのメッセージの差出人をざっと眺めて、帰ってから内容を確認しようと決めてアプリを閉じる。変に開いて仕事の連絡を引いてしまうのは嫌だという思いもあるが、変に既読をつけてしまうとどれが確認したメッセージか分からなくなってしまうので。
 ――楽しかった。そう、多分、本当に久しぶりに楽しんだ。
 昨今のあれこれも何もかも忘れて、よく楽しめたと思う。旅行前に一日休んでいたお陰か、前のように疲労困憊でうろうろすることもなければ、誰かに気を遣う必要もなかったので。果たして何年振りだろうか。旅行で、ということを考えれば、下手をすれば学生時代以来かもしれない。どうしても行く先々にどうしても仕事はついて回ってきてしまうので、楽しんで過ごすということとあまりにも無縁な生活をしていたのだなと反省する。
 いつだったか、友人に怒られたことを思い出す。すぐに根を詰めてしまうのにその自覚がないから、と呆れた顔をされたのはもう随分前だ。きっとその頃から何も変わっていないのだろう。今回だって休暇を勧められなければ、旅行を勧められなければ、こんな日常を過ごすことなんて考えもつかなかった。
 
「……ん、」

 身じろぐ桜に一瞬起こしたかと視線を向けたものの、少し体勢が変わっただけでまだ起きる気配はなさそうだ。スマートフォンを仕舞って、顔に掛かった髪の束を掬い上げる。少し口元の緩んだ寝顔に安心したのは、彼女が安心してくれていることが見て取れたから。
 ――ずっと心配を掛けている。だからこうして、自分の傍で安心してくれるのは嬉しい。
 そして何より、彼女の傍で気を抜いていられることが、どうしようもなく有難い。生きていてよかった、とふわりと思って、息を吐く。
 
「……しあわせだなあ、」

 漏れた独り言は、タクシーのエンジン音と混じり合って消えていった。