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Colorless Dream End

26

「ああああああ無理! 悔し過ぎて全然寝れねー!」
『疲れてんのちゃうんかー、寝れんくても横になって目閉じとかなあかんでー』
「分かってっけどさあ……」

 あの後。永鳥は何事もなかったかのように「では夕餉にしようか」と言って去っていってしまった。恭も夕食となったが、悔しさからかほとんどやけ食いになってしまい、食べ過ぎてしまった感が強い。
 永鳥に言われた言葉が、頭の中をぐるぐると巡っている。それは恭自身に自覚があるからこそ、余計に――だ。
 柳川 恭という人間は、茅嶋 律という男の隣に立つには、あまりにも弱すぎる。
 今まではそんなことは全く考えることもなく、大学を卒業した後は律と一緒に仕事をする、ということしか考えていなかった。そこに付随するものに、目を向けてはいなかった。現実を突きつけられた形になったからこそ、強くなりたいと願って、恭はここに来た。あっさり諦められるなら、ここには来ていない。
 見返してやりたい、と思う。負けっぱなしではいたくない。諦めるわけにはいかない。律の相棒になるに相応しい自分になりたい。律は信じてくれていると思うからこそ、それを裏切りたくはない。今の恭にできることは、がむしゃらに頑張ることだけだ。

「……なーぶんちゃん」
『何や?』
「俺、ちゃんと頑張れてる?」
『めっちゃ頑張っとるやないか。急にどうしたんや?』
「……分かんね」

 それでも、不安にはなる。頑張って頑張って頑張ったその先に、本当に律さんの相棒になるという未来は待っているだろうか。必死にはなっているつもりで、そして諦めたくも負けたくもないが、どうしても不安で、怖い。あんなふうに言われてしまえば、猶更。
 言われなくても分かっている。今の恭には、律に釣り合うような実力はない。仕事の手伝いを申し出たところで、心配されるどころか邪魔をしてしまうだけで、今のままではいられないことは十分に理解している。ずっと気づかない振りをしてきた結果が、今こうして突きつけられている現実なのかもしれない。処理しきれない感情が押し寄せて、ぐちゃぐちゃになりそうだ。
 不意にこんこん、とノックの音がして、恭は布団の上に飛び起きた。こんな時間に誰だろう、と考えながら時計を確認する。まだ日付が変わる前ではあるが、朝が早いこの家ではもう遅い時間帯だ。

「お邪魔するよ」
「……永鳥さん」

 入ってきたのは、永鳥だった。反射的に姿勢を正す。それを見てふわりと笑う永鳥は、道場で相対したときとは別人のようだ。

「まだ起きているようだったから、少し話をしようと思ってね」
「……俺とっすか?」
「そう、君と。折角今日は手合わせもしたことだし」
「……俺一瞬でぼろっくそに負けたっす」
「最初は誰しもそんなものだよ」

 本当だろうか。思わず首を傾げてしまう。
 恭にとっては律もそうだが、永鳥にも弱かった頃という時代があるということが想像できない。いっそ生まれたときから強かったのではないかと思ってしまう。彼らが努力してきた結果だということは当然理解しているのだが、あまりにも次元が違いすぎると感じてしまうのだ。

「茅嶋くん……、茅嶋の嫡男とは、何度か『仕事』を一緒にしたことがあってね」
「そうなんすか?」
「そう。それで色々と話をしたことがあって、その中で私にとってとても興味深い話がある」

 言いながら、永鳥さんは恭の布団の隣に腰を下ろした。茅嶋家で『此方』として仕事をしているのは雪乃と律の二人だけだ。少人数であるが故に、他に仕事の手伝いを頼むということは往々にしてあるということは知っている。今の律は特に、雪乃と違って決まった『相棒』は不在なので、助けを求めることは多いのだろう。
 ――永鳥は『仕事』として、律と共にいたことがある。その事実は、純粋に羨ましい。

「私は20の頃にこの家の当主になった」
「20!? 今の俺より年下じゃないっすか」
「そうだね。先代が仕事中に亡くなって、継がざるを得なくなった。……姫氏原は古い家だからね、継ぐのは男子のみと決まっている。私と柚彩と和彩。2人の妹は必然的にこの家を継ぐことはできない。だから私が継いだ。成り行き上」
「なりゆき」
「私は当初、この家を継ぐつもりなどなかったんだ」
「……何で?」
「大きい家に生まれた、だから家を継がなくてはならない――その運命に逆らいたかった時期が、私にはある、ということかな」

 若気の至りだよ、と永鳥は笑う。
 代々続く家だ、つまりは誰かが後を継いできた。それは当然だ。律も先延ばしにはしていたが、だからと言って家を継ぎたくないだとか、そんな話をしていたとは聞いたことがない。昔から家を継ぐつもりだったという話も聞いたことがある。

「君は聞いたことがあるかな。茅嶋くんに、何故家を継ぐか」
「……へ? いや、ないっす」
「私は聞いた。君はどうして家を継ぐつもりでいるのかと。あの御当主の一人息子だ、彼しか継ぐ人間が居ないことは私も知っていて、それでも聞いてみたくてね。決まっていることだからとか、そんな返事が返ってくるだろうとは思ったけれど」
「そりゃそうっすよ、律さん以外継ぐ人いない……」
「彼の返事は違った」

 思いがけない言葉に目を瞬かせる。思った通りの反応だったのだろう、やはり永鳥は笑った。

「他の人に『茅嶋』の名の重みを背負わせるつもりはないそうだ」
「……かやしまの、なの、おもみ?」
「世界最高峰の『ウィザード』、茅嶋 雪乃――あそこの御当主は本当に有名人だからね、その存在自体が抑止力となる。圧倒的な程の力を持っていることを、世界が知っている。それはとてつもなく凄いことだ。一個人の名が知れ渡っているなど、この世界ではそうそうあることじゃあない。……茅嶋 律という男はそれを継ごうとしている。相当な重圧で、生半可な覚悟ではできないことだよ。普通潰れる。私なら嫌だね、あんな大きな名前は継ぎたくない。自分しか継ぐ人間が居ないとしても、何としてでも逃げ出したい。私程度では日本という小さな国で少し知られている程度の姫氏原の名を継ぐのが精一杯だよ」

 笑っていた永鳥が、しかしいつの間にか真剣な表情になって。そして恭は、その言葉に何も言えなかった。
 突きつけられる。この世界のことを、恭は何も分かっていない。果たして茅嶋 律という人間は、何なのだろうか。永鳥にこんなふうに言わせるほどすごいことをしようとしている人間なのだろうか。永鳥が嫌だと明言するほど、大きな名前を背負う覚悟を決めているのだろうか。そして恭は、それほどの人間の相棒になりたいと言っているのか。
 考えたことがない。茅嶋という家が有名な『ウィザード』の家である、ということはさすがに知っている。しかし、本当の意味ではきっと何も知らないのだろう。律が力を磨いたのは仇討ちのためだ、と思っていた時期もあるが、それだけではないのだ。律は、強く在らねばならない。そういうものを背負っている。
 そんなことを聞いたことはなかったし、考えたこともなかった。恭の前ではいつも、律は『普通』だったから。
 どうして普通にしていられるのだろう、と考えてしまう。ずっと茅嶋の家を継ぐことが当然だと思ってきたからだろうか。継がないという選択肢を、考えたことはないのだろうか。恐らくないだろう、と思ってしまうのは、律がそういう人間であることを、恭が知っているからだ。だから今の律は、『あの』事件の後、バーテンダーを辞めて仕事に専念することを決めたのだろう。茅嶋の家を継ぐために。その名を背負うに相応しく、強くなるために。恭よりも遥かに強いだろうに、しかしそれに満足などせずに。

「……それを踏まえて、私は恭くんに聞きたい」
「……なに、を」
「君はどうして、彼の相棒になりたいのかな」
「俺が、律さんの相棒になりたいのは……」

 放っておけない、と考えてしまう。律はすぐに無茶をする、一人で何でもしてしまう。ずたぼろになるほど無理をしても、笑って誤魔化そうとしてしまう。そういう人間だと知っているから、一人にしたくない。支えたい。だから。
 始まりはいつだってそこだ。全く誤魔化せてなどいないのに、それでも誤魔化して一人で頑張ろうとする律を、恭はずっと見てきた。姉――玲のことだって、本人に聞けるまで2年半。それも律が一人で無理をしてしまった結果だ。律が『彼方』に引き摺られてしまうなどという大事件がなければ、きっと恭は今でも姉のことを誤魔化され続けていただろう。

「君のことは、少し調べさせて貰ったのだけれど」
「えっ」
「……失礼なことを聞くけれど。君は、亡くなったお姉さんの代わりに彼の隣に居たいだけじゃあ、ないのかな」

 淡々とした永鳥の、まるで確信を持ったみたいな言い方のその言葉に。
 恭は何も、言い返せなかった。


「……どした恭くん。寝不足か」
「ちょっと……すいませんあの、ジョギングしてきていいっすか……」
「いいけど車に轢かれないようにね……?」

 翌朝。心配そうな表情の柚彩に見送られて、恭はジョギングに出た。
 覚えている限り人生で初めて、一睡もできなかった。ひどい眠気と倦怠感が体を支配している。気持ちももやもやとしているので、こういうときは恭にとっては走るのが一番気晴らしになる。
 昨夜、何も言い返せなかった恭に、やはり永鳥は笑った。『答えが見つかるまで、君は強くなれないよ』と言い残して、自分の部屋へと戻っていってしまった。
 玲の代わり。そんなことを考えたことは、一度もない。しかし、玲が生きていたら、もしここにいるのが恭ではなく玲であったなら。そういうことは何度も考えたことはあって、それは恭が玲にできなかったことをするために、律と一緒にいるだけだということになるのだろうか。そんなことはない、ともう一度考えても、しかしすぐには否定できなかった。そんなことを言われるとは思わなかったという気持ちもあるので、単純に驚いただけだったのかもしれないが。

「……うあー……あっち……」
『あんま距離走って熱中症とかならんように気を付けるんやぞ』
「ん-……」
『今日は寝不足でコンディション最悪なんやからな!』
「分かってるってー」

 律の相棒になりたい理由。律と一緒に仕事がしたい理由。
 相棒になるということは、彼が継ぐ大きな名前を共に背負うということ。それは間違いなく、何の覚悟もせずに背負っていいようなものではないのだろう。きっと律は、そんなことは前から分かっていたはずだ。しかしそれでも、今は白紙に戻されたとはいえ、律は恭を相棒にすると決めてくれていた。それは何故だったのか。
 そもそも、恭にとって律という人間は、どこか兄のような部分もある。そういった意味では、恭自身が律を玲の代わりにしてしまっている可能性もあるのだろうか。とはいえ、律と玲は余りにも違う人間だ。しかし、律のことを放っておけない、一人にしておけないと考えてしまうのは。
 考えが全くまとまらない。律の相棒になりたいという気持ちがある、というだけでは、どうしても駄目しないのだろうか。
 永鳥は恭のことを調べたといっていた。果たして、どこまで調べられてしまったのか。『魔女』との一件までは、調べにくいことではあるはずだ――あの事件は、当事者以外は誰も知らない。それでも調べられてしまうものなのだろうか。

『恭、きょーおー』
「……ん、なにー?」
『もうちょい走ったら公園あるからそこで休憩し、もうかなり走ってんで』
「え、マジか」

 そう言われて初めて景色に意識を向けると、全く知らない場所まで来てしまっていた。この土地には詳しくないというのに、ぼんやり走り過ぎたなと反省する。幾ら『分体』がナビをしてくれるとは言え、やり過ぎてはいけない。
 言われた通りに少し走れば公園に行き当たり、恭はペースを落としてその中に入った。蛇口を見つけて頭から水を浴びれば、少し気持ちも落ち着く。ぶるぶると頭を振って少し水を飛ばしてから、ベンチに腰を下ろして。公園の中には恭のようにジョギングに来た人、散歩をしている人と、それなりに人はいる。何となくぼんやりとその人たちを見ていると、急に眠気が襲ってくる。このまま目を閉じれば眠ってしまいそうだ。
 これから、どうすればいいのだろう。強くなりたい。強くならなければいけない。誰かを守れるようになりたい、律の相棒だと胸を張れるようになりたい。今のままでは駄目だということは分かっている、今のままでは誰の役にも、何の役にも立たない。
 同じことばかりが頭の中をぐるぐると回っている。スランプにも似た感覚。突破口はどこにあるのだろうか。いつ突破できるのだろうか。気持ちばかりが焦って、迷子になっていく感覚。
 結局のところ、恭には頑張ることしかできない。考えても、答えなど見つからない。

「……は? お前こんなとこで何してんの」
「はえ?」

 突然声を掛けられて、ぱっと顔を上げる。そしてそのまま、恭は固まった。
 こんなところで何をしているのか。聞きたいのは、こちらの方だ。

「ひび、ちゃん」

 見間違える筈がない。いつもとは全く違う服装をしているが。頭と顔半分に、白い包帯が巻かれているが。それでも、間違いなく。

「……あ。思わず声掛けちゃったじゃん、しまった」
「しまったじゃないよ待って待って何でひびちゃんここにいんの!?」
「何でもクソも、……あーくっそこれリノさんに遊ばれてるパターンじゃん……、俺今この近所のホテルにいるからだよ……」

 バツの悪そうな顔で、ぼそぼそと喋る青年――乙仲 響。間違いなくそれは、恭が知っている響の姿で。
 ついこの間、恭のことを殺そうとしていたときのような雰囲気は何も感じない。ぴりぴりとした雰囲気もなく、本当に普段友人として関わっていた響のままだ。無事と言えそうな怪我の雰囲気ではないが、しかし生きていて、こうして話している。
 ぶわり、と込み上げてくる、熱。

「うわ何泣いてんだよ恭!?」
「だってえええ……ひびちゃんがああああ……」
「急にこんなとこで泣くな!? 俺が泣かせたみたいだろ!?」
「や、ひびちゃんが泣かせてるぅ……」

 本当に良かった。自分を殺そうとした人間に対して、こんなことを思ってしまうのは恐らくおかしいのだろう。しかし恭にとっては、やはり響は友人の一人だ。殺されたとしても、恭の中でそれは変わらない。
 泣きじゃくる恭に、響は困惑しきった表情になって。――しかしそれでも、逃げようとはせず、恭の隣に腰を下ろしたのだった。


「……涙止まった?」
「うん……、ごめん……」

 数分後。ようやっと涙が止まって、目元を擦りつつも響の問いかけに恭は頷いた。呆れた顔で肩を竦める響は、やはりいつもと変わらない。恭が知っている響で、少し前の出来事が嘘のようだ。

「……ひびちゃん身体大丈夫なの、その包帯……」
「あー……俺頭半分以上吹っ飛ばされたから……一回死んでるしな……辛うじて生きてる……」
「……今めっちゃぐろいこと言わなかった? え?」
「言った。……お前こそどうなんだよ、恭。内臓ぼっとぼと落ちてたくせに生きてんじゃねーかよ、小夜のお陰で」
「自覚がないってのもあると思うんだけど、死んだの嘘じゃねえかなと思ってるくらいには元気」
「確かに殺したけどな、俺が」
「……、うん」

 響に殺された。
 今は普通に生きているので、本当に嘘ではないかと思ってしまうが、しかしそれはれっきとした事実だ。そう考えると、こうして顔を突き合わせて話しているのはやはりおかしいのだろう。おかしいが、どうしても恭には実感がない。恭としては憂凛を守った結果として死んでしまっただけで、響に殺されたという意識は低い――頭がおかしいのではないかと言われてしまうかもしれないが。
 響が無事だったことに、心底よかった、と思う。小夜乃が今、とても無事だとは言えない状態であるからこそ、響までひどい状態であれば、恭としてはかなり精神的につらい。しかし、小夜乃をあの状態にしたのは一体何なのか。

「……あのさ、ひびちゃん」
「あ?」
「小夜ちゃん、意識不明の重体らしいんだけど……、あ、俺は会わせてもらえなかったんだけど」
「……」
「それじゃ、ひびちゃんの復讐は終わらない? ……やっぱりひびちゃんとしては、小夜ちゃんのこと、殺したいの?」
「……どうだろな。よく分かんなくなった」

 恭のその問いに返ってきたのは、そんな答えと困ったような溜め息。
 分からない、ということは、恭が知らない間に事態に何か分かったことがあったのだろうか。恭が眉を寄せたのを見て、響は笑う。しかし、恭としては笑いごとではない。

「たぶん、頭吹っ飛ばされて、ちょっとだけどうでもよくなっちまったかなあ」
「……何か嘘っぽい」
「そ? ……いや、本当に分かんねえんだよ。俺は絶対小夜が仇だと思ってるし、それは今でもそうなんだけど、……アイツ本当に人殺しそうにねえんだもんな。間違いなく犯人は小夜なのに、小夜が殺したとは思えなくて、すごい困る。何かそこに理由があったんだろうかとか、そういうこと考えだしちゃってさ」
「……何かあったの?」
「ん-。まあ俺も殺されて、でも小夜に助けられて、ってクチ」
「えっ」
「殺そうとしてる相手を助けるような奴が本当に人を殺すのか、さっぱりよく分からん」

小夜乃は一体、どれだけのことをしたというのか。
恭を助けて、響を助けて。しかし小夜乃は『ディアボロス』であるはずだ、それは間違いない。『此方』だろうと『彼方』だろうと良し悪しはないと考えている恭としては普段意識しないことではあるが、しかし小夜乃のその行動が『彼方』の人間らしからぬ行動であるということはさすがに分かる。
そもそも、『ディアボロス』は死者を助けることができるものなのだろうか。恭が知らないだけなのか、それとも。若しくは小夜乃が力を借りている『彼岸』の存在があって、その力を借りることで助けることができるというようなことは考えられる。しかしこればかりは、小夜乃本人に聞かないと分からないことだろう。つまり、今は知るすべがない。

「恭はこんなとこで何やってんの? 実家……じゃないよな、逆方向だよな」
「あ。うん。『ヒーロー』の人のおうちに泊まり込みで修行中」
「また何で」
「律さんの相棒になるって話が白紙になっちゃって」
「……あ? それって俺がお前のこと殺しちゃったから?」
「それもある、かも。でも、律さんに比べて俺が弱いのが悪いかなって。今のままじゃあ足引っ張るだけの弱っちい『ヒーロー』だし、それに今教えてもらってる人に何で律さんの相棒になりたいのか聞かれて、そういわれたらどう答えたらいいのか分かんなくなっちゃって」
「……はー、恭でも悩むんだ」
「何それちょー失礼だな!?」

 思わずむっとしたのが顔に出て、おかしそうに響が噴き出す。そのままひとしきり大笑いされて、恭は首を傾げた。何がそんなに面白かったのかが分からない。
 何故こんなことを響に相談してしまっているのだろう、とは思う。恐らくは誰かに話したかった気持ちもあるのだろう。答えを見つけるのは自分自身でなければならないだろうが、一人で考えていると煮詰まってしまう。
 茅嶋の家が有名な『ウィザード』だということは、さすがにもう知っている。それを継ぐのが律だから、一緒に仕事をするのが怖い――というようなことは、考えていない。ただ、今の自分では力不足で、どうすればいいのかが分からない。果たして、どうすれば律の役に立つことができるのか。そして恭自身はどうして、律と一緒に仕事がしたいのか。

「理由なんかないんじゃねえの」
「へ」
「恭って考える前に身体動くタイプだし。だから俺に殺されてんだよお前」
「……いやそれは否定しないけど」
「お前はそう思ったらそうする人間だし、自分が思ったことは納得しない限り曲げないし、めんどくさいよなー。超頑固」
「えっと……?」
「それだけじゃダメだって言われてんじゃねーの。小難しいこと言われたからって小難しく考える必要なさそうだけど、ま、頑張れば」

 響の言葉の意味が、分からない。困惑する恭に、響は呆れた表情になって。

「つか、俺に聞いてどうすんだよ。俺、お前の敵なんだけど。殺そうとしてんだけど」
「……ひびちゃんは俺の友達だよ」
「まだ言うか」
「まだ言うよ。……ひびちゃんにとっては違ったかもしんないけど、俺にとっては大事な友達だよ」

 裏切られたのかもしれない。それでも、信じていたいと思う。一緒に過ごした2年は嘘ではなかったし、見えていた響の全部が嘘や演技だったとはどうしても思えない。
 また殺されるかもしれない。そういうことを考えないわけではないが、今こうして響といても、全く殺されるかもしれない、という不安に襲われることはない。いつも通り、普段通り。それは恭が知らない響ではないから、自然と安心してしまうということなのかもしれない。それが油断だと言われてしまうと、返す言葉はないが。

「……ほんっと馬鹿だなあ、恭」
「しつれーだな! つか今度は絶対殺されないし!」
「馬鹿。……ま、今度会う時は殺すぞ、恭。お前も小夜の味方ならな」
「俺は小夜ちゃんの味方だけど、ひびちゃんの味方でもあるの。2人とも俺の友達なの。仲直りさせてやる」
「……ははっ、ほんっと、お前やりにくいわ」

 笑って。わざとらしい深い溜め息と共に立ち上がった響は、そのまま姿を消した。それが『テレポート』だと気が付くまでに、数秒。逃げた、と肩を落としたところで、追いかけるすべを恭は持っていない。
 難しいことを言われたからといって、難しく考える必要はない。それは確かに、響の言う通りなのだろう。もっとシンプルに、考え込まずに。それで見えてくるものも、きっとある。
 玲の代わりに律の隣に立ちたい――それは違う。そんなことを考えたことは一度もない。そもそも、恭がいなければ律は死んでいたかもしれないような状況にだってなっていた。すぐ無茶をする人で、自分の危険も度外視だ。とはいえそれは恭も同じなので、人のことは言えない。
 律のことを守りたい、と考えるのが間違っているのだろうか。一度頭の中を空っぽにしてしまえば、何かが変わるだろうか。難しいことは考えずに、シンプルに。一旦頑張ってみて、駄目だったらそのときはそのとき考えればいい。それが一番、自分らしいのではないだろうか。

「……っし、帰ろっと」

 気が抜けたのか、肩の力が抜けたのか。急激にまた睡魔が押し寄せてきて、欠伸をひとつ。そういえば寝ていなかったのだということを思い出す。戻ったら一度寝てすっきりして、それからもう一度考えた方がいいだろう。今必要なのは、休息だ。

「ぶんちゃん帰りのナビよろしくね」
『任しとき!』
「……そういやぶんちゃんさっき大人しかったね? どしたの?」
『響にスマホ壊されてえらい目遭うたからおらんフリしとっただけや』
「あ」

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