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Colorless Dream End

23

 薄暗い室内を切り裂くように色とりどりのライトが回転し、重低音が大音量で鳴り響く。ぎらぎらとした雰囲気の中、アルコールと熱に浮かされた人々の喧噪。それを眺めながら、バーカウンターの前で一人の男が酒を飲んでいた。  
 男の姿に目を付けた女が、ふらりと近寄ってくる。隣の椅子に腰掛ければ、男の視線はフロアから女へと向いた。その視線を捉えて、女はにこりと微笑む。  

「見ない顔ね。日本人でしょう、あなた?」  
「分かる? ああそっか、子供が酒飲んでるみたいって?」  
「子供みたいでカワイイって思ったってなんで分かったの? 顔に似合わないもの飲んでるのね」  
「こっちじゃよく言われる。これはまあ、好きだから」  

 からん。男が揺らしたグラスの中で、氷が揺れる。濃い琥珀色の液体は、濃密なアルコールの匂いを周囲にまき散らしていた。同じものを、とカウンターの中に声を掛ける女に、男は肩を竦める。  

「アルコール強い方? 大丈夫?」  
「あら、カワイイ子に心配されちゃった」  
「あはは。けど意外と君より年上だと思うよ。幾つに見える?」  
「全然ティーンエイジャーで通りそう」  
「そう? じゃあ今日はそういうことにしてもいいか。お姉さんにお酒を教えてもらおうかな」  
「そんな悪いもの飲んでるのに?」  
「そう。大人ぶって飲んでみてる」  

 男の言葉に、女はくすくすと笑う。眼前に置かれた琥珀色の液体は、氷が溶けだしていない分男の手元にあるそれよりも濃密だ。躊躇うこともなく一口、二口と喉を鳴らす女に、男は小さく口笛を吹く。  
 からん。あちらこちらで大音量の音が鳴り響いている筈の店内で、その氷の音だけはやたらと響いて聞こえた。 とろんと蕩けたような甘い視線の中に、ちらちらと見え隠れするもの。

「ねえ、お姉さんに教えてもらうのはお酒だけでいいの?」  
「……これは悪いお姉さんだ、子供に悪い遊びを教えてくれるって? いいねーー」  


「……うあー……あたまいたい……」  
「さすがに二日酔い?」  
「何もせずさせずでアルコールで潰して帰ってきた俺すごい偉いと思う……」  
「ドラッグ盛られかねないから、まあそこは。私なら気にせずいただきますするけどね!」  
「アイリーンにチクろ」  
「やめてこの間怒らせたところなんだから」  

 ――翌日。アメリカ、ロサンゼルスのアパートの一室にて。  
 ソファの上でぐったりとしながら、律はちびちびとペットボトルのスポーツ飲料に口をつけていた。昨夜かなり度数のきついアルコールを大量に摂取したツケが回ってきている。頭痛と吐き気と倦怠感というものと引き換えに手に入れた情報は、かなり有益ではあったのだが。  

「……メイナード=グルーバーの根城の裏取りよろしくねアレク……」  
「もちろん。リツは今日はゆっくりするといいさ。どうせ夜には動かないといけない」  
「そうだねえ……」  

 今回共に仕事をしているアレクの一言に、溜め息ひとつ。二日酔いであろうが何であろうが、仕事は仕事だ。休んでいる間にアレクに動いてもらって、確認が取れれば今夜にでも。仕事は詰まっているので、一つ一つの事案にあまり長時間掛けてはいられない――しかし取りこぼすわけにもいかない。  
 現在律が取り掛かっている仕事は、『ネクロマンサー』の男、メイナード=グルーバーが行っている非合法組織の壊滅、そしてメイナード=グルーバーの捕縛の依頼である。殺した人間を操り、かなり手広く良くない商売をしている相手だ。本来であれば警察対応の事案だが、末端を捕まえたところで相手が死人であればそこで情報は途切れてしまう。どれだけの人間がメイナードに殺されたのか、そして手足となって動かされているのかの全容の解明も必要となってくると、いたずらに刺激できないということで回ってきた仕事だ。
 事前情報から幾つかある商売のための拠点を突き止め、そしてメイナードと関わりのある女に接触できて情報を引き出せたのが昨夜のこと。そのために3日連続度数の高いアルコールを延々と飲む羽目になったので、あとは情報が正しいことを祈るだけだ。  

「……マジでアレク何で下戸なの、アルコール強くなろうよ……そもそも吸血鬼って赤ワインじゃないの……」
「イメージで言われても。それ私たちがジャパニーズ! ニンジャ! って言ってるのと変わらないよ?」
「それはそうか……」
「それにしても、リツがティーンエイジャーねえ……いや、ないな」
「俺もないと思う。知り合いに本当にティーンエイジャーにしか見えないのいるから余計」
「私の場合は日本人を見慣れてるのもあるかもだけれど。まあ好みに引っ掛かってくれてよかったよねえ、目指せリツ、主演俳優賞」
「無理すぎ……」

 バーテンダー時代に色々な人間と関わってきたことは、律の中ではかなり利用できるものになっている。人を見てきた、人の話を聞いてきた。そこで得たものが今でも情報収集に役立っているのだから、人生は何がどう転ぶのか分からない。

「まあまずは充分に休息を取って。適宜連絡するよ」
「了解。順調にいくようなら夜は現地合流でいい? 見てない間に動かれても手間だし」
「それがいいだろうね。じゃあ行ってくる」
「ん、気を付けて」

 アレクの姿が黒い靄と化して消えていく。それを見送ってから、律は手元のスポーツ飲料を一気に飲み干した。ずきずきと痛む頭では何も集中できそうにはないが、仕事は大量にある。少しでも資料に目を通しておいた方が、後々気が楽だ――そう考えたとき、スマートフォンが音を立てた。鳴り響く電話の相手は、モニカ=カルネヴァーレ。現在彼女は日本に居る、時差を考えれば向こうは真夜中だ。しかしすぐに用件に思い当たって、律は電話を取った。

「もしもし、モニカさん? どうかした?」
『お疲れ様です、リツ。頼まれていた調査が完了しました』
「……旭さんの?」
『はい。詳細をまとめましたので、ひとまず報告をと』
「すぐ読みたい、メールしてもらっていい? 仕事じゃないしね」
『分かりました、ではそのように』
「ごめんね、忙しい中。ありがとう」
『私が請け負ったことですから、お気になさらず。リツも例の件、お気を付けて』
「うん。そっち夜中でしょ? ちゃんと寝てね」
『リツにメールをしたら寝ますよ。ご心配なく』
「ならよかった。じゃあおやすみなさ、モニカさん」
『はい、おやすみなさい』

 電話を切って、一息。メールを読むのであればと体勢を整えて座り直している間に、すぐに再度スマートフォンが音を立てた。今度はメールの通知。送信元は確認しなくてもモニカであることは自明だ。
 本来、仕事の書類のやり取りであれば、決してメールは使用しない。このご時世、インターネットに関わる『彼岸』は非常に多くなっているからだ。下手にデータを改ざんされるわけにもいかないこともあり、基本的にベースは様々な技術で機密性が保持された紙ベース、ということになる。『ウィザード』である茅嶋家としては、魔術的な刻印を用いていることが多い。しかしそれは飽くまでも正式に受託した、外部からの仕事に限り、という話だ。モニカに頼んだ仕事――響がいたという児童養護施設で働いていた『エクソシスト』、『旭』。まずは響のことに関して事の発端を知らなければならない。
 あの事件から1週間で、仕事の合間に調査を終えてくれるモニカには感謝しかない。開いたメールに目を通していく。旭――旭 理美。確かに児童養護施設で働いていたことは間違いなく、その経歴や児童養護施設の出身者についても言及されている、が。

「……あー……なるほど……」

 細かいことよりも先に、結論が先に書かれていた。
 ――旭 理美は『エクソシスト』ではなく、『ディアボロス』であり、その力を以て児童養護施設の人間に自身を『エクソシスト』と誤認させていた可能性が高い。
 児童養護施設には『此方』『彼方』双方の子供たちが集められており、うちほとんどが「里親が見つかった」と退所しているが、実際にその後の子供たちの足取りは全く掴めない。足取りが追えるのは数名程度に留まっており、そのほとんどが旭 理美が亡くなったことにより自動的に施設を移らなければならなかった子供たちである。それがモニカの出した結論なのであれば恐らくそれが真実であり、そして響はそのことを知らないまま旭 理美の仇討ちのためだけに動いていたのだろう。そして小夜乃――シャロン=マスカレードが旭 理美を殺した理由も、恐らくこのモニカが出した結論に関連したものだ。
 ゆっくりと深呼吸を一度。そしてそのまま、細かい情報へと目を通していく。旭 理美の経歴、児童養護施設で働いていた人間の経歴、そして児童養護施設に入所していた子供たちの情報。足取りが追えた情報の中には当然響の名前も入っている。
 一通り目を通して、律はそのままメールを閉じた。次の手を考えたいところではあるが、ずきりと頭が痛んで集中が途切れる。これ以上について考えるのはまた後にした方がいいだろう。今夜に向けて体調は整えておかなければならない。

「……どう転ぶかなー……」

 呟いた独り言は、そのままふわりと溶けて消えていった。

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