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閑話
それはまだ、誰も知らない場所で起きたこと。
「全くもって謎だよねえ、逃げる選択肢もあったのに。どうして自分から命を無駄にするのかなあ」
「――ッ」
鋭い痛みと、身を焦がすような熱さ。喉奥から迫り上げてきた熱をごぼりと吐き出せば、眼前に広がるのは鮮血の色。振り返れば、背後に立っていたのは『友人』だ。
「……っ、る、っせえな……っ」
「いやー、アタシ大好きだよ! そのカヲルちゃんの自分とゆりゆり以外はだーれも信じてないって姿勢! あの『茅嶋』にまで喧嘩売っちゃうとは流石に想像つかなかったし、アタシを倒しに一人でのこのこ来るだなんて思ってなかったなー」
「……だま、れ……碓氷の、声、で、すがた、で、喋ってんじゃねえ、よ……バケモンッ……」
ふふ、と彼女は笑う。『碓氷 奈瑞菜』の姿をした、『何か』は笑う。空虚でひとつも感情が感じられない、否、嘲り以外の感情が感じられないその笑い声が、遠い。ぐぐ、とのしかかる体重、身体に突き刺さった『それ』は、的確に生命を奪おうとしている。
気付いたのは2ヶ月前だった。普通ならきっと誰も気付かなかっただろう。本当に些細な違和感。2ヶ月前に会った彼女は、既に松崎 渚が知っている彼女ではなかった。大学で3年程を共に過ごした彼女ではなかった。けれどその姿は、その声は、その記憶は、その行動は、その力は、確かに彼女ではあった。
きっと誰も気付かない。彼女が『何か』に奪われたことを、誰も知らない。この『何か』はバケモノだ。『向こう側』でさえその正体に簡単に気付くことはないだろう。気がついたのは本当に偶然で、絶対に彼女がしない行動を見てしまったから。
情報は揃った。身を半分堕とすような事態に陥ってでも、必要な情報は揃えた。相手の正体ももう分かっている。
辿り着いた。辿り着けた。けれどそれは全て、ここで無に還る。いや、大丈夫だ――と薄れていく意識の中で思う。
種は、撒いた。彼女はまだ知らない。どうして自分が茅嶋 律と戦っておいたのか。そうすることで何をカモフラージュしたのか、気付いていない。自分がどれだけの情報を、全てではなくても、最も信頼出来る相手に遺してきたか。
「堕ちれば。『外法使い』の力が使えればワンチャンある。そうかー、その為に故意に乙仲 響と若宮 柑菜に肩入れ、したように見せかけて君らから見て『彼方』? の視点からアタシの情報をかき集めてたんだねー。いっぱいフェイク入れられてたからすーっかり騙されちゃったなあ、いやいや失策」
「……嘘吐け、気付いて、た、ろ……」
「ふふ。そうだね、アタシはカヲルちゃんのこと泳がせたよ」
「……てめえが、俺を、そのアダ名で呼ぶんじゃ、ねえ」
「カヲルちゃんが何と言おうとアタシは『碓氷 奈瑞菜』だよ。はーあ、面白いようにいっぱい釣れたなー、きょんきょんと出逢えたのはとっても大きな収穫だったよ! あの子ほんっと面白いや」
「っ……」
「あとは茅嶋の彼もだね。あの人はアタシのことは信じてくれてるのかなー。くっきーに会った風に見せかけといたし大丈夫かな? いやーでも疑り深そうだったなー、難しいかなあ。まあ接点出来たしやりやすくなって助かるね」
「ぐっ……」
背に突き立てられた『それ』は、容赦なく肉を抉り取っていく。恐らく、間違いなく、確実に――死ぬ。
「それにしてもなーにを企んで一人で来たのかな、カヲルちゃん。いいよ、またノッてあげるよ。言ってご覧? って、もう無理かあ」
「……ふ、ざけ……ん、な」
「さよならカヲルちゃん、『アタシ』のオトモダチ。――そしてようこそ、アタシたちの世界へ」
「――ッ」
「絶望に泣き喚けよ脆弱なニンゲン共、とでも言っておこうかな?ふふ、おやすみ」
ぐちゃり。
嫌な音と共に、世界が消えた。