謎の屋敷の話 02

Session Date:20200125

 更に隣の部屋へと足を踏み入れる。更にゴミ屋敷然とした部屋は奥が窺えず、ゴミを掻き分けつつ調べるも、出てくるのは使い道のなさそうなものばかりだ。

「ここの主は片付けを知らないのか……」
「でも何か大事そうなものの周りは綺麗で分かりやすいっすよ」
「そういうのを誘導されていると言うんですよ」
「誘導されてる時は遠慮なくノって容赦なく叩き潰すって律さんが言ってたっす」
「本当に考え方が茅嶋 雪乃の息子だなあの男は!?」

 他愛もない話をしながらごみの中を探しても、今回は何も使えそうなものは出てこない。這う這うの体で部屋の奥に辿り着けば、唐突にゴミのないスペースが現れた。探しながら進むだけ損だった、と肩を落としつつ――そこにあるのは明らかに異質な。

「神棚?」
「そうですね。私が知っているものとは違う雰囲気ですが」
「新興宗教か何かか? おいぶんきち」
『何や』
「お前なら調べられるだろう」
『何でジッポに命令されなあかんねん!?』

 ぶつくさと文句を言いながら『分体』が検索をかける間、陵が神棚の検分を始める。普段から見慣れている筈のそれだが、どうにも違和感はある。違和感、というよりも神棚と呼ぶには物が少なすぎるのだ。祀る神の名を書いたようなものも見受けられず、ただ飾り物が置かれているだけ。神棚の中央に何かを置きそうなスペースだけがある。形式上であれ、見るからに空の神棚にしか見えない。
 ここに居た『彼岸』が抜け出してしまっているのか、それとも。考えるうち、うーんと困ったような『分体』の声が聞こえる。視線を受けて『分体』がエヘン、と胸を張って。

『データがない!』
「役に立たんな」
『一回しばき倒すぞお前。新興宗教ってよりは多分土着信仰のひとつやと思うんやけどな、そういうのはネット上にはデータがあるんは少ないからな……。イントラネット系探し回ってくるとなると時間かかるで』
「土着信仰か……そういうものは出来るだけ PDF 化しておけと……本当に……」
「歴史的書物の保全の話は置いておきましょう。情報がないものはどうしようもありません」
「そもそもコレはもう何か出ていった後なんじゃないのか?大丈夫か?」
「……何とも言えませんよね……」
「でもまあ、何かしら真似っこして神棚作ってるだけかもしんないっすよ?」

 恭の一言に、ふむ、と陵はもう一度神棚を眺める。真似をして作っているのだとしたら、何の為に。ここで何らかの行動をさせようとしているのなら、やはり先程拾った線香とマッチだろうか。しかし現状、線香を立てられる何かを持ってはいない。ちらりとゴミの山と化している部屋を振り返る。現状、この部屋にある可能性は低い――他の部屋に置いてあるものを探せということだろうか。

「一旦保留しませんか? 部屋はもう一つありましたし」
「そうだな。次に行くか」

 ゴミの山の隙間を縫って部屋を抜け出し、最後の部屋へと向かう。扉を開ければ、真っ先に目に入ったのは柵に囲われた階段だった。そこから上に上がれということなのだろうが、扉には南京錠。面倒そうに眉を寄せつつ、英二が南京錠を手に取った。数字の部分を回そうと試みるが、がちりと固まっていて動く気配はない。
 その間に部屋の捜索。相変わらず置いてあるものはぼろぼろでゴミばかりで、そろそろ触るのも嫌になってくる。もー、と文句を言いつつ恭が建付けの悪い棚を思いきり開くと、捜索に参加しようと戻ってきた英二の上にぼろぼろの箱が落ちてきた。

「あっ」
「……柳川……」
「わーごめんなさい! わざとじゃないっすよ!?」
「ああもう、俺はこの屋敷のことを愛しているのにこの屋敷が俺のことを愛してくれない!」
「何を馬鹿なことを言っているんですか……。あ、柳川くん。アタリのようですよ」
「はえ?」

 陵の言葉に、ひょこ、と恭が棚の中を覗き見る。そこには小さい壺が1つ。中には半分ほど灰が敷き詰められている。頭を擦りつつ壺を見た英二が深々と息を吐いて。

「……線香立てが揃ったな」
「お? お線香使うっすか?」
「ちょうど神棚に乗りそうな大きさではありますね。丁野さんの方は如何でした? 階段」
「南京錠がかかっててびくともしない。柳川くん『セイバー』だろ、あれ蹴飛ばしたら開いたりしないか」
「俺!? 蹴ってみた方がいいっすかね?」
「まあ穏便に開けられるならそちらの方が良いから最終手段ではあるが」

 もし開けた瞬間に、何かが起きれば。或いは、後で上から降りてくることになった場合。封じる、という手段として鍵が必要になることもある。そう考えると下手なことは出来ない、というのが正直なところではあった。
 進めど進めど、此処が何なのかは分からない。怪しんだところで、出来ることをして進んでいくしかないのだろう。既に出口は壁、失われている。進まなければ、ここで野垂れ死ぬだけだ。

「やはり燃やすか」
「火事で皆焼け死んじゃったらどうするんすかー」
「そうなったらこの屋敷も燃えたくないから解放してくれると思わんか」
「えーわかんない……だって出たり入ったりするんすよ……」
「屋敷だけ逃げようってのか、何てやつだ」
「丁野さんに聞いていても進みませんね。柳川くん、何か思いつきます?」
「ん? んんー……や、でも、やっぱあの神棚気になるっすよね」

 何だかんだと各々考えを口にしつつ、結局戻ってきたのは神棚の前だ。ああでもないこうでもないと意見を出し合うものの、先には進まない。3人の目の前にあるのは、長い線香と2本のマッチ、そして線香立てなのであろう壺。さてどうしたものかと思いつつ、ふと思い立って陵は神棚の前に立ち、祝詞を上げてみる。きちんとした作法に則ったものではあったが、何かが起きる気配はない。祀り上げろ、ということではないのだろう。
 となれば。やれやれ、とマッチを手に取った英二が、マッチに火を点けて線香に火を寄せた。ふわりと燃え移るかと思われたその炎はたちまちに消え、マッチからも火がついていた形跡が消え失せる。

「……おいどうしたマッチ&線香、音楽性の違いか?」
「ライター……、もだめっすね、線香点かない……」
「となるとあれだな。頼んだ神職」
「そういうことなんですかね……?」

 首を傾げつつ、英二から一式受け取って。壺を神棚の前に置いてから、マッチを擦って線香に寄せる。何が起こることもなく火が点いたのを見て、英二は深々と溜め息を吐いた。

「宗派が違うから駄目って言われた……これだから異教審問は……」
「拗ねないでくださいよ。他の部屋でも私とは限らないでしょう」
「そうかー。希望を持って生きるか……」

 話しながら、陵はそっと線香を立てる。ふわ、と一瞬炎が上がって、一瞬で線香は燃え尽きた。おお、と恭が感嘆の声を上げる。続いて聞こえたのは、からん、という何かが落ちる音――壺の中から。
 一瞬逡巡したものの、壺を手に取る。熱さはない。中をのぞき込めば、そこには灰の代わりにサイコロが3つ入っていた。どうにも数字は読み難い。

「……丁野さん、南京錠は何桁でした?」
「ん? 3桁だったが」
「成程、つまりこういうことですね」

 壺を振れば、ころりとサイコロが転がりだす。床に転がり落ちるかと思えば、不意にサイコロから何かが生えた。と思った次の瞬間には床に突き刺さって固定されている。ご丁寧に整列したそれは、確かに数字を示していた。

「えーっと、4……6、4」
「これで階段の鍵が開けば、無事に上に上がれますね」


 結論から言えば、無事に南京錠を開くことには成功したのだが。

「……通れんな」

 ぎりぎり一人通れるかという細さの階段に、『何か』がいた。目を細めても、英二にはそれが何なのかは分からない。だた、黒い。そしてそれは動く気配なく、恐らくこちらを窺っている。

「……誰だお前は?」
「……」
「……、What’s your name?」
「何言ってんのジッポ先生」
「何か黒いのが居て通れないんだよ」

 ひょこ、と恭が後ろから覗き込んでほんとだ、と呟く。見えるものは英二と何ら変わりない。黒い『何か』。
 数秒考え込んで、不意に思い立ってぐるりと英二は陵を振り返った。きょとん、と不思議そうな表情をする陵に、英二は階段を指して。

「よくよく考えれば、だ。……神職、何か見えるんじゃないか?」
「……いっつみー?」
「Yes」
「俺と律さんみたいな発音の差だ」

 促されるがまま、道を開けた英二と恭の間をのぞき込む。――瞬間、陵は鉄刀を抜いていた。2人が黒い『何か』に見えているそれは、陵にとってはそうではなく。それは此処に居る筈のない、神社で留守番をしている筈の少年。いや、悪さをして抜け出してきたかもしれない、とは一瞬思ったものの、すぐに振り払ったのはその雰囲気が少し違うからだ。
 その姿の少年は、今は『彼岸』。けれどそこに居るのは、『外法使い』。
 陵の様子に、即座に英二もトンファーを構える。続いて恭も赤い軍服姿に『変身』を済ませていた。こういう反応が速いところが、踏んできた場数を物語っている。

「狙い撃ちじゃないか神職。誰に見える?」
「徹です」
「えっパーカーなのあれ!?」
「心配せずとも本人ではないですよ」

 少年の口許がにい、と無邪気に笑う。飛び出してくるものは良く見えないが、恐らく彼が従えている『シモベ』を模したものだろう。避けきれなかった陵を守るべく『式神』が展開して、代わりに攻撃を受け止めて霧散する。

「えっいいの? いける?」
「構いません。柳川くんも今見たでしょう? ――あの子が私に攻撃してくる訳がないじゃないですか」


「中御門さん容赦ないな」
「本人ではないのでその辺は割り切ってます」

 鉄刀が綺麗に入った瞬間、『外法使い』は消え失せた。真っ黒な液体へと変化したそれはびしゃりと床に広がり、まるで最初からあったかのような黒い染みへと変化した。何事もなかったかのように鉄刀をしまう陵に感心しつつ、英二を先頭にして2階へと上がる。
 2階に上がると、そこで階段は途切れていた。これ以上先には進めないようだ。部屋の中には階段以外何もない。ただ、床にころりと転がっているものを見つけて陵がそちらへと足を向ける。拾い上げたそれは切れ味が鋭そうなサバイバルナイフで、おお……、と困惑した声を上げて恭が一歩後退った。

「俺が持てないやつっすねそれ……」
「大丈夫です持ちます」
「此処に手ぶらの人間がひとりいるんだが。まあ良いか。……指でつついたらやはり鋭いかな」
「丁野さん。柳川くんが血のついたナイフを見せる気ですか」
「すまん」

 2人のやり取りに、はは、と恭は引き攣った笑みを浮かべる。恭の刃物に関する心の傷が根深いことは、英二も陵もよく知っていることだった。当時何があったのかの大体のあらましは、全て終わった後に律から聞いている。故に普段日本刀を得物とする陵は今日に限っては鉄刀に持ち替えているし、英二も刃物は持ってきていない。数年経って多少は対応出来るようになっているようだが、それでもなるべく余計なことは思い出させたくない、というのが陵の本音だった。
 ナイフを懐に閉まって、次の部屋へと向かう。1階と同じく、部屋は4つのようだった。開けた扉の先はまたゴミ屋敷のようになっていて、自然と3人の口からため息が漏れる。どうにもこうにも時間がかかって仕方がない。それでも部屋をひっくり返して、ようやっと見つけたのはお茶碗程の大きさの器だった。他に置いてある皿は軒並み割れているのに、ひとつだけ何の傷もない器なのだからこれを使えといっているようなものなのだろう。
 そしてその隣の部屋に入った、その瞬間。

「っ……!?」
「わっ、なかみー大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですが……これは」

 ずるり、と足を滑らせた陵の足元に広がるのは、真っ赤な血。かといって、陵が出血している訳ではない。あちこちが血に濡れてしまった着物を気にしつつその血をよく見れば、部屋の床を大きく使って字が描かれているのが分かる。その先に、掌が何かを乗せる台座になっているような銅像が鎮座していた。

「……『血を求めよ』、か」
「あの銅像に置く、ということでしょうかね」
「ふむ……、……ナイフ、器、血……」

 考えながら何気なく自分の手首を捲った英二に、陵は眉を寄せた。ロクなことを考えていない。

「取りあえず最後の部屋を調べてから言ってください」


 4つ目の部屋には、1階と同じように柵に囲われた階段があった。先程と違うのは、その階段の扉の前に銅像が建っていることだ。銅像がどうにかすれば階段を上れる、ということだろう。銅像の足元にはシンナーの入った容器が転がっていて、徐に英二がそれを拾い上げた。

「さっきの血文字を消すには量が少ないな……、他に消すものがあるということか」
「銅像に消すようなところはないですね。……というかこの像、何処かで見覚えが……」
「ん?」

 陵の言葉に、英二はまじまじと銅像を見上げた。言われてみれば確かにそれに見覚えがあるような気がする。更に言えば、少し何かが足りないな、と思う違和感。さて何だったか、と暫く考えて、ふと思い出したのは。

「ああ、エクソシスト協会の」
「……思い出すのが遅くないですか?元『エクソシスト』」
「何か足りないよな」
「ロザリオでしょう」
「あ、成程」
「何故私が気付くのに貴方が分からないんですか」
「ロザリオか……いや信仰心低いもんだから全くもって可能性除外してたな……じゃあロザリオ探すか」
「でもこれで2階は全部の部屋調べたっすよねえ」

 うーん、と首を傾げる恭の言葉は尤もだ。何ひとつ謎も解けていない。
 銅像はロザリオがかかっていないこと以外は何の問題もなさそうだった。シンナーを使って消すようなものも特になさそうだ。となると、どうしても気になるのは隣の部屋にあった方の銅像ということになる。部屋にあった言葉――『血を求めよ』。

「それにしてもなかみー着物が血まみれっすね」
「この血、シンナーで落ちますかね?」
「それは無理だろう……、あ。中御門さんのその着物を銅像に掛けるか」
「脱いだ後私の服どうするんですか……っていうか何の為に器があると思ってるんですか?」
「あ、それ」
「何の為にナイフがあると思ってるんですか?」
「あ、じゃあ俺?」
「何でなんすか!?」
「いや、何となく。そういう作業は俺がやった方が良いのかなと。柳川くんには出来ないだろう?」
「それはそうっすけど」
「という訳で中御門さんお願いします。さあ来い」
「何言い出してるんですかこのお馬鹿!」

 あ刺せと言わんばかりに両手を広げる英二に、陵は思わず声を荒げる。隣の恭が明らかに困惑した表情をして陵の方にそっと移動した。冗談だ、と笑ったところで、陵の視線は冷めている。恭のトラウマを知っていながらやる行為ではない。
 こほん、と咳払いひとつ。いつまでもこんなことをしていても埒が明かない。

「……『血を求めよ』、なんですよね。『血を捧げよ』ではなく」
「あー……誰が誰を何に?」
「器に血を溜めて、あの像のところに置く、というのは間違いないと思うんですが、問題はシンナーを何に使うのやら」
「……柳川くん、ちょっと離れろ。向こうを向け。こっちを見るなよ」
「えっ何するんすか」
「いいから。部屋は出るな、1人になるのは危ない」
「何するんすか……?」

 恐る恐るながらも、恭は部屋の隅へと移動する。その後ろ姿を確認してから、英二は陵に口パクでナイフ、と指示した。一抹の嫌な予感を感じながらも、陵は英二にナイフを手渡す。ナイフを受け取った英二は徐に服の襟元を噛んでナイフを構えた。
 そして次の瞬間、英二は躊躇うことなく己の手首を切り裂いた。
 ぼたぼたと零れ落ちる血。何が起きたのかと目を瞬かせる陵を横目に、英二は己の手首を器の上へと移動させる。——しかし、通常なら溜まるであろう器にその血が溜まることはなく、床に赤黒い血が広がっていくだけだった。

「いや何か起きろよ取るだけ取って何もないとかもっとマーケティング戦略について学べ訴えるぞ」
「……、いや何してるんですか貴方!? 馬鹿ですか!? 馬鹿なんですか!? いい加減ヒトとしての倫理を学んできたらどうですか!? ちょっと柳川くん絶対こっち向いちゃ駄目ですよ!?」
「ひゃう……何したのジッポせんせーいやもう想像つく……マジで……」
「悲鳴はあげなかっただろう。あと器に血を溜めるって」
「シンナー何に使うのかって話をしたかったんですけど!?」

 怒鳴りながら、陵は慌てて英二の応急処置を行い、床を濡らした血の掃除をする。着物の上着を1枚使い物にならない程に汚すことになったものの、この状況を恭に見せられる訳がなかった。
 何故か納得のいかない顔をしている英二のことは後で律に報告しよう、と思いつつ、仕切り直しも兼ねて部屋の移動を提案する。どちらにしろ、階段の像よりも先にキーになるのは血文字の残された部屋の銅像だろう。血文字と銅像のあった部屋に移動して、陵は疲れ切った溜め息を吐いた。先に進める気がしない。

「それにしてもシンナーなあ。他に何かあるのか?どう思う柳川」
「んー、てか全部使うんすかね? さっきも全部使ってないような」
「マッチが1本残っていたなそういえば……ふむ、シンナーはよく燃えると思わんか」
「丁野さんさっきから何言ってるんですか酔ってるんですか?」
「火事になるでしょ!? いやもうそんな解決法ある!? 俺律さんとそんなことしたことないんすけど!?」
「柳川くんに正論で怒られる事態になっていることを反省した方が良いですよ」
「はい。それにしても求めよ、か。動く点Pの速度を求めよみたいなことを言いやがって」
「丁野さん」
「すまん黙る」

 本当にこのままでは一生此処から抜け出せない。
 さてどうしたものか、と陵は思案する。英二の血は器には溜まらなかった。恐らくそれは――やるつもりは全くないが――陵がやろうと恭がやろうと変わらない気がする。何より、先程1階にあった神棚は陵が行動しなければ何も起きなかった。今回『エクソシスト』に纏わるものがあるなら、行動しなければならないのは英二だろう。その血が溜まらないのだから、求められているのは別のものだ。
 そう――求められている。捧げる訳ではなく。

「……あ、丁野さん。先程のお肉屋さん」
「ああ、下の」
「新鮮なら血が出るのでは? 下まで降りて血を求めてこい、ということかもしれません」
「成程。可能性はあるな……」

 行ってくる、とすぐに英二は部屋を出て行く。——これで少しでも状況が前進すれば良いのだけれど、と陵は疲れ切った溜め息を吐くのだった。