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24 白兎と治療
ランドルフが医療部隊の世話にならないのは、単に己の肉体の『中』を触られる可能性を厭うからである。故に多少の怪我は己の治癒魔術でどうにかしてしまうので、医療部隊に出番を与えない。そして四肢の欠損等の見るからに大怪我を負っている場合でも、ランドルフはその選択肢を選ばない。誰に幾ら食い下がられようとも――である。
ならばそういうとき、ランドルフがどうするのかと言えば。
「でもネ、だからってネ、こんなになるまで放置するなラ、医療の人たちにお世話になってくれル? それとも敢えて放置することでワタシに喧嘩売ってル? ねエ?」
「スークの腕を信頼してるのよ」
「腕を信頼する前にランの腹が腐るよネ? これ肩もカ。脚ハ? うわやばイ」
要塞都市ドゥームにある、小さな個人医院。その場所を、ランドルフは訪れていた。
黒髪灰瞳のバリアルタの女医、スーク=アドレッシュ。彼女はランドルフの昔馴染みであり、そして大きな怪我の治療を引き受けてくれている。
「ある程度は『光学迷彩』の常時使用で再生できてるとは思うんだけど」
「あのねエ、力任せに治癒したものハ、ガタがくるから駄目だって何億回言わせるのかナ、この脳金共。そもそも仕込んでるヤツ切らしたらすぐにおいでって言ってるのニ」
「あら失礼ね、私忙しいのよ? たまたま出張があるか近いならいいけれど、そうもいかないでしょう。スークがザラマンドに来てくれれば良いのに」
「ハインツでも寄越せばいいでショ。ワタシがザラマンドに住むのは絶対嫌だネ。私はあそこが嫌いだシ、ここの方が性に合ってル」
「そう」
ふ、と笑むランドルフに、スークは肩を竦める。服を捲って露わになって、酷い色に変色しているランドルフの腹部に指を滑らせて、溜め息。平然とした顔をしている方が不思議な状態だが、スークはランドルフという男をよく知っている。四肢がもげようと腹を切り裂かれようと内臓を弄られようと、その痛覚を殺せるような人間だ。痛がれという方が難しい。
そしてスークは、ランドルフが医療部隊にかからない理由を理解している。好き勝手させてもらっている部分もあるので、あまり文句を言いすぎることはしない。
ばさりと広がったのは黒い翼、ふわりと落ちた黒い羽根がランドルフの傷に触れて、じわじわと溶け込んでいく。やがてその羽根が消える頃には、綺麗さっぱり傷がなくなって消え失せる。傍目にはただそれだけに見えるが、ランドルフの身体を知り尽くしているスークだからこそ可能な芸当だ。
「大怪我するくらいならいっそ死ねばいいのニ」
「背信的ねえ」
「ワタシの手間が省けて万々歳だヨ、神様には悪いけド」
「仮にも医者がそれでいいのかしら……」
「まア、こんなことでもなければランは会いに来てくれないかラ、それが困っちゃうナ」
「ペッシェはよく来てるんでしょう?」
「あれはまア、男運? 女運? 恋愛運? 悪いからネ……わざとだけド。このところは減ってるヨ。ランがお仕事あげてるんでしょウ?」
「まあね。それであの子が健全なら何よりだわ」
「お優しいことデ」
それは、どんな意味を持ってランドルフに届いたか。笑っただけで何も返事を返さないところを見ると、お互いに認識は共通しているということになる。残念ながら、長い付き合いだ。
「デ? こっちには出張? いつまでいるんだイ?」
「明日には戻るのだけれど、間に合うかしら。無理そうなら誰か頼むけれど」
「一応帰りに寄ってみテ。できるだけやっておくかラ」
「ありがとう、助かるわ。で、報酬は何がお望み?」
「そりゃあ勿論――」