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23 氷音と歌唱
アーテム=クルーグハルトは歌唱士ではあるものの、歌っている姿を見たことがある者は抑止庁内にほとんどいない。その魔術は緻密な六弦の制御と共に、悲鳴や叫び声によって構築されているからである。
「いやー……別にぃ……歌えない訳じゃあないんだよー……?」
「じゃあ何で歌わないの?」
「歌えるような―、状況じゃなくないー……?」
昼下がり、食堂でアーテムと出会ったフィオレは、常日頃から考えていた疑問をぶつけていた。曲者ぞろいの『懲役組』が多数を占める強襲部隊で、アーテムは数少ない『就職組』だ。さらに曲者揃いの遊撃部隊に所属しているフィオレとしては、アーテムが何をそこまで怯えているのかがよく分からない。きょとんと首を傾げれば、アーテムからは深い溜め息が返ってきた。
充分過ぎるほど、アーテムは『可愛がられて』いる。怯える必要はないだろう――調子に乗らない方がいいのは確かだが。しかし、アーテムさえその気になれば相当な実力をつけることができる環境は整っているし、それだけの技術も持っているのに、勿体ないなとフィオレは思う。輪廻士であるフィオレは、然程歌唱士のことに詳しくないが、六弦の歌唱補助器具が扱いが非常に難しい部類に入るということくらいは知っている。誰でも触れるが、誰でもは使いこなせない。微に入り細を穿つ非常に繊細な演奏をする、アーテムのその技術の高さは評価されて然るべきもので、ひとたび戦闘となればそれはかなりの脅威となるのは明白だ。
だからこそフィオレの上司であるランドルフは、別部隊の人間ながらアーテムに一目置いているのだろうし、潜在能力があるからこそ可愛がられている一面もあるはずだ、とフィオレは勝手に思っている。もっとも、「反応が面白い」「『懲役組』では見られない部分」というところが多分にあるのも確かなのだろうが。
「歌えばいいのにー。普段は歌うの?」
「休みの日とかはー、六弦の練習しながらー……?」
「じゃあ今度私と個人的に特訓しよ! 歌って!」
「やだよー……フィオレぇ……動き早すぎて……無理ぃ……」
「じゃあキャロル先輩を連れて」
「何でそんな緊張すること言うのー!?」
「あ、緊張するのか、そっか」
良かれと思って提案したつもりが、逆効果らしい。あああ、と呻き声をあげて机に突っ伏してしまったアーテムに苦笑いして、フィオレは茉莉花茶に口をつける。実際のところ、アーテムが強かろうと弱かろうと、部隊の違うフィオレには特に関係がないし、歌っていなくても今のアーテムが充分に厄介であることは変わりない。
鉄壁の、炎さえ防ぐ氷の壁。この前の戦闘訓練では何とか突破したものの、あの魔術が今以上に強固になるかもしれないと考えると、やはり驚異的だ。妨害魔術でありながら、防御魔術も兼ねてしまっている。或いは本人が妨害魔術だと思い込んでいるだけで、防御魔術を使っているのかもしれない。色々と聞き出してみたいものだが、さて。
「ああー……昼から巡回だったぁ……もう嫌だ辞めたいぃ……」
「頑張れ補助官、キャロル先輩が部隊を持つ気になってくれるその日まで」
「あう……」