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22 訓練と嫉妬
アーテム=クルーグハルトは歌唱士であり、水――或いは氷の魔術を得意としている。直接的な攻撃系の魔術は得意ではなく、妨害と回復を主とする三等補助官、なのだが。
「わああああ!?」
聞こえてくるのは、その唇から漏れ出すのは、歌ではなくただの悲鳴である。掻き鳴らされる六弦の音の旋律は妨害魔術、ただそれだけが水の小精霊たちに届けられ、その音に合わせて踊る小精霊たちがその身を氷の壁へと変化させ、辺り一帯からアーテムを、彼の周囲にいる人間を切り離し、隔絶する。演算機の動きが凍りつき、歌唱補助機器の機能が止まり、輪廻士たちの動きを鈍化させる。どう見ても大掛かりな魔術だが、その実中身の制御は非常に繊細だ。アーテムの中で味方だと判別されている人間は、この氷の壁の影響を一切受けていない。
むう、とあからさまに眉を寄せて、フィオレは一旦安全圏まで退避する。アーテムの魔術の範囲がそれほど広くないことは助かるのだが、この氷の厄介なところは非常に強固である、という点だ。ちょっとやそっとの炎ではどうにもならず、力任せに破壊すると、氷の破片が鋭利な刃物と化して襲ってくる。妨害の上に罠の性質まで持ち合わせているのだから、本当に嫌になる。更には対団体戦となると、対処に気を取られている間に背後から襲われてやられてしまうだけだ。
「ほーんと、あーいかわらずアーテムを敵に回すと意外に厄介ですー。どうします? キャロル先輩」
「どうもこうも自分で考えなさいな。前はどうだったの?」
「ヒイナ先輩が突っ込んで溶かしてたら、他の人たちがすごい数ですっ飛んできて大乱戦になったことしか覚えてないんですよねえ。あと寒くてトルネ先輩が死んじゃうんですよ。隊長がいれば一瞬で全部燃やし尽くしてくれるんですけど、まあそれは敵味方関係ないので」
「……懲罰房に放り込まれた馬鹿な上官のことは忘れておくことにしましょう」
やれやれ、と溜め息を吐きながら、ランドルフは右手を動かした。背後から飛びかかろうとしていた強襲部隊の輪廻士が、ランドルフの視界に入ることなく沈んでいく姿に、フィオレはそっと目を逸らす。戦闘能力に関して、遊撃部隊は隊長も副隊長もその他の諸先輩方も意味が分からない、というのがフィオレの感想である。今日にかぎっては、合同戦闘訓練にランドルフを顔を出しているというのが珍しい。普段は「どうせそれが終わったら始末書の山だから」と書類を片付けていることが多いせいだ。直接ランドルフと手合わせをしてみたい者は多いので、今回はいい機会だとばかりに襲撃を受けているのだが、本人は身に降りかかる火の粉を払うだけで後方支援に徹している。「私を無駄に戦わせないこと」という指令を貰ったリコリスが別の場所で大暴れしているのを見て、フィオレはもう一度目を逸らした。やはり戦闘能力に関しては完全に頭がおかしい。
「さて、上官もヒイナも今日はいません。となると、フィオレはどうするの?」
「……うーん。アーテムを直接狙うと過保護さんたちに襲われちゃうんですよねえ、となると一旦放置したいところなんですけど……オクト先輩戻ってきてもらって対処してもらう……駄目かあ、それも敵味方関係なくなっちゃう……」
「まあ、それは困るわね。じゃあどうしましょうか」
「……うう」
敏捷性を生かして戦うフィオレとしては、動きが鈍ってしまうこの氷の対処は非常に不得手だ。火属性の魔術をもってしても一朝一夕にどうにかなるようなものではない、というのも相性が悪い。こういうところが、アーテムがランドルフに評価されている一因でもあるのだろうなと考えると、嫉妬がふわりと敵愾心を煽っていく。普段も戦闘中も意気地なしである割に、その実力は確かなのだから。
それがランドルフには見抜かれたのだろう。緩く浮かんだ笑顔は、静かにフィオレを挑発する。
「フィオレ、貴女の『得意』を忘れないように――そして私との訓練を忘れないように。いつも通りにうまく合わせて使えば、これしき貴女の障害にはならないわ」
「……はい! ところでー、キャロル先輩」
「解禁はなし。戦闘訓練程度で見せびらかさないで頂戴」
「はあい……」
最も得意な「牙」を抜かれた状態で、どこまでできるか。それでも、ランドルフが期待してくれるのなら、それに応えないわけにはいかない。頬を挟むように両手でぱん、と叩いて、フィオレは氷に向き直った。
――ランドルフ直属の三等戦闘官として、ここで補助官のアーテムに負けたくは、ない。