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19 残影と諜報
ザラマンド南東部。
ひっそりとした夜の街、待ち合わせ場所に指定されたそこに人気はない。ち、と舌打ちをして、男は煙草に火を点ける。待ち合わせ時刻はとうに過ぎている――遅刻された分、情報料を上乗せしなければ割に合わない。時間というのは何よりも大事な資材だ。しかし、そろそろ引き時でもあるだろう。今回の『商材』には今まで以上に玉石混合、大嘘も含まれている。露見してしまう前に雲隠れ、それで今回の取引相手とはオサラバだ。そう決めて。
「こんばんは。ごめんなさい、遅れちゃって」
「ちっ、遅えんだ……よ、」
聞こえた声に文句を言おうとして、その姿を見て固まった。そこに居たのは確かに取引相手の男で間違いはない。薄茶の髪に、水色の瞳のバリアルタ。にこりと微笑む姿はいつもと変わらない――ただ、その身に纏っている服が問題だ。八脚蜥蜴、魔術犯罪抑止庁の白い制服。
「……抑止庁の……補助官……?」
「仮装じゃあないですよ。駄目な人ですね、『情報屋』の癖に、本当に僕が抑止庁の人間だって気付いてなかったんだ」
「……そんな、筈は」
取引相手の素性は、何よりも先に調べ上げる。彼は抑止庁の人間ではない筈だ。間違いなく、彼が調べている犯罪組織に敵対している組織に所属している男の筈だった。どこで情報を間違えたのか――いや、違う。いつから、どれだけの人数がこの為に騙されていたのか。ぞっとしたものが背筋に走って、一歩後ずさる。補助官相手であれば、逃げ切れる可能性はある。そしてこの情報を組織に流せば、それで何とか身の安全は保証されるだろう。
思考をぐるぐると動かし続ける男を、目の前の補助官はにこにこと笑顔で眺めていた。本当にいつもと変わらない。しかし、その笑顔の意味は大きく変わってくる。
「頂いた情報は此方できちんと精査して、役立つ情報は貰ったんですけど。貴方の情報は随分と嘘が多い。情報屋って信頼第一では? 一回くらい全部正しい情報であって欲しかったな」
「……情報はころころ変わるもんだ、知らないね」
「それでもこっちは大金を払ってるから、貴方が故意ならこれは『詐欺』だ。というわけで、今日の情報を見せていただけますか?」
「……」
冷や汗が額を伝う。渡しても、渡さなくても、待ち受ける道は一本道だ。いっそこの補助官を殺せば、と思いはするものの、自身の情報が筒抜けなのであれば、罪状が重くなってしまうだけだ。どうにかこうにか目くらまし程度で逃げ出した方が、絶対にいい。こんなことになるなんて、考えてもいなかった。このところ順調に仕事をしていたから、気が抜けていたところもあったのかもしれない。これはその罰なのだろうか。
入手している相手の情報としては、魔術適正は輪廻士。戦うのが苦手だからと、魔術を使っているところは誰も見たことがないという情報もあるが、それがどこまで本当なのかも分からない。――いや、彼の情報に関しては、一旦全て忘れるべきだ。事態を想定して、本当は演算士や歌唱士であることも考慮して。考えれば考えるほど、泥濘に嵌っていく。
「あれ、聞こえなかった? もう一度言った方がいいのかな。情報を、見せてもらえますか?」
「……抑止庁の、犬に、見せるもんなんか、ねえよ」
「成程。じゃあこれは、僕から大金をせしめるための詐欺だったということで――」
ふ、と水色の瞳の視線が動く。男から視線が外れる。好機だ、と無意識に捉えて、走り出していた。逃げなければ。早く、できる限り早く、遠くへ。
次の瞬間、耳に届いた女の歌声――目の前に広がったのは、炎の海だった。