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18 白兎と喧嘩
「ぎゃーキャロル先輩!? 一体何があったんですか!?」
「あら、お疲れ様フィオレ。外回り終わったの?」
「終わりましたお疲れ様じゃないですよ!?」
ランドルフの姿を見た瞬間に慌て出し、端末を取り出してどこかに連絡をしようとするフィオレをやんわりと制止する。恐らく治療の手配をしようとしてくれているのは分かっているのだが、そんなものはとっくに手配済みだ。言ってしまえば、事を始める前に全ての手配は済ませている。「副隊長って隊長と一対一でやりあうときって、絶対見せてくれないですよね」と不貞腐れた顔をしていた隊員の顔を思い出して苦笑い。――単純に、見せられないだけなのだが。
ランドルフの『本気』の状態を知る者は数えるほどしかいない。入庁するより以前に全ての情報を提供している抑止庁長官、上官である遊撃部隊隊長の二人だけだ。隠しているものを知っているであろう人間に限ればもう少し人数は増えるが、それでも片手で足りるだろう。裏を返せば、遊撃部隊隊長と訓練を行う際は、何の気兼ねもせずに本気を出していいということである。
「えええもう何で片腕ないんですかっていうか何でそんな血まみれなんですか!?」
「あー、上官の目が金色できらきら輝いてて、楽しいんだなあと思ったら腹立ってきちゃって……何としてでもあの目を抉ってやろうと思ったら、流石に片腕持ってかれちゃったのよねえ……無理はするものじゃないわ……」
「ええー……なるほど隊長と喧嘩してたんです……? 隊長また何をやらかしたんです……?」
「いつもいつもあの人が悪いわけじゃあないのよ?」
とはいえ、大抵ランドルフが遊撃部隊隊長と対峙しているときは、その原因は遊撃部隊隊長の方にあるのだが。しかし今回に関しては、ランドルフにも責任がある。本来話し合いで済ませるところを、訓練という形に持っていったのはランドルフの方だったので。上官相手であれば本気でやり合える――つまりは良い気分転換になる。このところ苛立つことや心労が重なることも多かったので、気晴らししておきたい気持ちもあったのだ。
当然長官に怒られるであろうことは分かっていたので、取り合えず先に始末書は上げておいた。説教をされるのであれば、甘んじて受ける覚悟もある。ただ今回はどうしても退く訳にはいかなかった。何としてでも上官である遊撃部隊隊長に、要望を通さなければならなかったのだ。
「喧嘩の原因何なんです?」
「今度の人事。当然のように戦闘力高い人間ばっかり取ろうとするから、内務班は諦めてるから補助官を取ってくれって直訴したの。まあ、あの上官がそんな要望聞くわけがないから、結果がこれ」
「……ああ……うちの隊、内務班いないですもんね、そう言えば……あれ何でなんですか?」
「上官が内務班なんて不要なのでは? って全員クビ切ったから」
「隊長頭おかしいんです? おかしいけど。自分で書類仕事できないくせに、何で平気でそういうことしちゃうんです?」
「『戦闘狂』だの『部下殺し』だのが二つ名よりも通りが良いことを反省する神経があるなら、もう少しまともな人間なんでしょうけど」
期待は余りしていない。そもそも、神経がまともであれば抑止庁で責務ある役職についていない――自分含め。
遊撃部隊に内務班がいない理由も、表向きはそういうことになっているというだけだ。ランドルフ自身、副隊長に抜擢されることになった経緯にも色々とある。だが、それは今、わざわざフィオレが知る必要はない。
「ところでその隊長は」
「死亡手続き取って投げ込んできたからまあ少しの間は静かよ」
「なげこんで」
「さて戻って治療してもらって人事の書類確認しなくちゃ」
「先輩が生き生きしてる……ていうかあの隊長と喧嘩して、何で大きな被害が片腕だけで済んだんです……?」
「それはたまたま運がよかっただけよ」
それ自体は嘘ではない。実際、勝率は良くて五分五分だ。遊撃部隊隊長にとってはそれが『楽しい』のだろうが、こちらは楽しんでやっているわけではないことを理解してくれているのかどうか。とはいえ、もともとそのためにランドルフは遊撃部隊に配属されているだろうから、然程文句を言うつもりはない。
「フィオレ、見回りの報告書上げたらちょっと手伝ってくれる? 書類の仕分けくらいはできるでしょう?」
「あ、はい! 新しい補助官が入ったら、ちょっとキャロル先輩の仕事が楽になったらいいですねえ」
「じゃあまずフィオレが始末書減らしなさい」
「……うっ……」
――それが、遊撃部隊にユリウス=ルベルとマタミス=ハヴァチャクラが配属されることになった経緯であり。
そして実際のところ、処理しなければならない書類が増えただけで、仕事量は変わらないという事態に陥るのだが――それはまだ先の話だ。