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17 新人と氷音
「ゆりうすは! ずるい! らんらんせんぱいのー、ぶかってだけでー、ずるい!」
この話を聞くのは一体何度目だろうか。抑止庁近くの居酒屋で、白い肌を真っ赤にしながら熱弁するアーテムを眺めながら、ユリウスは本日何杯目かの酒に口をつけた。
それほど酒に強いというわけではないが、目の前に明らかに泥酔している人間がいては流石に酔わない。その泥酔している人間であるアーテムは、一杯目を半分ほど飲んだ頃からこの調子なので、どう考えても酒には弱い。相手がユリウスだということで、彼自身気が抜けている部分もあるのだろう。
二人が仲良くなったのは、ささやかなきっかけだった。組まれた遊撃部隊と強襲部隊の合同訓練。副隊長であるランドルフは参加したりしなかったりと、そのときに抱えている職務によりけりで行動しているようで、そのときはたまたままたミスが事務処理を引き受け、ユリウスはランドルフと共に合同訓練に参加した。結局のところ、ランドルフは合同訓練に参加したというよりは、合同訓練の枠を超えて暴走する隊員たちを軒並み黙らせに回っていた――というのが正しい状況である。ユリウスはころころと変わる、酷いときには複数人の相手に合わせて妨害魔術を使う速度を求められた、かなり厳しい訓練になった。敵味方の区別もつかなくなるほどの乱戦状態で、一体何の魔術を使用するのが正解なのかと思考に集中していたせいで背後からの襲撃に気付けず、それを助けてくれたのがアーテムだったのだ。とはいえ、助けてくれたというよりは、あのときのアーテムは半ば自暴自棄だったと思うのだが。魔術も歌うというよりはもう無理怖い助けて無理、とひたすら叫んでいるような状態だったので。
とはいえ、そんな縁ができ、同じ歌唱士であることも手伝ってときどき話をするようになり、気が付けばこうして二人で飲みに行く程度の関係性を構築しているというわけだ。
「キャロル副隊長、この間も長官に一等に上がらないか打診されて、鼻で笑ってましたよ」
「あがってくれればいいのにぃ……そしたらおれぇ……いどうねがいだすぅ……」
「……ツヴァイ隊長がクルーグハルト先輩の異動願を受理するとは到底思えないんですけど……」
「いやぁ……そもそもぉ……なんでおれぇ……気に入られてるのぉ……」
所謂『懲役組』と言われる人間が多い強襲部隊の中で、アーテムの存在はかなり異質だ。外から見れば「だからこそ」彼は強襲部隊にいるのだろうと思えることは多々あれど、本人はずっと怯えて怖がっている。少しずつ慣れてはいるだろうが、それでもたまったものではないだろう。
「まあ遊撃部隊からキャロル副隊長が抜けてしまうと瓦解しかねないので、それもあってキャロル副隊長は昇進の話を受けないんだと思いますし、長官だってそんなことは分かっていらっしゃるんじゃないですか。ゼーレ隊長が暴走したときに止められる人間だって限られていることですし」
「……うっ……ゆりうすが……むずかしいはなしするぅ……」
「クルーグハルト先輩、ちょっと飲みすぎですよ」
「……おれもぉ……ゆりうすみたいだったらぁ……らんらんせんぱいの……ぶかになれたのかなぁ……」
おれ、だめなやつだから。
ぽつりと呟いて、今度は泣き出してしまったアーテムを見て、ユリウスは溜め息を吐いた。――アーテムのことは、何度かランドルフからも話を聞いている。隊は違えど同じ歌唱士同士で補助官同士なのだから、アーテムと仲良くしておいて損はないと言われたのはいつのことだったか。
性格が邪魔をしているだけで、アーテムは決して弱い三等補助官ではない。曲者揃いの強襲部隊でほとんど死亡回数を重ねることもなく、難易度が高い六弦の歌唱補助機器を使いこなす男。技能だけで話をするのであれば、もう少し磨けば二等補助官の昇進試験に通るのも現実的な話だとランドルフは評していた。ただ、本当に問題を挙げるのであれば、それは彼のこの性格だ。
泣いていたと思えば、気が付けばすやすやと眠ってしまっているアーテムに苦笑しつつ、酒をもう一口。十分程度寝かせたら適当に起こして帰ることにしよう、と思いつつ。
「……俺としては、別の隊の人間なのにキャロル副隊長に目をかけられてるクルーグハルト先輩、めちゃくちゃすごいと思うんですけどね」
呟いた言葉は、居酒屋の喧騒に溶けて消えていく。