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15 賢母と残影
抑止庁の初動部隊は、他部隊に比べて人員の入れ替わりが非常に激しい。所属部隊の決まらない新人、或いは所属部隊から振るい落とされてしまった隊員、内務班の現場研修等々。順調に育って他部隊に旅立っていくこともあれば、これ以上はと抑止庁から去っていくこともある。この部隊はそういった側面が強い為、見落とされがちなのだが。
「悪いねヴァン、手伝わせることになって」
「いえいえ。そもそもうちの隊長が悪いでしょう」
ヴァルラインの言葉に、シトリアは苦笑う。先日の人事会議に珍しく出席予定だったシトリアは、別件の事件対応に追われ結局会議に出ることはできなかった。シトリアに人事会議に出て欲しくない人間が裏で糸を引いていた、という事実はシトリアに見事に看過され、犯人であるヴァルラインが所属している諜報部隊の隊長は相当な吊るし上げに遭う羽目に陥っていたのは記憶に新しい。ヴァルラインとしては助ける義理はないので眺めておいたが。
結果としてシトリアの要望として諜報部隊から一人、一日でいいから手伝いを寄越せとのことで、現在ヴァルラインが派遣されている。目下、手伝いが必要なのは初動部隊に山積されている大量の資料の整理である。
「こればっかりは誰にでもやらせる訳にはいかないからね。一人きっちりうちの隊所属で育てたくて、今回は人事会議に出るかと思ってたんだけど」
「ふふ。欲しかった人材は結局ゼーレヴァンデルング隊長のところに取っていかれたようで、踏んだり蹴ったりだと拗ねていましたよ」
「狡いことを考えるからそうなるのさ。本当はヘレシィに手伝わせたいところなんだけどねえ」
「逃げ足は速いですからねえ隊長」
「知ってる」
資料の整理は、誰にでもは任せられない。初動部隊の持っている資料は抑止庁職員のものが数多く含まれる。事細かに分析されたそれはシトリアが作成したものだ。適性を判別し、伸ばし、育てる為に必要な情報が揃えられている。かなり古くからの資料が残っているので、場合によってはかなりの機密情報にも成り得る為、他の部隊に応援を頼む場合、シトリアとしてはどうしても諜報の人間を頼ることになる。
「やっぱりヴァンを引き抜こうかな」
「あはは、ご勘弁を。僕に初動は向いてません」
「そうかねえ……」
「最近は他の隊から流れてくる人員は減ってるんですか?」
「いいや、そうでもないよ。ただ、わざわざ流れてきた人員を時間を割いて育てる程はねえ……でも流石に資料整理に毎回応援頼むのも気が引けるんだよ、これでも」
「年に2、3回くらいなら僕は全然手伝いますよ?」
「まあ、秘密厳守に関してはヴァンのことは信頼しているし、ありがたいけれどね」
簡単に口を滑らせるような人間が『諜報』はしない。口を滑らせたとすればそれはただの『罠』だ。
「他の部隊の人間を借りると一人で任せておけないっていうのが」
「黙って地道に一人で秘密厳守でやってくれる人手が御所望ってことですか」
「そういうことだね。――他の部隊に適性がなくて流れてくるような奴じゃあ、務まらないだろう?」
「……それは、確かに。シトリア隊長そんな悪い顔するんですね、意外」
怖いな、と笑うヴァンに、シトリアはにっこりと笑みを返す。秘密厳守――それはつまり、『何が起きても耐えられる』人材でなければならないが故に。だから諜報部隊の隊長が邪魔をした理由も分かるのだ。どうしても、欲しい人材は被ってしまう。
「次の人事会議を邪魔したらヘレシィの恥ずかしい秘密を暴露してやると脅しておくかね」
「気になる」