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05 白兎と距離
ランドルフ=キャロルは近距離戦闘に特化している。輪廻士であり、徒手空拳での戦闘を基本としている為に武器の類も持ち歩いてはいない。『光学迷彩』と呼ばれている視覚認識を歪める機械精霊が、耳の装飾具という形で同行しているのみである。
――そういう情報だった。だからこの作戦を決行することに決めたのだ。遠距離からの狙撃を合図として、一切近づくことなく、そして近づかせることなく魔術で弾幕を張り制圧。遊撃部隊副隊長を一度でも殺すことが出来たなら、名が上がる。弱小組織から一躍有名になることも出来るだろう。そうすれば。士気は高かった。万に一つも失敗しないよう、入念に準備をした。作戦を必ず成功させると息巻いた。それなのに。
目論見が潰えるまでの時間は一瞬。何が起こったのか、全くわからなかった。気がつけば地に倒れ伏していて、喉から漏れる呼吸音は酷く濁っていた。ぐぐ、と内臓から迫り上がってくるものを吐き出せば、それは赤黒い血の塊。自分の体がどうなっているのか、分からない。
「久しぶりだわ、貴方たちみたいなお馬鹿」
やれやれ、とでも言いたげな、呆れ返った声。緊張感の欠片も感じられないその声が、己の耳元で聞こえたことにぞっとする。そんな筈はない。かなりの距離を取っていたし、そもそもここは高層住宅の屋上だ。そして声の主はつい先程まで射撃線上に居た筈だ。考えられるのは。
「『視覚認識を歪めるらしい機械精霊の力のせいか』」
「……!」
「とでも考えているんでしょう? 残念ながら、それはハズレ。ところでどこの組織の所属かしら? それなりに名が知れて居るような大手の組織なら私の対応範囲をもう少しくらいは把握している筈だから、こんな近距離で殺気を撒き散らして私を狙うだなんて間抜けなことは流石にしないと思うのだけれど」
何の気なしに放たれるランドルフの言葉に、頭の理解が追いつかない。屋上と地上、更には数区画離れていた筈で、当然相当距離は取っていた。遠距離狙撃がぎりぎり成立するかしないかの境目――最も、狙撃成功の可能性は低いと踏んでいたから、やや遠いとも言える。それをはっきりと近距離だと言い切られる、それは。
ザザ、と通信機が音を立てているのが聞こえる。仲間からだ。ランドルフがここにいるということは、仲間の目の前からはきっとランドルフの姿が消えている。指示を求めて指揮官である自分に通信を試みているのだろう。
「成程。お仲間は6人ね」
「っ……」
「ああごめんなさい、貴方歌唱士でしょう? いつもの癖で喉潰しちゃってるから、話そうとしない方がいいわよ」
「……ッ、……!」
「貴方が何処の誰で何者なのかは、後でゆっくり取り調べするとして」
カツン、と甲高い音が響く。突如頭に走った激痛は、髪を思い切り引っ張られたせいだ。酷い違和感が喉を焼いて、再び迫り上げてくる鉄の味が口内を満たしていく。引っ張り上げられる力に逆らう事も出来ずに顔を上げれば、深紅の瞳と目が合った。にこやかに微笑んだその瞳は、先ほどまで自分が持っていた筈の狙撃銃を手にしている。
「そうそう、いいことを教えてあげましょうか。私が武器を持っていないのは単に武装免状だの何だのって手続きが面倒だから嫌なのと、必要ならその辺にあるものを適当に武器にすればいいと思ってるってだけなのよ。貴方たちごときに魔力を消費するのも勿体無いから、これ、借りるわね」
自分の表情が歪んで、口の中からどろどろと血が溢れ落ちていくのは分かる。遠くから足音が聞こえる――きっと自分と連絡が取れないことで、誰かが様子を見にきたのだろう。逃げろ、と叫ぶ声は失われている。
自分たちは、一体何に手を出したのだろう。後悔しても、もう遅い。
「……うちの子たちは上官も含めてやり過ぎなのだけれど、まあ、私は基本的に反省文だの始末書だの書かなくていいぎりぎりのところまで、って決めているから――また抑止庁の取調室で会うかもしれないわね。その時にちゃんと学ぶといいわ、犯罪者なんてやってるより抑止庁に庇護される一般都市民でいる方が幸せだってこと」
和やかな口調のまま、一発、鋭い銃声が響き渡り。直後に後頭部に感じた鈍い衝撃と共に、意識を喪った。