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04 白兎と新人
ユリウス=ルベルは所謂『就職組』の一人である。配属隊は遊撃部隊と聞いた時、少し面食らったのを覚えている。元々どこかの隊に所属したいという希望があって抑止庁に入庁したわけではないが、かの隊は戦闘力が非常に高い隊として有名だったからだ。
「何で俺、この隊に配属されたんですか?」
「え?私が補助官欲しいって上官に申告したからね」
口に出した疑問に、目の前の上司がきょとんと首を傾げて応じる。ランドルフ=キャロル、遊撃部隊副隊長、輪廻士のノスタリア。『白兎』と称される純白の髪と深紅の瞳の組み合わせは非常に珍しく、それ故に抑止庁に身を置くことにしたのだと笑いながら話してくれたのは入庁初日のことだったか。別の機会に海上周遊都市サイレンでは崇拝される色なのだという話を聞いた時、成程、と納得した。一般都市民として生きていくのは難しいということは想像がつく。
彼が補助官が欲しい、というのは嘘ではない筈だ。机に積み上げられた恐ろしい量の書類――その大半が始末書であったり、それに関連する諸々の手続きや補償といった類のものである――を見れば、それは分かる。遊撃部隊で内務的な書類仕事をまともに出来るのは彼ともう一人のみ、何より隊長であるニギが書類仕事が壊滅的に出来ない。本来ならば各部隊に数名は配属されている筈の内務班は遊撃部隊には存在しなかった。ユリウスも、そして同期で同じく遊撃部隊配属となったマタミス=ハヴァチャクラも、名目上は戦闘官を補助する『補助官』という立場であり、内務班という扱いではない。そもそもこの隊に前線に立たない人間が存在していないのだ。
「……多分ねえ、私が何も言わなければ今期も戦闘能力の高い新人を取ってたんでしょうけどねえ、あの人」
「……え、この上更にですか……?」
「うちの隊長はほら、頭がちょっとアレだから。模擬の格闘訓練だからっていうから身体も動かしたいし丁度いいかと思って付き合ったら、魔術使い始めて大変なことになって大喧嘩したこと一度や二度じゃないから」
「この間のあれですか。あれどう見ても殺し合いだったんですけど」
「だって殺し合いしてるもの」
事もなげに言われてしまった。配属されて2か月、いい加減に慣れてはきたがこの職場は命の価値が軽過ぎるのではないかとユリウスは思う。どうせ生き返るから死んでもいい、殺してもいい、というのは「神」からすればどういう状況なのだろうか、と考えかけて止める。恐らく考えない方がいい。
「まあその補助官が欲しい話の時も大喧嘩して……最終的にあの時の戦闘訓練という名の殺し合いは私が勝ったから補助官取ってもらえたってところね」
「何をしてるんですかそこは話し合いじゃないんですか」
「まだ話し合いであの人がいう事聞くような人間だと思ってるの?長官の手を煩わせるのも別部隊の手を借りるのも面倒だったから手っ取り早く拳で話し合いをしただけで」
「始末書書いたんですね?」
「始末書1枚で補助官入れて貰えるなら万々歳よ。ま、そういうことは日常茶飯事ね。当然私が負ける時だってあるし。その場合何故か上官は懲罰房行きになるけれど」
そんなよくある話は聞きたくなかった。ランドルフが居ない場合はいずれ自分が片付けなければならない後処理の仕事となってくるのだろうというのが容易に想像がつく。やることが山積みで退屈しない職場で何よりだ、と思うことにする。前向きに考えた方が良い。辞めたくなってくる。
ユリウスがげんなりしたことは分かったのだろう、ランドルフが苦笑う。その唇が開かれようとした瞬間、ばたばたと廊下を走ってくる音が聞こえてきて、視線がそちらに向けられた。ばん、と勢いよく開いた扉の向こうに居たのはマタミスだ。
「副隊長ごめんなさい、御報告が」
「ああうんまたリコリスが何かやらかしたわね?マタミスは早急に報告書と反省文、リコリスの始末書と一緒に自分で処理してちょうだい。詳細は書類で読むから」
「えっとそうなんですけど私まだ何も……」
「大体わかるから貴女取りあえず着替えた方がいいわよ」
「あ」
補助官であることを示す白い隊服は、半分以上が赤黒く染まってしまっている。報告がなくても大体何が起きたのかはそれだけで想像がついてしまう。こうして書類仕事は増えていくのだな、と実感して、ユリウスは溜息を吐き。
――自分は反省文も始末書も書かずに済むように頑張ろう。
そう、心に決めたのだった。