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Re;Tri ― Ruler

03 番犬

 フィオレ=シモーネは遊撃部ゼーレ隊所属の三等戦闘官、ジェニアトの輪廻士である。
 黒髪に橙に近い茶色が混じった髪に、茶色の瞳。原色の多いジェニアトとしては地味な色合いながら愛嬌のある顔立ちをしており、人当たりもとても良いため可愛い、と言われることは多い。副隊長であるランドルフによく懐いており、揶揄される時は大抵の場合外見の話ではなく「副隊長の腰巾着」「『白兎』専用番犬」などといった方面の話である。時折遊撃部ゼーレ隊隊長である『殺人機』ニギ=ゼーレヴァンデルング一等戦闘官の足に物理的に噛みついてきゃんきゃんと喚いている姿が目撃されており、実際のところただの怖いもの知らずなのでは、というのが大方の見方だ。
 ――だがしかし、実際のところ。彼女は人事会議でニギが取ってきた人材であり、彼女自身間違いなく遊撃部ゼーレ隊所属の隊員の一人にであることに間違いはない。

「みーつけたっ」
「なっ……!?」

 彼女の髪色と同じ、黒と茶の斑模様の小さな犬。その小柄な体躯と嗅覚を生かして、フィオレは魔術犯罪組織の一つである『天国切符ラビリンス』の中枢に潜り込んでいた。部屋の中に居たのは3人のバリアルタの男。唐突に現れた犬の正体が分からず硬直する男たちに、フィオレは容赦なく飛びかかる。1人目、男の右足に噛みついて振り払われる直前に跳躍。その勢いのまま2人目の男の左足に噛みつく。今度は蹴り飛ばされた勢いのままに3人目、腰に噛みついてからフィオレは部屋の入り口の前へと着地した。逃げられてしまっては困る、退路は塞いでおかなければならない。
 変異を解いて、フィオレは己の制服――輪廻士は各々の能力に合わせて制服を改造することを許されているため、彼女のそれは羽織るだけで全身を覆える型のものであり、完全変異中は小型化して彼女の足に巻き付くように設計されている――を羽織った。そこでようやく男たちは理解する。制服に刻まれた抑止庁と遊撃部ゼーレ隊の2つの隊章。

「何しやがるテメエ!?」
「貴方たち、サイヴで違法風俗運営してる人たちですよねー? 逮捕しにきました!」
「ああ!? ぶち殺してやる……!」
「おいやめろ、そいつあの『殺人機』の部隊のっ」
「こんなチビなら一捻りだろうが!」

 先程フィオレに右足を噛まれた男が、目を血走らせて演算機を起動させながら近づいてくる。演算機に己の魔力を使用して魔術を使う演算士だったのか、と思いながら、フィオレはにこにこと笑みを浮かべて男を見上げていた。逃げる気どころか動く気すらない。既に彼女は仕事を終えている。

「……あ?」

 ずるり、と男の体が文字通り『ずれ』た。瞬間、足を取られるかのようにがくんと膝をつき、右足が噛まれた部分からごろりと取れて転がっていく。断面から全く血が流れない代わりにしゅう、と煙のように立ち上るそれは、魔術の残滓。ひ、と声にならない悲鳴を上げて尻餅をついた――と思った男は腰で上半身と下半身が分かれ、そのまま絶命する。残った一人は呆然としている間に左足が身体から離れていき、均衡を崩して倒れ込む。一瞬遅れて断末魔のような悲鳴が上がり、フィオレは眉を寄せて耳を塞いだ。

「あー、やっぱり一人失敗しちゃった。久々に使っていいって言われて気分上がっちゃったなー……始末書だあ……」
「あ、あ……!?」
「えへ。でも綺麗に取れたしー、どうせ始末書なんだからちょっと楽しんだっていいかなっ」

 何が起こったのか全く分かっていない男たちの横をすり抜け、フィオレは絶命した男の腰の断面を眺める。その表情を見た瞬間、言いようのない恐怖が男たちを襲っていた。――まるで玩具で遊んでいる子供のような、無邪気で楽しげな表情。
 フィオレの牙は、そこから魔術を体内に捩じ込んで発動させる。広がった魔術は血液を一滴たりとも溢させることなく、広がるように切り裂く刃に変化する。故に、彼女が噛みつくということは――その部位を、失うということだ。

 かつてザラマンドを賑わせていた、ノスタリアとバリアルタを狙った四肢強奪剥製事件。
 彼女はその犯人であり、その能力の特性から表向き『就職組』として扱われている、『懲役組』――刑務として抑止庁で働いている人材の一人である。

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