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02 『万華鏡』と仕事
殺すのは、自分の仕事ではない。
「だから、ボクは人殺しには本来大して興味がないんだけどねえ」
どうせ生き返ってしまう。つまらない。楽しくない。生きている人間で遊ぶ方が、余程有意義で楽しい。殺した人間は、死んでいる間は何も喋ってはくれないから。誰かが殺した人間の遺体を検分することは嫌いではないが、やはり生き返ってから話をした方が、『万華鏡』としては欲しい情報を手に入れられる確率は上がる。
人を殺すのは、自分の『役割』ではない。そんなことは他の人に任せておけばいい。故に『屋敷』の面子の中で、『万華鏡』は唯一と言っていいほどにあまり人を殺していない。――しかし、だからと言って人を殺さない、というわけではない。殺し方は、知っている。
くるくると手の中で地に濡れた小刀を回しながら、ペッシェは目の前の遺体を眺めた。逃げられないように処理をした部屋に監禁して、この女が目覚めたことを確認する度、迷いなくその胸を貫くことを繰り返してもう幾度目か。そして『万華鏡』は今、女と同じ姿を取っている。
成り代わる。成り変わる。その為にはこの女が必要で、この女が邪魔だ。
存在しない人間に成るというのは難易度が低く、存在する人間であっても、同意や理解が得られるのであれば特に問題はない。だがしかし『万華鏡』の場合は、仕事によっては同意も理解も得られない相手に成り代わる必要がある――そちらの方が圧倒的に多い。となれば『本人』は不要であり、『大人しく』しておいてもらう他に方法はない。仕事が終われば『顔無』の力を貸してもらえば、元居た場所に『本人』を返すのは簡単だが、それまでの期間の処理をしておくのも『万華鏡』の仕事のうちだ。
ただ殺して黙らせる。余計なことを考えさせず、余計なことを理解させず、ただの肉塊にしてしまえば、後の処理は非常に楽になる。
「……永久機関的なもので殺して死んでてくれれば、ボクの仕事ももうちょっと楽なんだけど、まあ仕方ないよねえ」
人は生き返る。そういうふうにこの世界は成っている。だから生き返る度に殺して、殺して、殺して。そうしているうちに二度と生き返りたくないと願うだろうに、それが『幸福』になってしまうだろうに、その精神的な痛みごと『なかったこと』にしてしまうから、アレはタチが悪い。だからこそ『顔無』も『ああ』いうふうに成ったのだろうなと考えて、『万華鏡』は一人笑う。
「『朽ちて ただ朽ちて そうして哀れな君よ 世界に溶けて 消えて逝け』」
甘い声に引き寄せられるように小精霊たちが集って、女の手足を、胴体をぼろぼろと崩壊させていく。頭部だけが残されて、ひょいとそれを拾い上げた『万華鏡』はそれを机の上へと置いた。絶望に見開かれた目は、『万華鏡』の――己を模した姿を映したまま、光を失っている。つんつん、とその眼球をつついて、『万華鏡』は笑う。
仕事は順調だ。次に彼女が目覚めるであろうときには、無事に『万華鏡』の仕事は終わっているだろう。そのときは、彼女に今の居場所を返してあげなければならない。そのころにはもう、彼女は『役立たず』に成り下がっているかもしれないが、それは『万華鏡』には関係のないことだ。
最後に『万華鏡』が関わっていた、潜入していたという事実さえ残らなければ、疑われることがなければ――あとは何もかもが些事。
「じゃあ行ってくるね、『私』。ゆっくりおやすみ」
その唇が紡いだ女の声は、とても穏やかだった。