Lobelia Shower - 閑話

心配の話

 茅嶋家に戻り、『世界樹の断片ユグドラシル』による治療を受けた恭が帰っていった後。咲もぐっすり眠っているようだったので、少し落ち着いたタイミングで、思い出したように口を開いたのは桜だった。

「……律様、あの、お伺いしても?」
「ん?」
「恭さん、海外でああいう状態になられたときって、どうされてるんですか……?」
「あー……」

 恭の心的外傷トラウマが軽いものではないことについては、桜もよく知っている。だからこそ今回、律が『世界樹の断片ユグドラシル』による治療を勧めたのだということも、桜には分かっているのだろう。日本にいるかぎりは、治療に関して恭の個人的な部分を理解してくれている面々は非常に多い。頼れば必ず助けてくれることも分かっているので、その点については心配は不要だ。だがしかし、海外にいる際には当然そうはいかない。仕事の場所によっては、初対面の『ヒーラー』に治療を依頼するのもままあることだ。

「んー……俺には何もできてない、としか言いようがないんだよ、正直」
「……律様……」
「あの子はいっつも、どうにかこうにか、自分の中で何とかしちゃうから。意地でも前向いて、死にそうな顔しながらでも絶対折れてやるもんかって目をするから。……まあだから、いつもは必要最低限のケアしかしてあげられないから、日本にいるときくらいはって思ってるのもあるんだけどね」

 心を守りたくても、傍にいることしかできない。
 それはとても歯がゆいことだ。少しでも安らげる方法があるのなら、いつだってその方法を教えてほしい。いつまで経っても慣れないまま、血を流し続ける心を抱いて、それでも恭は戦い続けようとする。
 強くて脆い。決して折れないまま涙を流し続けて、それでも手を伸ばすことをやめることがない。柳川 恭という人間は、そういう人間だ。
 止められないことはもうよく知っている。だから傍にいる。――遠ざけたところで、飛び込むのをやめないことは、重々承知しているので。

「……大丈夫なんですか?」
「今のところはね。でも、どうしても無理かもしれないなって感じたら、絶対休みは挟むことにしてる」
「私がもう少しお役に立てれば……」
「何で。恭くんが今日落ち着けたのは、桜のお陰だよ」

 普段、律にしてあげられることはそれほど多くない。精神的なものを常日頃治療という形で癒すことができるわけでもない。そのときそのとき、できる対処をするのが精いっぱいだ。まだ本格的に仕事を再開したばかりの今のタイミングで、多く休みを取るわけにもいかないのが、本当に歯がゆく感じる。

「……律様は、大丈夫ですか?」
「俺は、まあ。幸か不幸か、正直本当に慣れちゃってるしね」
「それは良くないものじゃないですか。……無理はなさらないでください」
「分かってる」

 元よりそれは承知している。ただでさえ、巧都の力を借りる場合は負荷が大きい。かかる負荷は減らしておかなければ、後に差し支える。
 そこまで考えてから、違う、と律は首を横に振った。桜が言っているのは、そういうことではない。彼女はただただ本当に、律のことを心配してくれている。本当にそれだけで、他意がないことはよく知っている筈なのに。
  また気が立っているな、と内心反省して。どうにも。一気にいろいろと抱えすぎてしまった気がする。一つずつ着実に片付けていくしかないのだから、苛立っても仕方ないというのに。

「……とりあえず、ちょっとだけでも日本滞在長めにしようかな」
「それは何とかなると思います。……恭さん、何もなければいいんですけど……」
「そうだね」

 ちり、と胸を焼くのは、果たして何だったのだろうか。

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