Hollow Pretender - 05
飲み会の話
 信司と楠家の事件の報告を兼ねた飲み会。
一通り話を聞いた英二は、数秒毎に一度思い出し笑いをする状態に陥っている。その隣で憮然とした表情で日本酒を嗜んでいた。二人の正面に座る形で、面白いなー、と他人事のように考えながら、律は鉄板に箸を伸ばす。
尚、本日の飲み会会場は焼肉屋である。
「茅嶋さんの店のチョイスに悪意しか感じないんですよ」
「なかみーお肉食べたいかなって」
「ぶっ」
「丁野先生は笑いすぎなんですよ」
「すまんすまん、いや、……ぶふっ、お腹が空いてるならたくさんお食べ」
「……」
「いたいいたいごめんなさい!?」
「あはは」
英二はそっと肉の入った皿を陵に差し出し、数瞬置いてぎゅう、と陵が英二の腕を抓る。離れている分被害は受けないので、律は笑いながら肉を咀嚼するだけだ。
抓られてやっと笑いも収まったのか、はあ、と息を吐き出して。
「楠の事件の方はその後は?」
「さあ。麻宮がやることは俺は知らない。別段協力関係なわけでもないから、手を引いたら後はノータッチ。事後処理として報告だけは上げてもらうけど」
「こわい」
「こわい」
「仕事なので……」
付き合いが長くなれば思うこともあるが、それとこれとは話が別だ。家同士としては便宜を図るような間柄でもない。ううん、と唸りつつワインに口をつけた英二としても何か考えるところはあるのだろうが、それ以上口出しするつもりはないようだった。
一人納得がいっていないのか、困った顔で陵は二人の顔を見比べる。困っているなら、助力を求められれば、放っておけない。陵はそういう形で動いているので、また立場が違ってくる。
「上里くんの方もきなくさかったけどなー」
「あれ。そうですか?」
「後から思い返してみると、まあ。でもまあなかみーや俺に危害を加えるつもりで巻き込んだ訳じゃなさそうだったから、今んとこ放置。仕事じゃないし」
「人食べたくなったり死にかけたのは充分危害では? あ、中御門さん豚トロ焼けてますよいかがですか」
「喧嘩売ってます?」
「ひえ」
「まあしばらくネタにしちゃうよね」
「しちゃうな」
「やめてください」
不覚だ、と頭を抱える陵に笑いつつ。何となくアルコールの回りが悪いのは、気掛かりがあるからだ。いつもならこのまま陵の神社にお泊まりコースだが、今日のところはそれを避けておきたい理由もある。
報告が一段落したので、切り出すにはちょうどいい頃合か。何となく箸を置いて姿勢を正すと、きょとんとした英二と陵の視線が向けられた。
「別件でお二人に御報告があるんですけども」
「どうした改まって」
「うち、子供ができまして」
「……ん?」
「……え?」
「12月くらいが予定日で、ひとまず仕事のセーブ期間は延ばすことにした。桜に無理させたくないから」
「えっおめでとうございます、でもそれじゃあ今日飲み会来てる場合ではないのでは」
「それはそうなんだけど、行ってきてくださいって言われたのと椿が夜帰ってきたらべったりで」
「ああ……」
「茅嶋くんが父親になるのか……やることやっでいでででで」
「言うと思った」
「思いました」
間髪入れずに英二を抓り上げる陵に笑いながら。いくら仕事をセーブするとは言っても、何もしないというわけではない。話を聞いて受けられる仕事、割り振る仕事のことは考えなければならないし、そもそも何もしないと腕が鈍るので仕事をしない訳にはいかないのだ。――どうせそのうち、『院』からも呼び出しはくるので。
サポートは伊鶴に頼むつもりだが、どうしても効率は落ちる。人手不足だなあ、と溜め息ひとつ。喜ばしいことなのは間違いないが、仕事の立場になると考えなければならないことが多くなってしまい、全部投げ出したい気分になってしまう。家業であるというのはなかなかに世知辛い。
「丁野先生にいっぱいお仕事頼むかー」
「えー」
「働け無職ヒモ」
「何もしなくていいと言われているからな」
「胸張って言うことじゃないですよね?」
報告が終われば、後は与太話が延々と続くのが飲み会というもので。
「実際茅嶋くん何人くらい女口説いたことあるんだ」
「げっほ」
「あ、それ私も興味あります」
「なかみー悪ノリの顔してませんかそれ」
何のことはない、何度かに一度は話題に上がる、律の過去の女性関係の話である。
バーテンダーのバイトをしていた頃辺りから桜と付き合い始めるまで、情報収集の手段の一環として女の子を口説いていたこともよくあるよ――という話をしたのは果たしていつの頃だったか。うっかり口を滑らせてそんなことを言ってしまったがばかりに、英二が時々面白がって話題に上げるのだ。
「えー……昔の話だしな……」
「誤魔化した」
「誤魔化しましたね」
「黙ってても注目浴びるイケメンは黙ってもらって?」
「まあ中御門さんの場合人より人外の方が寄ってくるイケメンだがな」
「さて何のことやら」
「誤魔化した」
「誤魔化したね」
「私の話じゃなくて茅嶋さんの話でしょう」
「そうだった」
「くっそこのままなかみーに矛先向けてやろうと思ったのに」
酒の席は口が軽くなるから良くない。気の置けない友人たちとの飲み会であれば、尚更だ。くだらないことを言ってしまった過去の自分を恨んだところで、この二人からその記憶がなくなってくれたりはしないだろう。何なら一生言われ続けるネタだ。
「例えばどんな女の子を口説いたとか」
「それ聞いてどうするの……」
「どうもしない。俺が楽しい」
「何で丁野さんはそんなにドヤ顔なんですか」
「ていうか口説ける女の子と無理そうな女の子って見たら分かるじゃん」
「は?」
「見るからにの女の子はさっくり口説けるけど結構めんどくさい子多め。最初警戒してるけど話してるうちにちょっとずつ解れる子は口割らせやすい。無理そうな子は口説く以外の手段で近づくし」
「何て?」
「……茅嶋さんがちょっと怖い話を本気で始めましたね?」
わあ、と肩を竦める陵に肩を竦めて、律は飲みかけのハイボールのグラスを意味もなくつつく。小さく鳴る涼しい音と共に、中の氷がからりと音を立てた。
それをどうやって見分けていたか、と聞かれれば、恭ではないが勘である、としか答えられない。バーテンダーとして様々な客の話をじっくりと聞くこともある立場にいた、というのも大いに関係しているのだろう。或いはこちらを見てくる視線で分かることもある。とはいえこちらは誰彼構わず口説いているわけではないので――情報収集に有益でないのなら、そんなことをする必要はないので――手当たり次第に口説いていたわけではない。
さて、この会話をどう別の話題にシフトするべきか。少し考えて、律の口元に浮かんだのは笑みだ。あ、という顔をした陵にはその意味が分かったのか、そっと目を逸らしている。
「……丁野先生俺に口説かれたいの?」
「よしきた」
「私止めませんよ……」
そそ、と英二の隣から少し距離を取る陵からは視線を外して、そのままじっと英二を見つめる。きょとんとした表情で律を見返す英二から、一切視線は外さず。瞬きのタイミングで、律はそのまま柔らかく笑んだ。瞬間んっ、と英二が律から目を外す。
「やだな丁野先生、どうしたの」
「どうしたもこうしたも」
「ね、そのワイン美味しい? 俺次頼むお酒悩んでて」
「頼めばいいのでは……?」
「お酒たくさんあると何頼むのか悩まない? いつも同じの頼みがちだから、せっかくだから冒険してみるのもいいかなって」
「なかみかどさんたすけて」
「ギブアップするの早すぎません? まだ20秒くらいでは? 即オチ2コマですか?」
「これは! このまま流されたら! 気が付いたら完全に口説かれてるやつだろう!?」
「よしきたって言ったじゃん。しかも俺全然まだ口説いてないんだけど」
「顔と声がガチなんだよなあ!? 聞いたことねえ声だったぞ!?」
「これ続けたらキスくらいまではいけたな」
「いくな馬鹿か!?」
もうやだ、とオーバーな動作で両手で顔を覆った英二に、律と陵が顔を見合わせて笑って――そして話題は次へとシフトし、飲み会の夜は更けていくのだった。