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Colorless Dream End

36

「ただいま戻りました」
「お帰り、桜ちゃん」
「律兄様!」
 
 律の姿を見た瞬間、桜がぱっと顔を輝かせて、罪悪感がずきりと胸を刺す。うれしそうな顔をしてもらえるのはありがたいが、これからしようとしている話はそれなりにひどい話だという自覚があるからだ。このところ人に対して厳しい話をしすぎているような気がして、心がずきずきと痛む。  
 
「ちょっと話があるから、後で俺の部屋来てくれる?」
「お話、ですか?」
「うん。大事な話」
「……えっと、はい」
 
 それ以上は聞かずに頷いた桜は、恐らく律の話の内容に見当はついたのだろう。神妙な面持ちで頷いて、着替えてきます、とだけ告げて去っていった。その後ろ姿を見送ってから、律も部屋に戻る。  
 どこからどういう切り口で、どういう風に話をするかは、まだ定まらない。恭と同じように、と一瞬思ったが、この間のモニカの忠告が頭の片隅に残っている。それでなくても桜は敏い、律の感情の機微には気づくだろう。下手な芝居を打っても仕方がない。そうなるとやはり、正直に今律が思うことを告げる他ないだろう。  
 そんなことを考えているうちに、遠慮がちにノックの音が響いた。どうぞ、と声を掛けると、私服姿の桜が顔を覗かせる。  
 
「ここどうぞ。俺ベッド座るから」
「あっ、はい」
 
 座っていた椅子を桜に譲って、ベッドに腰を下ろして。ひとつ、ゆっくりと深呼吸。覚悟を決めて。  
 
「桜ちゃんが、俺の仕事を手伝う件なんだけど」
「……はい」
「お母様やモニカさんは認めてるし、現状俺のサポートができる人材が居ないこともあるし、桜ちゃんがやりたい、ってモニカさんに仕事を教わってくれる気持ちは嬉しい。……でも俺は、今のところそれを認められない」
「それは、私じゃ……力不足だからですか」
「心配だからだよ」
 
 一秒先の未来の保証がない仕事。裏稼業の生業というのは得てしてそういうものだ。何より『茅嶋』は雪乃が有名なことも手伝って、目の敵にされていることも多い。今のところ桜が無事に過ごしているのは、彼女が『守られる側』にいるというのは非常に大きいだろう。  
 サポートであれ何であれ、律の仕事を手伝うということになれば、桜の立場は恭と同じになる。同じ戦場に立つようなことはないとしても、立ち位置としては重要だ。場合によっては、律自身よりも桜を狙えば、と考える者が皆無とは言えない。そして律はそれくらいのことを桜に委ねることになる。  
 何より、サポートとなれば後方支援だ。共にいるわけではないことも多いことを考えれば、恭が相棒として同じ戦場に立つかもしれないそれとは、また大きく話が変わってくる。
 
「自分の身は自分で守らないといけない世界だよ、本当に分かってる?」
「分かってます。……守れます」  
「本当に? 誰の助けも来なくても?」
「負けません。……もう、絶対負けたくないです」
 
 ぎゅ、と桜が膝の上で拳を握りしめるのが見える。先日、力不足で恭を攫われてしまったことを言っているのか、それとも他に何かあったか。そこにある決意は確固たるもののようで、律を見る瞳は真剣だ。  
 揺らがない。揺るぎない。
 
「他のことに目を向けるつもりは、ない?」
「……ありません。元々殺される筈だった私の命を助けてくださったのは律兄様です。だから私は、律兄様の役に立ちたい」
「俺が桜ちゃんに普通に生きてほしいって頼んでも、その決意は変わらない?」
「律兄様が死ぬかもしれないところに居るのに、私は何も関係なく笑って普通に生きる、なんて、嫌です。無理です」
「……桜ちゃん、」
「手助け、させてください。私だって戦えます。律兄様の命を助けることができる私で在りたいと思うのは、そんなに駄目なことですか?」  
 
 ――そんなふうに、言われてしまうと。
 それでも駄目だと、切り捨ててしまえばいいことではある。強硬するのであれば、幾らでも暴言は思いつく。しかしそれを、桜に言いたくはない。これだから芹に甘いと言われるのだと痛感してしまう。気を許している相手には、とことん弱い。
 しかし、今回は生半可な気持ちなのであれば承諾するわけにはいかない。唯一、律には言えることがある。本当であれば言いたくなかったこと、できればなかったことにしておきたいこと。
 あとで怒られると分かってはいても、それだけは確認しておかなければならないこと。
 
「桜ちゃん」 
「はい」 
「その理由の大前提が俺のことが好きだから、って理由なら、俺は認める訳にはいかないよ」 
「え」 
「恋愛感情なんて不確かなものを担保に、俺は桜ちゃんに仕事を任せられない」 
「……り、つにいさま、」 
「他にきちんとした理由があって、それで俺を説得出来るなら、どうぞ」
 
 桜は目を見開いたまま動かない。律は表情を崩さない。痛い沈黙が、場を支配する。
 どれくらいの時間が経ったのか、ようやっと律の言葉の意味を理解したらしい桜が、突如立ち上がって頭を下げ、部屋を出て行った。きっと彼女は、律にその感情を知られていることを知らないはずだ。故に、言える言葉が見つからなかったのだろう。
 瞬間、部屋にふわりと現れたのはピンク色の蝶――『世界樹の断片ユグドラシル』。その色が普段よりも濃いことに気付いて、苦笑う。怒っていると意思表示されている。
 
「……怒らないでよ、ユグ。ごめん」
『桜を泣かせるようなことをして。何を考えているの、律』
「甘やかすのは簡単だけど、今回の件はそれじゃ桜のためにならないでしょ。……俺だって厳しいこと言いたくないよ」

 溜め息ひとつ。そのまま脱力して、律は後ろに倒れこんだ。マットレスのスプリングは律の体を受け止めてくれるが、今の気持ちの重さまでは引き受けてはくれない。
 こうして人を傷つけなければ、向く方向を変えられない自分はやはり、不器用なのだろう。もっと何か、こうしてしんどい気持ちにならずに済む方法がきっとあるはずなのに。しかし今の律には、こういった方法を取ることしかできない――ほかの方法を知らない。何より、手段を選ぶ時間が、今はないのだ。
 
「桜が何かしら答えを見つけてくれるなら、ちゃんと受け入れるよ。諦めるならそれはそれで」
『そうやって律は一人になりたいの』
「……ユグ」
『君は本当に、そういうところが昔から変わらない。千里を心配させていた頃のままだ。命を賭けるのは自分一人でいいと思っていて、肝心なところで人に頼らない。恭に対してもそうでしょう、『諦めたらそれはそれで』なんて達観したことを言って、自分を誤魔化して』
「だってそのときは仕方ない。無理強いする権利は俺にはない」
『少しは大人になって成長したかと思ったけれど。律には一旦立ち止まって考える時間が必要だね』
「……そんな時間は、俺にはないよ」
『そう。ならその短い一生を一人で生きるといい』
 
 酷く辛辣な口調で、『世界樹の断片ユグドラシル』は言い残して。そしてふわりと、蝶の姿が消えていく。恐らくは桜のところに戻ったのだろう。
理解はしているつもりだ。『世界樹の断片ユグドラシル』が言っていることは、恐らく正しい。正しいことは分かっているが、今の律にはどうすればいいのか分からない。目を閉じて、心に突き刺さった言葉を振り払う。今、立ち止まっている時間はない。次にやるべきことを片付けなければならないのだから。
 そうは思うのに、体は鉛のように重く、動かない。自分の情けなさに、笑うことしかできなかった。


 翌日、律は病院を訪れていた。主治医である琴葉に右手の調子を診てもらうためと、意識不明の昏睡状態である小夜乃の様子を伺うためだ。
 あのとき、彼女がいなければ律も、そして共にいたリノも死んでいただろう。それほどの状況で、生き残ることができたのは小夜乃――シャロン=マスカレードのお陰だ。あのとき何が起こったのかという事実に関しては、その場にいた律にさえ説明ができないことは多い。そして正直なところ、再戦することになるのかと考えるだけで頭が痛くなってくる。
 あのとき、あの存在は響が使っているようにも見えたが、間違いなく黒幕は別の存在だ。響と行動を共にしていた若宮 柑菜が呼び寄せたものでもないだろう。恐らく『貸し出された』もの、として見た方がいい。
 シャロン=マスカレードの名を騙り、そして渚を殺した犯人。その正体は、未だ知れない。

「お待たせしました、茅嶋さん。ごめんなさいね、今日はたまたま診察が混んでて」
「ああ、いえいえ。予約もせずにふらっと来る俺が悪いんで、気にしないでください」
 名前を呼ばれて診察室に入れば、律の記憶よりも少し痩せた様子の琴葉が椅子に腰かけていた。どうぞ、と勧められるままに椅子に腰を下ろして、琴葉と向かい合う。

「……顔色が良くないですね、鹿屋先生」
「お互い様ですねー。どれだけ無茶をされてるんですか? 右手以外の診察もした方が良さそうな気がするんですが」
「一応都度治療はきちんとしてるんで、身体的にはガタは来てないんですけどね」
「今は大丈夫でも蓄積して将来的に尾を引くことになりますよ、若さで自分を過信して無理しないよう気をつけることですね」 
「……ハイ」
 
 じっと律と目を合わせ、特にどこかに触れることもなく、琴葉は淡々とした口調で告げる。反論する言葉もない。実際、今のような形で仕事を進めていくのは無理があることは分かっている。律自身にもう少し実力があれば話が変わってくるのだろうが、今のところ日々精進するしかない、というのが現状だ。
 はい右手、と言われ、律はハンドグローブを外して、右手を琴葉に差し出した。何年経っても生々しい傷痕を遺しているその右手は、律にとってはやはり大きなハンデだ。今の状況で両手が問題なく使えるのであれば、使える魔術のバリエーションも増えていく可能性は高いのだが。奪い取られたものは大きい。しかし律としては、この傷は抱えて生きていくしかない。
 あらゆる角度から律の右手を眺め、触れる琴葉の表情は厳しい。
 
「……茅嶋さん、ちょっと確認させていただきたいんですが」
「はい」
「右手で魔術使ったでしょう」
「……止むを得ない状況に置かれて、何度か……」
「嘘を吐かなかったことは褒めてあげます。……このまま使い続けると右手が丸々壊死しますよ」
「げ」
「げ、じゃない」
「すいません……」
「右手から全身に侵食することだって有り得るんですから、あまり無茶はしないように。……これはちょっと薬の調合変えて貰った方がいいかな……、明後日以降にもう一度来ることは可能ですか? それともすぐ海外に行かれます?」 
「いや、少しの間日本に居るつもりです。緊急で仕事が入らないかぎりは」
「じゃあ来てください。必ず」
 
 呆れた表情で息を吐く琴葉に、すいません、ともう一度謝罪を口にする。やはりこの右手では、魔術を使うことは厳しい。そのことを理解はしているので、人には律が右手で魔術を使えないわけではないことは隠すことにしている。琴葉にこうしてあっさりと見抜かれると思っていなかったので、律が思っているよりも右手への負荷は強いのかもしれない。
 もういいですよ、と言われ、律は右手にハンドグローブを嵌め直す。右手の診察はこれで終わりと考えていいだろう。他の診察もまだあるはずだ、あまり琴葉と話し込むわけにはいかない。要件は手短に――簡潔に。
 
「三条さんの容態はいかがですか?」
「……ま、変わりないですね。好転もしない代わりに悪化もしない。手を尽くしてはいます」
「……そうですか。顔を見て帰っても?」
「ええ、大丈夫ですよ。……あ。柳川くん、どうしてます?あの子、全然病院に来なくて……、この間渚のお葬式の時は、私が行くのが遅かったので会えず仕舞いで」
「へこたれながら頑張ってると思いたいところですね、俺としては。……頼ってきたときは、助けてあげてください。無理を頼んですいません」
「お気になさらず」
 
 そう言って、笑う琴葉の表情にはあまり力がない。その笑顔は医者としてではなく、彼女自身の本心が滲み出たものであることが見て取れて、律は目を伏せた。


 面会謝絶の札を無視して小夜乃を見舞ってから、律は病院を出た。
 のんびりしている時間はない。幸峰 巧都のことは気にかかるが、ひとまず渚の件の情報を集める方が先だ。どういった対策を立てるかということも考えておかなければならないし、今現在の渚の状態も知っておいた方がいい。今の渚に会うということは相手に行動が筒抜けになってしまうので、会うことはできないが探すことは可能だろう。できることであれば何かの仕事をカモフラージュにしたいところではあるのだが、そうそう都合の良い仕事が転がっているわけもない。
 どういった魔術構成を考えれば渚を追うことができるだろうか。思考を回しつつ、左手で『リズム』を刻んで構成を組み立てていく。ああでもないこうでもないと弄り回して、やり直して、組み直して。ようやっと試せそうな魔術が組み上がって、あとは発動するだけ――というところで。
 目の前で、あっさりとその構成が霧散した。
 
「……マジか……」
「つまんねえ魔術組んでんなあ、やっしー」
「……どちら様でしょうか」
「やだなあ俺とやっしーの仲じゃねえか、もう俺のこと忘れたのかよ薄情な男だなあ、愛を込めてたーくんって呼んでくれていいんだぜ?」
 
 急に現れて、しかもよく喋るな、と律は脱力する。
 何の前触れもなく、律の前に立っている男――幸峰 巧都は、その指先で先ほどまで律が構築していた魔術の構成の残骸をくるくると弄っている。苦労が一瞬で水の泡にされるのは、気持ちがいいものではない。
 
「ていうか何、やっしーって」
「『カヤシマ』だからやっしー。我ながら最高のネーミングセンス」
「馬鹿なの?」
「そんなこと言うんだったら殺しちゃうぞー。また屋上からダイブさせてやろっか? やっしーはどんな死に方がお好み? 好きなように殺してやるぜ?」
「死にたくないので結構です」
「つまんねえの。泣いて命乞いでもすりゃいいけどお前は絶対そういうタイプじゃねえもんなあ、可愛くねえなあ」
 
 正直なところ、あまりにも今この状況で相手をしたくない。
 そもそも、この男のことはいったん置いておこうと思った矢先に現れる辺り、狙われているような気がしてしまう。なぜ絡まれているか分からないので本当に面倒で、そして何よりこの男の正体については何ひとつ分かっていない。条件をクリアしていない今の状態では、会ったところで銃は戻ってこない。かといって巧都を倒せるほどの実力が律にはなく、歯向かったところで瞬きする暇さえ与えずにあっさり殺されてしまうことは分かっている。
 
「……何の用かな、巧都の正体とかなら俺今忙し過ぎて考える暇もなかったんだけど」
「だろーな。いいんだよハナから期待はしてねえからな。俺がお前に銃を返さない、それだけだ」
「できることなら今すぐにでも返して欲しいんだけどな。ないと困る」
「元々あの銃には玲用の魔術の構成組んでたのに、かなり弄り回されて原型欠片もなかったなー。あれやったのやっしー?」
「……そうだけど。何、巧都があの銃に魔術仕込んだの?」
「お、ご名答。お利口さんじゃねーか、偉い偉い。まあそもそも玲を『ウィザード』にしたの俺だしな。まあ、玲には最期まで契約はして貰えなかったけど」
「……は?」
「あ、玲の弟くんには何もしてねーからアイツはガチで突然の『ヒーロー』生まれ」
「いや、今、恭くんのことじゃなくて」
 
 今、巧都は確かに、玲を『ウィザード』にしたと言った。
 玲、そして恭の両親は、何の力も持たない一般人だ。『此方』でも『彼方』でもないことは分かっている。とはいえそういう人間であっても、突然変異的に何かしらの力に目覚めることはある。玲も恭もそうなのだろうと思っていたがしかし、そうであっても『ウィザード』と『ヒーロー』というのは変わった組み合わせだ。同じ血筋であれば、同じ力に目覚めることが圧倒的に多い。
 巧都という外的要因があって、玲が『ウィザード』になったということは。前に恭から聞いた話によれば、玲は10歳の頃には既に『ウィザード』の力を使えていたようだということだった。つまりそれよりも前に、巧都と玲は出会っている、ということになる。

「……ごめん話を総合すると巧都がロリコンなのかっていう話に」
「殺すぞ」
「混乱させるからだよ……何なの玲先輩といつからの付き合い?」
「あ? 玲に初めて会った時はまだ玲5歳だったと思うけど。可愛かったぜ」
「ロリコンじゃん」
「違ぇわ殺すぞマジで」 
「話が見えない。……そもそも何で急に現れて急に俺にそんなこと教えてくれるわけ?」 
「『カミサマ』は気紛れなんだよ」

 けけ、と楽しそうに巧都は笑う。しかし、こちらとしては全く笑えない。この情報は果たして、巧都の正体を知ることに繋がるのだろうか。何かのヒントになるのだろうか。全く分からない。
 しかし、5歳の頃から玲と共にいたのであれば、律のことを知っているのは当然ともいえる。そして巧都ほどの『カミ』であれば、当時の律が気配ひとつ感じられなくても何の不思議もない――実際、今でも全く彼の気配は分からない。本当に突然現れる、神出鬼没の存在だ。
 だからこそ、それほどの力を持っているから、力を貸してくれるというのであれば是が非でも欲しい、と考えてしまう。しかし、何の代償もなくその力を借りられることはないだろう。何を要求されるのかも分からない。それでもせめて、あの銃だけは返してもらわないと困るのだ。イチから新しい銃に魔術の構成を埋め込むのは難易度が非常に高い技術になってしまう。玲の銃はもともと魔術の構成が埋め込まれていたので、時間をかけることで弄ることができただけだ。 

「ああそうだやっしー、お前ヒマ?」 
「いや忙しい」
「そっかー、ヒマだな、よしちょっと付き合え、付き合わないなら死ね、ここで殺してやっから」
「……強制じゃん……」
「まあちょっとお前を連れてってやろーと思ってなー。だから付き合え」
「……何処に?」

 全く意味が分からない。眉を寄せた律に、巧都は笑みを濃くするだけだ。何を考えているのだろうか。それが吉と出るか凶と出るのか、何処に連れていかれるのかも分からないまま、この男に付き合うしかないのか。
 巧都に目をつけられた時点で運の尽きだ、と諦めるしかないのだろうか。そうして納得をしたくないところではあるのだが、ここで本当に殺されるわけにはいかないというのも事実だ。

「心底めんどくさそうな顔すんなよやっしー」
「いや心底面倒だよ……俺本当にやること山のようにあるんだけど……」
「じゃあ死ね」
「ねえ何でその二択なの」
「俺はやっしーのこと大っ嫌いだからさー。恋敵だしなー? 嫌いだから殺したいっつーのは、割と理に適った話だと思うけどなー」
「……もう何でもいいよ……何処連れていく気? 日数かかるようなら俺連絡入れとかないと、」
「無事帰って来てからでもいいだろそんなもん」
「は!?」

 何を言っているのかと思った瞬間、目の前で怒涛のように魔術が展開するのが見える。何の構成が組まれているのか全く分からない、複雑なそれに一瞬で呑み込まれる――『組み込まれる』。
 抜け出す術など編み出す暇もないまま、律の意識はその魔術の中へと引き摺り込まれた。
 

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