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13 白兎と
抑止庁の遊撃部隊と聞けば、大抵の犯罪者が想像するのは隊長の『殺人機』を筆頭とした殺戮集団という印象であることが多い。事実、広域殲滅魔術だ何だと派手に乱舞させて抑止庁一の殺害数を誇るので否定はできない――まず前提としてそういったものは誇ることではなく、完全なる汚名である。
「……そうねえ、だからあまり殺害数が多くない上に個人行動が多い私を狙うというのは、まあ間違いではないのでしょうけれど」
溜め息ひとつ。副隊長である『白兎』、ランドルフ=キャロルは呟く。視界の中であちこちの魔術の展開準備がされているのが伺える。動けばその瞬間ですべてを発動させ問答無用で殺す、という脅迫のような状況だが、別段気には留めない。投降しろだの何だのと言っているらしい声は聞こえるが、彼にとっては何のことはない『いつも』の状況だった。
確かにランドルフは殺害数が少ない。個人行動も多いので、二人一組で動いている隊員よりは狙いやすい。だがしかし、抑止庁に配属されたその日から二等戦闘官であり遊撃部隊の副隊長に任命された人間であった――それは一部別の思惑が働いた結果でもあったが。
「殺す方が簡単なのよ。わざわざ殺さないように立ち回っているっていうのは分かってもらえないのかしらね」
輪廻士の能力は対多数が不得手となってしまうことが多い。巨大な獣に変化するのであれば話は変わってくるが、基本的には近接戦闘を主軸とすることが多い輪廻士は遠距離攻撃を自在に操る演算士や歌唱士とは根本的な部分が違う。
だが――だからできない、対処もできないでは通らない。できなければ死ぬだけだ。
「今日は別に暴れてもいいっていうお墨付きは得たし、たまには上官以外にも本気を出しましょうか」
こきりと首を鳴らして、一言。かつん、とランドルフが履いている靴の針踵が甲高い音を鳴らしたそれを合図にしたかのように、一斉に様々な魔術が彼に向けて解き放たれた。燃え盛る炎、隆起する大地、押し寄せる水流、荒れ狂う嵐。それらは全てただ一点だけに向けて解き放たれ、その場全員の視界を奪っていく。
数十秒か、それとも数分か。少し魔術の嵐が落ち着いた頃、さてどうなったかと一人の男が覗き込むように首を伸ばした瞬間、ふわりと頬に触れる何か。
「……蝶?」
呟いた瞬間、その男の身体はぐらりと傾いて倒れ込んだ。どうした、と近づいた仲間の目の前にもふわりと舞い落ちるもの――小さな黒い蝶。何、と思った瞬間にはそれが肌に触れて、そのまま意識が消し飛んだ。その視界の片隅に映ったのは、魔術の爆心地から噴き出すように無数に舞う黒い蝶の群れ。
逃げろ、と叫んだのは誰だったのか。ばたばたと連鎖的に人が倒れていく中、慌てて走り出す者、防御系魔術を何とか展開しようとする者。あっという間に統制は崩れ、混乱が伝播していく。
「あら。獲物を置いてどこに逃げるつもりなのかしら」
「ひ、」
声が聞こえたと思えば、どこからともなく眼前にランドルフが現れる。全くの無傷、土埃一つ被っていないその姿は、先ほどの魔術の嵐を難なく潜り抜けている証左。一瞬動きを止めてしまったその瞬間には、視覚では到底捉えられないような速さで繰り出された蹴撃により頭が胴体から転がり落ちていった。ころころと転がった頭が浮かべていた表情は、恐怖に固まったまま。
「――私と戦うという舞台に望んで上がってきたのだから、途中降板なんてさせる訳がないでしょう」
「あ……」
「見つかって上官が楽しくなる前に、幕は下ろしておかないと。……ちょっと急ぐわね?」
紅玉の瞳が、無感情に笑う。ただ、静かに。
――このときの戦闘の記憶を残している者は、いない。