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01
幾百の銃口が自分に向けられているのだろうかと考えるとわくわくする、と言えば、目の前の人間たちはどんな顔をするのだろうかと考える。揃いも揃って圧をかけるような雰囲気を醸し出しながら、その実怯えているだけなのだから笑ってしまう。
結局誰も彼も、自分の保身しか考えてはいないのだ。価値のない有象無象が雁首を揃えるだけ揃えて何ができるというのか。
「……守ってもらおうっつー相手にすることじゃあねえんだよなあ」
「発言は許可していない。私語は謹んでいただきたい」
「独り言も言えねえのか、不便だな。もしかして俺が喋るのが怖いか? ああ、これは独り言じゃなくて質問になっちまうな」
「……いい、本題に入ろう。我々は君に先日起きた一件についての説明を求めたが、期日までに君からの回答はなかった。故にこうして招集したということになるわけだが、回答できない理由が何かあったのか」
「いや別に。怠かっただけ。つか先日起きた一件って何? 色々ありすぎて分かんねえわ」
ざわざわとざわついて、野次のような怒声が聞こえる。どこからか静粛に、という言葉が飛ぶ。全くもって面倒だ、どうして彼らはこんな方法を好むのだろう。溜め息を吐きつつも、彼らが聞きたいのであろう『先日』について考える。ちょっとした小競り合い程度のことであれば、こんなふうにわざわざ呼び出されるような内容ではない。となれば大きな何かが起きたとき。しばらく考えて、ああ、と喉から納得の音が漏れた。
「町1個吹っ飛んだときのやつの話?」
「……被害は甚大だった。防ぐ手立てはなかったのかと、問い合わせた筈だ」
「世間大騒ぎだったなあ、ありゃ。つっても俺らだって被害被ってんだよ、アンタらの質問にいちいち答えてられっか」
「契約違反に値するのでは、という話だよ。我々を守るのが君たちの仕事だ。しかしあれでは、」
「あのまま放置してりゃ都市の1つや2つは吹っ飛んでても?」
思わず笑いながら言った言葉に、場がしんと静まり返った。
あのときの被害が甚大だったことなど、言われなくても重々承知している。こちらだって被害は甚大だった。辛うじて死者は出なかったが、休養を余儀なくされた仲間は数名。その数名を欠いた状況で、しかしいつも通りの仕事をやらなければならない。そうしなければ、生活の基盤が与えられないからだ。
守る代わりに、秘匿する。秘匿した上で、食料やライフラインの供給を行い、日常生活に不便のない環境を提供する。
それが、彼らと交わした契約の内容。それが、自分たちが彼らを守る代償。――それでも、自分たちだけで生きていく手段を持っていない。あまりにも人数が少なすぎる。どうやったって人間は食べなければ、基本的な生活が成り立たなければ、生きていくのは難しい。
力で押さえつけてそういったものを整えるには、自分たちは全くもって脆弱すぎる。だからこその契約だ。
「被害は最小限には抑えたよ。文句があんならアンタらが戦え」
「……承知した。そのように回答を貰えていれば、今日このようなことをする必要はなかったんだが」
「俺だって忙しいの、アンタらの都合で生きてねえの。もうちょっと気楽に生きようや」
居住場所として割り当てられているのは、6階建てのビル1つ。それでも部屋が余る程度の人数しかいない彼らにとってはありがたい話で、あれだこれだと文句は言えない。こうして一か所に集められている理由については察しがつくが、深くは触れないことにしている。こればかりは、言わずが花というものだろう。
「怪我の具合はどう?」
「お陰様で随分楽になったよ、ヒロ。あなたは大丈夫?」
「うん。ケイには3日くらい寝てろって言われたけどね」
「帰ってきたら怒られるんじゃないの、それ」
「だから暴君がいない間に。僕のこと置いてった仕返しはしておかなくちゃ」
にこ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべるヒロと呼ばれた男に、怪我人の女は肩を竦める。彼女にとっては予想通りの返答でもあり、いつも通りの光景でもあった。
このビルに住まう人間は、一人の男によって統制されている。それが暴君或いは狂犬公と揶揄される男、大衛 蛍。圧倒的な力に基づいた自信過剰かつ不遜な態度を隠さない彼はしかし、このビルに住まう人間には非常に信頼を置かれていた。その彼をサポートしているのが、ヒロと呼ばれた男――北秦 心宙。本来対外的な交渉については心宙が担っているが、今回に限っては蛍が一人で行ってしまった。下手に出て交渉をするなどということを彼がするとは思えないので、さてどうなっているやら、というのは心宙の心配の種だ。
「ケイだってヒロのこと心配してくれてるのに」
「まあ、それは分かってるけどね。適材適所ってものがあるし、出てって説明するなんてケイが一番向いてないし」
「それはそう……、ッ」
「大丈夫?」
笑った拍子に怪我に響いたのか、女が表情を変える。途端心配そうな表情に変わった心宙が、そっと女の体に触れた。
ふわり、ふわり。
小さな球状の柔らかな光が心宙の手から現れて、女の中へと消えていく。女は大きく深呼吸をして、そのまま零れる苦笑。
「……ケイに怒られちゃうよ。でもありがとう、ヒロ」
「こんなことしか僕にはできないからね」
「そんなことない。あなたのお陰で、私たちは頑張れるんだし。ケイだってそう」
「あの人怪我しないから、あんまり僕がいる意味もない気がしない?」
「あなたに負担を掛けたくないからでしょうに」
「そうかなあ……」
「あ! いた! ヒロ!」
場を切り裂くように響く怒鳴り声。振り向かなくても相手は分かる。女と二人、顔を見合わせて笑っていると、背後からぐい、と肩を掴まれて強制的に振り向かされる。表情を歪めて見るからに怒っている様子の男――蛍に、心宙はにこりと笑った。できる限りいつも通りに、柔和に、穏やかに。
「お帰り、ケイ。ちゃんと向こうの人たちとお話しできた?」
「してきたっつのお前寝てろって言ってんのに何でここにいるわけ馬鹿か?」
「ちゃんと怒らせずにお話しできたのかなあって心配してたら、寝てられなくなっちゃって。うん、だからケイが僕のこと置いていったせいかな?」
「ヒロが無茶したのがそもそもの事の発端だよなあ!? 回答送ってこねえって詰められたのお前が回答してねえからだろ!」
「それについては本当にごめん。悪かったと思ってる」
「……ったく」
謝罪を口にすれば毒気を抜かれたのだろう、頭を抱えて蛍は首を横に振った。心宙は穏やかな笑みを崩さない。実際問題、蛍が場違いな場に出ることになったのは、自分が臥せってしまったせいであることは分かっている。そうでもなければ、そういう場に出ていくのは心宙の仕事だ。
この小さなビルの中の世界を守るために。繋ぎ留められたいのちを守り続けるために。この先の未来を、紡いでいくために。
それがあの地獄の日に、蛍と交わした約束だ。
「……戻るぞ寝ろ」
「えっ僕もう元気だし」
「駄目だ寝ろうるせえ」
「あはは。またねヒロ、ありがとう」
「あっうん気を付けて……!」
女にひらひらと手を振られ、蛍に服を掴まれて思いきり引き摺られ。
納得いかないなあ、と心の中で一人呟いて、心宙は小さな溜め息を吐いた。
並行世界に漏出した。そう結論付けたのは、果たしていつのことだっただろうか。
蛍や心宙が元々いたその場所は、今いるこの場所によく似ていて、しかしこの場所とは決定的に違う。外敵に強襲され蹂躙され、滅びを待つだけの世界。日々誰かしらが死んでいき、何処かの町が、都市が、国が滅んでいった世界。滅びに抗うために戦いながら、しかし諦めていた――滅びるしかないのだろうと。
何がどう作用したのか、この世界に放り出されるまでは。
最初は何が起きたのか分からなかった。周囲には壊れてもいない建物、逃げ惑う居るはずのない多くの人々、そこに爪を振るっているのは自分たちの世界を滅ぼしてきた外敵。
状況を判断する前に、蛍は動いた。いつもの通りに、守るために、彼はその力を振るって何とか外敵を遠ざけた。しかし蛍にとって当たり前のその「力を振るう」という行為は、自分たちにとって当然に備わっているそれは、この世界では異質なもの。気が付けば人々に取り囲まれ、よく分からないまま捕縛され、何処かも分からないところに連れていかれた。
幸いなことに使っている言語は同じようで、話はできるがしかし、お互いに何を話しているのか分からない、という状況だった。自分たちにとっては当たり前の現実が、彼らにとっては虚構の世界の話。話が噛み合わないまま何日か経過し、そして再び外敵は姿を現した。
「お前たちならあの得体の知れない化物を倒す方法があるのか」
突然現れた男に、疲れ切った声で、怒っているかのような声で、蛍はそう尋ねられた。すぐに頷けば、暴れている外敵の前に放り出された。いつも通りに力を振るって、倒してみせた。それを目の当たりにしてやっと、男は蛍の話を信じるしかないと口にした。
その男はこの場所では偉い人間に分類されるようで、その男の指示によりようやっと蛍は心宙を含む、自分と同じ世界の住人たちと合流を許された。その数、二十八名。ただそれだけが、あの世界から放り出された――世界と共に滅ぶことを、許されずに存在し続けている。
「……多分、奴らの狙いは俺らだろ」
「そうだね。滅ぶはずの人間が生きていることを、アイツらはきっと許さない。死ぬまで追い掛けてくるよ」
「狙いは俺らだってことを、お偉方には隠しときゃ何とか交渉できんじゃねえか。現状こっちの人間は奴らを倒す方法持ってねえみたいだし」
「この世界の武器は多分効かないんだろうね、関係ないから。でもそれなら、この世界に被害もなければいいのに」
「……せっかく生き延びたんだ、俺は生きてえ」
「奇遇だね、僕もだよ」
蛍と心宙の意見は一致した。
策を練った。生きるためにはまず、この世界の人間を騙さなければならない。そしてどうにか、この世界にとって有用であると示さなければならない。危険だと排除されてしまえば、もう先はなくなる。
仲間たちにも相談し、同意を得た。そして交渉の場には心宙が立った。詭弁を弄し、真偽を織り交ぜ、条件を提示し、条件を提示させた。その交渉にもかなりの時間を要したが――どうやらこの国は一つ一つの決定に時間が掛かるものらしい――その間も何度か外敵の来襲があり、蛍を含め戦える人間がそれぞれ対処したことで、彼らとしては条件を呑まざるを得ない状況になった、というのが正しいところだろう。
そうして外敵と戦い続けることと引き換えに、自分たちは手に入れたのだ。
この世界で生きていくための場所を、そのすべを。