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Session Date:20200918
茅嶋家の仕事に対する依頼人は様々だ。一般社会に生きている『此方』や同業者、或いは『彼岸』。一般社会に大きく広がってしまった『噂』で動くこともある。
そして今回は、警察上層部からの依頼だった。
「申し訳ありません茅嶋さん、署までご足労頂いて……」
「いえいえ」
応接室に通された律は、ぐるりと室内を見回した。ここまで通ってきた道には、特段妙なものは感じていない。どうやらこの署に何かが起きていて呼び出された、というわけではないようだ。
話を聞いてみると、マンションのゴミ捨て場で見つかった変死体が、検死前に署内から消え失せたのだという。絞首痕のある、片目が抉り出され、舌を引き抜かれ、四肢がめった刺しにされている遺体。明らかに猟奇的殺人の被害者であろうその遺体が跡形もなく消えているとなれば、当然署内は大騒ぎになる。
「今はまだ一部の者しか知らないんですが、正直時間の問題で……。被害者の方が恐らく『此方』の方だったので、これは急ぎで茅嶋さんにお願いするしかないだろうと」
「まあ『ネクロマンサー』が遺体持っていったりっていうのはよくある案件ではあるんですけど……、被害者の方の特徴は判別可能でした?」
「はい。顔の雰囲気は高校生くらいだったんですが、恐らく三十代くらいの成人男性ではないかと」
「……高校生に見える、三十代くらいの成人男性……?」
「はい」
ちらり、と嫌な予感が脳裏をよぎる。ちょうどそんな人間を――人間と呼んでいいのかどうかは微妙なラインではあるのだが――知っている。しかも昨日、恭が「ゆりっぺがヒメちゃん先生の愚痴聞いてたらしいんすけどー、何かジッポ先生が最近帰ってきてないらしいんすよ」という話をしていた。そのときはふうん、まあたまにはそんなこともあるんじゃない、と適当に流したのだが。
そこまで童顔の人間は、そうそう世の中にはいない。
話は続く。状況からして犯行現場はマンションのゴミ捨て場ではなく、何処かから運ばれてきた可能性が高いということや、発見された現場の住所。恐らく遺体はもう見つからないだろうという前提で、この事件をどう処理していくかの相談を済ませ、律は警察署を出て。
すぐに取り出したスマートフォン。呼び出したアドレスの登録名は『ジッポ』である。
「……、出ないな」
繋がる気配はないものの、何かを察して電話に出ない可能性もある男だ。留守番電話の自動応答メッセージになってしまう度にかけ直しを続けていると、不意にコール音が途切れ。
『何か用?』
電話の向こうから聞こえた声に、律は大きく溜め息を吐いた。
「電話に主格出てくる普通? 何で俺は電話で『カミ』と話す羽目に陥ったの? 何してんのあの人? 俺より遥かに年上なのにマジで馬鹿なの? 馬鹿だわ」
「まあまあ」
神社にて。
警察署から戻るその足で、律は中御門 陵が神主を務める神社を訪れていた。どうにも誰かに文句を言わないと気が済まず、陵に電話をした次第だ。ねえちょっと聞いて、という律の訴えに、どうぞお茶でも飲みながら、と誘われたのである。
結論から言えば、遺体は間違いなく心当たりの人物――丁野 英二だった。普段は普通の人間として生きているものの、実質『彼岸』の『ケンゾク』である英二は現在主格の『彼岸』のところで「修理中だよ」とのことで、話ができるような状態ではないと言われた。
「検死で解剖されたらやばいから、ろくに証拠隠滅もせずに慌てて逃げてきたらしいんだけどさあ……いや、そもそも通報されて警察に見つかって霊安室まで行っちゃう? もうどうせなら火葬場まで行ってしまえ」
「それはそれで大ごとになってしまうでしょう。そしてどちらにしろ後始末をするのは茅嶋さんなのでは?」
「ふざけてんのか」
「口悪くなってますよ。この件が終わったら呑みに行かないといけませんねえ」
「丁野先生の奢りだな……、……んん、スケジュール取れたかな……明日から別件の仕事に取り掛からないといけないし……それを見越して恭くんは今日お休みなんだけど」
「つまり茅嶋さんとしては今日中に片付けたい、と。相変わらずお忙しいですねえ、無理してはいけませんよ」
「いっそ放置していいと思わない? 丁野先生だし」
「被害者が増えたら困るのでは……?」
「まあねえ……」
依頼として聞いてしまった以上、無視はできない。遺体が消えてしまった件についてはどうにか辻褄の合う方法を取ることになったが、依頼主である警察に対してその後の経過を報告しない、というわけにもいかない。はあ、とわざとらしい大きな溜め息を吐いた律は、そのまま茶に口をつけた。
「……とりあえず現場検証からだな……」
「お手伝いした方が茅嶋さんのお仕事早く終わりそうですし、ご一緒しましょうか」
「助かるありがとう……報酬は二人で丁野先生に請求しようね……」
そんなやり取りを経て、訪れたのは遺体が見つかったというマンションのゴミ捨て場。規制線が張られたままになっているその場所に、人の気配はない。遺体が捨てられていたとなれば大騒ぎになっていそうなものだが、どうやら『何か起きたらしい』程度のことしか一般には知られていないようだった。散歩中を装っている陵は、犬の『カミ』の散歩用リードを手に持ったまま、周囲をきょろきょろと見回している。
「特に何もないですね」
「んー……いや、何もないことはないけどね……」
「すっごい視線感じますからねえ」
規制線の張られているゴミ捨て場を長々と見ていれば、不審に思われること自体は特に不思議ではない。しかし二人が感じている視線はそういった類のものではなく、じっとこちらを注視している視線だ。気付かないふりをしてゴミ捨て場の状況を確かめ続けてみたものの、視線が外れる気配はない。
「……どう思う? なかみー」
「犯人かもしれませんよ」
「振り返ってみる? 偶然目が合っちゃいました、みたいなノリで」
「まあこのままだと向こうから何のアクションもなさそうですしね」
「よし」
犯人か、事件の目撃者か、ただの通行人か。そこまでは判別しようもないことだ。何より、この件は早く片付けてしまいたい。意を決して、律と陵は視線の主がいるであろう方向に視線を向けた。
そこに立っていたのは、一人の女。黒い服を着たその女は、目が合うや否や悲鳴を上げて走り出していく。怪しい、を通り越してクロの可能性が圧倒的に高い行動だ。
「茅嶋さん、追いかけますよ!」
「あ、うん」
陵が犬と共に女を追いかけていく――のだが、どう考えてもスピードは犬の方が早い。陵のことを気にしてはいるのだろう、ちらちらと陵を振り返ってはいる。しかし陵はリードを持ったまま、元気に走る犬に引き摺られているようにしか見えない。思わず吹き出すように笑うと、ちょっと! と陵から抗議の叫び声が飛んできた。
女は見た限り『此方』でも『彼方』でもないだろう、という雰囲気だったが、じわりと『彼岸』の気配が染み出しているようにも感じられる。それならば多少効果はある筈だ、と律は手の甲の上、指先で『リズム』を刻んで口笛を吹く。瞬間見えない壁が女の前に立ちはだかり、そして女は見えない壁にぶつかって尻餅をついた。すぐのその後ろから陵が追いつき、ぜえぜえと呼吸を整えて。
「何かっ……、ご用、ですかっ……!」
「何も! 何もありません! 本当に! 何もないですから!」
「ちょ、騒ぐと……近所迷惑、ですよ……」
「……だいじょぶ?」
「……むりです……」
休憩、とずるずるその場に座り込んだ陵に、きゅんきゅんと鳴きながら犬がすり寄っている。這う這うの体で泣きながらどうにか逃げ出そうとしている女は、見えない壁に阻まれて身動きは取れない。よいしょ、と視線の高さを合わせるようにしゃがみこむと、律はにこりと笑んだ。
「ご近所の方ですか? 少しお話をお伺いさせてください」
「違います……っ、お、お話することなんて、何もないですっ……」
「この人のことを知っているか、教えてほしいだけなんですが」
言いながら、律はスマートフォンの画面を女に差し出した。ディスプレイに表示されているのは、英二の写真だ。見た瞬間に女の顔色が真っ青になり、後退って壁にぶつかりながら譫言のようにごめんなさい、と繰り返す。
「……知ってらっしゃいますね?」
「本当に殺すなんて思ってなかったんです、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ!」
――クロ。しかし、直接の犯人ではないらしい。
さてどうやって黒幕をおびき出すべきか。陵に視線を向けると、呼吸は落ち着いたようだが持ってきていたらしい水筒で水分補給をしている。まだもう少し休ませておいた方がいいだろうと判断して、律は女に視線を戻した。
「殺す、ってそれは何の話ですか? 彼は生きている人ですが」
「!?」
「……、何か悪い夢でも見られました?」
「うそ……うそ、ぜったいしんでた……みた……」
「何を見たんですか?」
「首を、絞めて……舌と、目を……っ」
そのときのことを思い出したのだろう、吐きそうな様子で女は蹲ってしまう。遺体の写真を確認しておくべきだったな、と一瞬考えはしたものの、知り合いの遺体の写真など確認したくもない。緩やかに強くなっていく『彼岸』の気配を感じつつ、深呼吸をひとつ。
「この人のことを誰が殺したって、あなたは言うんですか?」
女が口を開いて――息を呑む。その唇から言葉は漏れない。ぐわりと強くなった気配はそのまま形となり、細長い指が女の首に掛かる。喋れば殺す――という意思表示なのだろうか。彼女の命を人質に取るということであれば、これ以上彼女から情報を引き出すべきではない。
「……浄化します?」
「いや、まだちょっと待って」
憑いている、ということであれば、祓うのは陵の得意分野だ。耳打ちに、律は首を横に振った。まだ情報を引き出す手段はある。祓った瞬間彼女から記憶が消えてしまえば意味もない。この状況で、できることはやっておくべきだ。
女から視線を外し、手の主と視線が合うであろう場所に目を向ける。その姿はぼんやりとしていて、全容は見えない。
「……お話を、お伺いできますか?」
律の声に呼応するように、すうと姿を現したのは手足が異様に長い、のっぺらぼうのスーツ姿の『カミ』。目はないが、じっとこちらを見下ろしているのが分かる威圧感。がくがくと震えている女は、果たしてそれに気付いているのかどうか。じっと見つめていると、女の首から細長い指が離れていき、律の方へと伸ばされた。明らかな殺意を感じて、律は眉を寄せる。
何が狙いなのか、全く分からない。そもそもこの女は誰なのか。英二の知り合いなのか、全く無関係なのか。そこも含めて当たりはつけておきたいところだ。
「……エイジアのお知り合いだったりします?」
引くつもりはない。質問をしてみるものの、やはり返答はなかった。伸びてきた手は律に触れようとしている――触れられるのはまずい。即座に魔術を展開、ばちりとした弱い雷撃を相手の手に発生させて、その手を弾く。
瞬間、『カミ』の姿が掻き消えた。そして同時に近くで聞こえる、年若い女の子の悲鳴。ぱっと顔を上げた陵が、行ってきます、と声がした方に走っていく。目の前の女は真っ青な顔をして、声が聞こえた方向に視線を向けていた。
「誰の悲鳴か、ご存じのようですね」
「ご、ごめんなさ……ごめんなさい……!」
この様子では、女が逃げる心配はないだろう。声を掛けて、あえてその場に置いて律は陵の後を追う。角を曲がった先に陵はいた――その前には、手を押さえて蹲っている少女が一人。女子高生くらいの年齢だろうか。地面がぽたぽたと零れ落ちる血で赤黒く染まっていく。手当しますね、とすぐに陵が応急処置に入る。一見するだけで原因は分かる――彼女は『ソーサラー』だ。『ゲート』を開いて、先ほどの『カミ』を使役していたと見て間違いないだろう。だが、『ソーサラー』としては不自然なほどに余りにも未熟で、恐らくその未熟さが要因で、律の雷撃を呪い返しのように受けてしまったか。痛みに呻きながらも律を見上げて睨んでくる辺り、根性やプライドはあるらしい。
「鹿屋先生に連絡取るね。早いところ病院運ぼう」
「はい。……先ほどの女の人は置いてきちゃったんですか?」
「ふらふらだし逃げないなって。一緒に病院運ぶ。……身元は口割らないだろうから、なかみー」
「調べてきてもらいましょうか」
お願いしますね、と陵がよしよしと犬を撫でると、その手にすり、と身体を摺り寄せて、犬はそのまま走り去っていく。すぐに情報を持ち帰ってくるだろう。犬の姿を見送ってから、律は少女に視線を戻した。
身元は口を割らないだろう――とはいえ、『ウィザード』として分かることも多い。何より彼女が使用したらしい術式の痕跡に、律は見覚えがある。数年前のお家騒動で、彼らの血筋はほとんど残っていないはずなのだが。
「……麻宮の術式を使ってるってことはこれもしかしなくても、俺に用事かな……」