『し』の話 02

Session Date:20200315

 開かない踏切を背にして学校に向かえば、春休み中ということもあってか静かなものだった。今日は特に部活もしていないようだ――と思ったときに聞こえた声に、思わず脱力する。学校に来ておりまーす、などと一人で元気に騒いでいる声。考えてしまったせいなのだろうか。もう既に変な縁ができているのかもしれないと考えると頭が痛い。

「……何やってんの」
「えっ……ぎゃー若頭!?」

 金髪黒マスクの青年、動画配信者のSUWAこと諏訪坂綴。この間魔術師になれる教室でも陵と恭に遭遇したことは聞いている。どうして行く先々に現れるのか。綴が悪いのか、綴の『後ろ』が悪いのか、どうにも判別がつかない。どちらにしろ律としてはあまり関わりたくない相手だ。こうして面倒事は増えていく。

「あっこの間組長に会ったんすよ」
「ああ今日もいるよ」
「ひえ……組長怖すぎじゃないです……? あっ舎弟にも会いましたよ、舎弟若頭の悪口言ってましたよ、ジャージ来た高校生みたいなヤツ」
「あの子あれでも25だし可愛いお嫁さんもいるからね?」
「戸籍上の理由じゃないの!? ていうかリア充爆発しろ……うっそだ……俺より年上? アレが? 童顔じゃない?」
「イケメンでしょ?」
「……ていうか若頭何で此処に居るんすか」
「君が何で此処に居るの」
「うぇいうぇーい、町の七不思議!」
「やかましいわこっちは仕事だよ、帰れ。」
「俺は俺で仕事してるんです!」

 仕事ね、と思いつつ、綴が持っている赤いスマートフォンに視線を移す。動画配信者であれば、撮影するのが仕事だというのは道理だ。そこまで考えて、ふと思いつく。

「ねえ、何か撮れた?」
「あ、これ!これ撮れたんすよ見てください!」

 ドヤ顔をしながら、綴は律に画面を見せてくれた。映ったのは町の全景――おそらく展望台からの映像だろう。ズームされた学校の屋上には、黒い影がある。それが校庭に向かって落下して、びしゃり、と何かが広がる様子。
 どうにも、人が落下しているという雰囲気ではない。人と呼ぶには、あまりにも形が歪だ。パーツが足りていない、とでもいうのだろうか。胴体だけしかない何かが落下して落ちているという雰囲気だ。となると、先ほどのショッピングモールの腕と公園の足のように、学校には胴体があるということなのかもしれない。しかし落ちて潰れてしまうのであれば回収はできない。視点を変えて考え直すとすれば。

「で、で、落ちてるからと思ってこっち見に来たんすけど、やっぱ噂通り校庭には何も落ちてないんすよ」
「あー、上から落ちてみれば何か分かるんじゃない?」
「若頭ァ!?死ねっつってます!?」
「冗談だよちょっとうるさい」

 どうにも思考がまとめられない。展望台からどうやってこんなに綺麗に映像が撮れるのか。やはりこの赤いスマートフォンはろくなものではないな、と考えてしまう。どう考えても普通のスマートフォンではない。

「ところで俺と会った時点でスマホがどうなるか覚えてる?」
「あー!? やめてくださいやめてください商売道具なんですこの間もアレどうやったんすかすげー壊れてたんだけどー!?」
「うん、もっかいやっとく」
「やめてー!? あー!?」

 綴には非常に申し訳ないが、律はスマートフォンを壊すことには慣れている。そんなことには慣れたくなかったが、過去何度もスマートフォンを壊さなければならない事態に陥っているので仕方がない。外見はそのまま、内部を綺麗に破壊すれば、電源が落ちて画面が真っ暗になる。ぎゃあぎゃあと騒ぐ綴には悪いが、こればかりは看過するわけにはいかない。できることならこのスマートフォンの『元』から断ちたいくらいだ。

「あああああ……俺の商売道具無邪気に壊された……」
「新しいスマホ渡すから」
「いいやつくださいたぴおかれんずのやつ!」
「分かった分かった」
「やったー!」

 無邪気に喜ばれてしまったが、必要経費の範囲だろう。彼の映像を世界中に流されてしまうのは、本当によろしくないことを引き起こしかねない。悪い芽を摘んだということで、仕事が発生する前段階で予防した、ということにしておきたい。
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ綴の相手をしていると、何をしているんですか、と陵が現れた。どうやら無事に踏切は儀雷太らしい。時間を確認すると、15時23分。1時間は閉まっていた、ということになりそうだ。

「あー組長!?」
「おや。よく会いますね」
「ねえ組長、うちの舎弟俺の悪口言ってた?」
「言ってないですよ」
「ほら」
「だって舎弟が若頭がキレたら何するか分かんないって」
「だってそれは本当のことだよ」
「こっわ……」

 恐らく恭の場合は、律が最近よく『院』に対して怒ってやらかしていることを指して話をしたのではないかと思うのだが。巻き込まれる恭がたまったものではないことは分かっているので、反省はしたいところだ。
 律からは綴に見せてもらった映像の話を共有、陵は池と国道の様子を教えてくれた。池の方はもう既に濁り始めていて、これ以上は龍神の鱗の力で浄化するのは厳しそうだということ。国道に関しては車は普通車限定で異変が起きるようで、軽自動車や大型のトラックには何も起きない。何台かに一台、普通車だけが突然急ブレーキで止まり、何もないか慌てた様子で確認して、首を傾げながら去っていく。しかしその普通車の後ろには、べったりと黒い手形がつくとのことだった。話だけ聞いていると、悪質な悪戯のような雰囲気だ。

「……うーん、見に行ってみるかー……」
「そうですね。どうせSUWAくんもついてくるんでしょう?」
「行く! 組長と若頭といれば撮れ高が」
「撮影道具ないけどね」
「それー……」


 国道に辿りつくなり、一台の普通車が急ブレーキをかけて止まった。顔面蒼白で降りてきたドライバーが、車の前を覗き込んでおろおろしている様子が伺える。ちょうどいい、と律はそのドライバーに声を掛けることにした。

「どうしたんですか?」
「今、いま何か、何かがっ」

 ドライバーはパニックになっているようだった。一緒に確認しましょうか、と適当なことを言って車を調べさせてもらう。何もぶつかっている形跡はなく、そしてやはり周囲には何もない。しかし陵が言っていた通り、車の後ろには黒い手形がついていた。ドライバーが何も言う気配がないので、恐らく普通は見えないものなのだろうと判断する。
 さすがに一緒に車に乗り込んで検証するわけにはいかない。ショッピングモールで待っていてくれている伊鶴に手伝ってもらえば、何度か国道を行き来して検証できないこともないが、恐らくリモートで桜か椿の仕事の手伝いをしているだろう伊鶴を巻き込むのも気が引ける。
 大丈夫だから心配しなくていいですよ、気のせいですよと言い聞かせて、ドライバーを送り出す。さて、と向き直ったのは登山口――展望台までの道。

「……山登りやだなあ……」
「正直ですね。若頭、魔術でびょっと行けないんです?」
「それは無理です。瞬間移動出来る能力はないので山は登らなきゃいけない……『ウィザード』何でも出来る訳じゃないからね?」
「箒で飛んだりしそうじゃないですか」
「……やってみるのにちょっと力を借りてもいいけど俺がもれなく一回死ぬな」

 律が力を借りている『彼岸』はそういう相手だ。意味もなく律を一回殺す、という行動に出かねないので、どうでもいいことで力を借りたくはない。溜め息ひとつ、文句を言っていても仕方がない。先ほどの映像の真偽を確かめる意味合いでも、山に登るしかないだろう。
 文句を言いながら地道に展望台へと登って、何とか辿り着く頃には17時を回っていた。早めにやることを終わらせて下山しなければならない。学校の方を確認するために展望台に備え付けられた望遠鏡を覗き込めば、その中で先ほど見た映像と同じことを起きた。落ちていく黒い影、びしゃりと広がる何か。しかし映像を見たときとは違い、体をぐい、と引っ張られるような感覚に襲われる。――これは、よくない。

「組長見ない方がいい」
「どうかしました?」
「何か引っ張られる、高いとこ立ったら落とされかねない」

 嫌なことを思い出して振り払う。うひゃひゃと笑う幻聴が聞こえるのはきっと気のせいだ。どちらにしろ、展望台にはこれ以上の情報はないだろう。これで回れるところは全て見て回った――あとは。
 ぐるり、と視線を綴の方へと向ける。きょとんと首を傾げる彼に絡まっているもの。

「SUWAくんさあ、踏切と縁ない?」
「えっ」
「ついでに言えば山とも縁あるよね」
「……まあまあまあまあまあおーけーおーけー……、……若頭がすっごい怖いこと聞いてくるよ助けて組長!?」
「私は今忙しいんで」
「どこが!?」
「うるさいな。ねえ、君の縁者から何か分かることないの」

 目の良さには自信がある。誤魔化せると思うな、という気持ちも込めてじっと見つめれば、ええと、と言い淀んだ後彼が見せてきたのは、先ほど壊した赤いスマートフォン。スマートフォンを壊されているので、どうにもできませんという意味だろう。暗にそれは律に『後ろ』の存在を示唆していることに気付いているのか、いないのか。律としてはそちらと縁を持ちたくはないので、連絡が取れない方が助かるのだが。

「一回展望台には来てたよね」
「来てたけどぉ……」
「で、学校に行くには踏切を通る必要があったと思うんだけど?」
「……えっとぉ……」
「で?」
「……うえー……白状しますぅ……まあここはあのー……見たら引っ張られるって感じの噂通りの怪異だったんすけど……踏切の方は何つーか相性悪くて……俺が知ってる噂だと4がつく時間の時に何かあるって話で、それで行ってみたんすけどー……」
「うん、何?」
「いやこの間その、取材で、所謂『きさらぎ駅』の方にちょっと……?」
「あー……」

 この町の開かずの踏切よりも、『きさらぎ駅』の方が格段に有名で格が上ということだろう。『きさらぎ駅』に太刀打ちはできない、ということだ。
 となれば、残るは畑にあった呪物をどうにかしなければならない、という問題。恐らくあれが消えてしまえば、町を襲っている事象は解決する可能性が高い。そして池には四肢のパーツが揃っている。龍神の鱗が浄化の力を失うほどになっているのなら、そちらも何か起きる可能性はある。

「あーやっと頭動いてきた。暗くなってきたからかなー」
「本当に夜型ですね若頭」


 もう一度調べに行く前に、腹ごしらえ。ショッピングモールのフードコートで、どうにもひもじそうな綴には奢っておいた。好きなものを食べていいと言えば、ラーメン定食にデザートをつけて大喜びだった。律は普段恭が隣にいるときの癖のせいで、大盛りの唐揚げ定食を頼んでしまったので、いくつか唐揚げも渡しておく。隣で天丼定食を頼んでいた陵も、蓮根の天ぷらを渡していた。嬉しそうにもきゅもきゅと食べていたので、悪い気はしない。食事を美味しく食べるのはいいことだ。

「若頭も組長も優しい……いいひとぉ……」
「……SUWAくんちょろすぎない?」
「山で怖がってたのもう忘れてますね」
「ところで若頭、畑行きます?それとも池に?」
「池かな。濁っちゃったのも気になるし」

 あとは呪物になるべく触りたくない、という気持ちも大きい。あれは人形だった。人間そのものの手足のようなものを放り込んだ池の方を解決できれば、それなりに効力も落ちて朽ちてくれる可能性もある。
 食事の後、池に向かう。時間も時間になってしまったせいか真っ暗になっていたので、魔術を使って池を照らしてみると。

「わあ」
「ぎゃー!?」
「血の池地獄作っちゃってますね……」

 血の色に濁った池の色。ぼこぼこと何かが沸いているようなそれは、陵の言う通り確かに血の池地獄のようにも見える。鼻をつく臭いも、そこはかとなく鉄錆に似た臭いだ。

「うっ撮れ高……撮れない……」
「まだ諦めてなかったの?」
「もっといい撮れ高見せてあげましょうか」
「やめなさい」
「ひえやっぱり組長が一番怖くない?」
「若頭どうするんですかこの池」
「調べるんですよ」

 当たり前のことを聞かれても困る。深呼吸をして、集中して気配を探る。どうにも後ろの綴の気配が邪魔になってしまうので、一旦そちらは意識から締め出して、視界をクリアにして。知覚した瞬間、池の様子が変化する。
 現れたのは女の子。じっとこちらを見る暗い瞳、そのまま襲い掛かってくる池の水を防御壁一枚で堰き止めて跳ね返す。喧嘩を売った相手が悪いということで諦めてほしいところだ。『きさらぎ駅』に巻ける程度の格の相手であれば、残念ながら律にも、そして陵にも勝てはしない。
 律の防御から数瞬置いて、陵が動く。唱えられる呪文と共に振るわれた日本刀は、容赦なく女の子を切り裂いていく。そこを目掛けて雷撃の術式を展開、絶叫と共に女の子の姿は消えて、ぼこぼこと沸いていた池は平穏を取り戻していく。まだ濁ってはいるが、一晩も経てば落ち着くだろう。

「しゅ、瞬殺……組長と若頭何者……」
「終わった終わった、本当に手間だけかかったな。組長畑見に行こうか」
「そうですね」
「ねえ今何が起きたの!? ねえ!?」
「SUWAくんうるさい」

 下調べがきちんと済んでいれば、余程のことがない限りはこんなものだ。騒ぐ綴を尻目に、律と陵は畑に向かったのだった。


 呪物は綺麗さっぱり消え失せていた。池の女の子が本体だった、ということだろう。念の為、池の様子を見るべく一晩町に滞在したものの、何も起こらなかった。翌朝池は普通の池に戻っていたし、これでこの町で不審死が起きることはないだろう。陵が電話で報告するのを聞きながら、欠伸ひとつ。

「陰陽連に俺のこと言ってもいいよ、文句言われたら俺が直接連絡取るし」
「いいんですか?」
「いいよ。ルキくんがキレる方が面倒じゃない?」

 ルキは手が早いところがあることは知っている。律としても人のことはいえないのだが。組織のやり方はここ数年かなり場数を踏んでいるし、穏便に話し合いで戦争をするなら負ける気はしない。律はプライベート、陵は仕事。それで問題ないだろう。
 ――それにしても、どうしたものか。

「……律様、何か気にかかるものが?」
「んー……伊鶴さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

 縁が繋がってしまっているのなら、ある程度の対処はしておかないと。相手を知っておくことは――情報を持っておくことは、大切だ。

 そう思いつつ、律はこれからのことに思考を巡らせたのだった。

Mission Complete!
GM・諏訪坂綴/とりいとうか 中御門陵/雅 茅嶋律/雨夜