『し』の話 01

Session Date:20200315

 律がその依頼を受けたのは数日前。恭が魔術師になれる教室というものに引っ掛かり、陵がその保護者役を引き受けてくれたものの、最終的にいろいろ起きてしまった結果陵に随分と迷惑を掛けることになってしまった。

「――とういうわけで、報酬代わりに一件茅嶋さんに仕事のお手伝いをお願いしたいんですが」
「ハイ」

 そんなことがあった後にそう切り出されてしまっては、断れるわけもない。
 話を聞いたところ、依頼筋は『陰陽連』――陰陽師の組織から流れてきた依頼なのだという。たまには仕事をしろ、という振り方をされて、神社の禰宜として働いている百々目鬼ルキがキレて色々と大変だったらしい。どうにも知り合いが皆所属組織と仲が悪いような気がする。『院』と穏便に喧嘩をしているような状況の律が言えることでもないが。
 依頼の内容としては、とある町が呪われている、という話だった。山の裾野に広がる小さな、しかし寂れているわけではない町で不審死が相次いでいるのだという。どう考えても『彼岸』の仕業である可能性が高く、倒すなり封印するなり、とにかく何でもいいから解決してほしい、とのこと。調査が面倒なので依頼が陵に流れたのだろうな、ということは容易に想像がついてしまう。

「ところでなかみー、これに俺のこと巻き込んだら陰陽連に怒られない?」
「それはそれこれはこれです」
「分かる」


 数日後。律も陵も免許を持っていないので、桜の仕事の手伝いをしてくれている安藤伊鶴に頼んで、現場までは車を出してもらった。ちょうどお誂え向きのショッピングモールがあるので、そこに車を停めて待っていてもらう、という算段だ。早朝に陵を神社まで迎えに行き、8時には目的地に到着した。

「駄目だ眠い……俺昨日寝たの3時なんだよね……」
「……あれ。私を迎えに来たの6時でしたよね。……寝てないじゃないですか」
「うんまあ俺夜型人間なもので……」
「朝食は食べました?」
「……」
「食べてないですね?」

 道中で適当に調達しておいた10秒一気飲みタイプの栄養補給ゼリーを少しずつ飲みながら、陵の痛い視線からは目を逸らしておく。そんなことよりも、今回の仕事の概要だ。役所の人間と連絡を取り、不審死に纏わる話を聞いた結果。
 曰く、山にある展望台から学校の方を見ると、学校の屋上から飛び降り自殺をしているような光景が見える。展望台からその光景を見てしまうと、その数日後飛び降りてもいないのに、どう見ても転落死したかのような死に様を迎えることになる。
 曰く、国道を走っていると急に横から何かが飛び出してくる影がある。当然そんなことがあれば運転手はブレーキを踏むことになるが、何かに当たったり轢いたりしている形跡はなく、周囲にも特に何かが居る訳ではない。
 曰く、畑を見ていると遠くの方に黒い人影が見える。何がいるのかと近づけば黒い影は細かく千切れて飛んで行ってしまい、そしてそれを目撃すると数日後に死んでしまう。
 曰く、ショッピングモールで親が目を離した隙に女の子が神隠しのように行方不明になってしまい、消息不明のままいくら探しても見つからない。
 曰く、池から手が生えてくる。これは特に何か実害があった訳ではない。
 曰く、特定の時間に踏切に行くと開かずの踏切と化してしまう。電車も来ない為、踏切の故障かと思って中に入ってしまうと電車に轢かれたようにばらばらになって死んでしまう。
 曰く、公園の砂場に足を踏み入れられると急に砂の下に引き摺り込まれてしまい死んでしまう。

「……いや多くない?七不思議じゃん」
「最後の方雑な感じもしますよね」

 新しい住宅街も完成しているのだが、どうにも妙な噂も広がってしまい、誰も引っ越したがらないどころか町から引っ越ししてしまう人もいると、役所の人間は嘆いていた。心霊的な噂のところに来るのはおおよそ怖いもの知らずの、大騒ぎするタイプの若者だ。そこまで考えて、ふと頭に浮かんだ人間のことは振り払う。噂をしてしまうと現れかねない。

「国道通ってきたけど何もなかったよねえ。朝だからかな」
「時間指定があるようなことはおっしゃっていませんでしたけど」
「何か条件あるのかな」

 どうしたものか。ひとまずショッピングモールに車を停めているので、ここから調査を進めるのがよいだろう。開店直後らしいショッピングモールに足を踏み入れると、さすがにまだ閑散としている。
 ふわ、と欠伸をひとつ。寝不足のせいだろう、どうにもまだ頭が回っている感じがしない。町全体の問題となればあちこちから何らかの気配を感じることになる、律の感覚も恐らくそんなに当てにはならないだろう。

「聞いた話によると、子供がよく居なくなるっていうのはトイレのようですね」
「……あー……えっ女の子だよね、女子トイレじゃないのそれ」
「そうなんですよね」
「なかみー女装する?」
「します?して入りましょうか?」
「ノっかるな」

 適当なジョークとして流してほしかったのだが、思いのほかノリのよい返事が返ってきて逆に困惑した。
 とはいえ、本当に女装して女子トイレに入るわけにもいかない。陵が連れている『彼岸』の一柱の協力を得て、中を確認してきてもらう。結果として、女子トイレから見つかったのは。

「……腕か」
「腕ですねえ……」

 肩からもぎ取られたような腕。何かを探し求めるように動いているそれに、軽く魔術で刺激をすれば動きは弱々しくなった。それそのものとしては、普通の人間の目に見えるようなものではなさそうだ。こんなものがトイレにあれば、もっと前に大騒ぎになっていてもおかしくない。

「これパーツ集めろ系のあれか? めんどくさいな」
「手なら池から生えているという話がありましたね」
「んー……パーツ集めたらあとでえらい目に遭わない? まあいいけど」
「集めてラスボス戦ですかね。どうします? この腕」
「……置いてても仕方ないし、とりあえず持ってっとこうか」

 手持ちをしておく訳にもいかないので、そこは手伝ってくれた『彼岸』に任せておくことにする。さて次の目的地は、とスマートフォンでマップをタップ。普段は恭――というよりも恭と一緒にいる『分体』に任せているので、少し面倒だなと感じてしまう。
 池から生える手を調べに行くまでの道沿いに、畑がある。池に向かいがてら畑の様子も見よう、と陵に提案すれば、二つ返事でOKが出た。


 結論から言えば、畑に黒い人影はなかった。だがしかし陵曰く「何かやばいもの見つけちゃいました」ということで、明らかな呪物が出てきた。人形を作ってから四肢をもぎ取り、その上で胴体を燃やしているのであろう真っ黒な塊。明らかに『よくない』それには、さすがに触れたくはなかった。
 一旦これはこのままにしておこう、という結論を出した後に向かった池では、見る限りでは普通の池のようだった。だがしかし、嫌な気配だけは感じ取ることがでkりう。

「なかみー龍神様のご加護あるから池の中の様子分かるんじゃないの」
「うーん……まあ……池の底に腕沈んでるっぽいですけど……」
「あー。そのうち出てくるのかな」
「そんな時間差アトラクションみたいな」

 しかしあながち外れでもないだろう。手が出てこないことには何も確認できないな、と考えていると、陵がごそごそと懐を漁って、にこりと微笑んだ。

「では茅嶋さん。この池に龍神様の鱗を突っ込んだら如何なると思います?」
「いけいけやっちゃえ」

 まさかそんなものを持ってきていると思わなかった。
 明らかに穢れているであろうこの池に、陵の神社の龍神の清浄な鱗を入れるということは、池を丸ごと浄化するということだ。この池に浄化作用を持たせることができてしまえば、先ほどショッピングモールで見つけた腕を放り込めば仕事を減らすことができる。パーツを少しずつ集めてどうこうすることを考えるより、さっさと無力化してしまった方がいい。

「これが龍神様の神主の特権ですよ!」
「なかみー超ノリノリじゃんあとで龍神様に怒られるよ」
「目に物を見るがいい!」
「楽しそうだな」
「一度やってみたかったんですよね」

 気持ちは分からなくもない。これほど穢れている池に遭遇することなど、そうそうない。
 すっかり浄化された池の底に沈んでいた腕は消えてしまったようで、そしてショッピングモールで見つけた腕を放り込んでもらうと、やはりそちらも綺麗さっぱり浄化された。格の高い神の恩恵を受けるということはそういうことだ。力技が過ぎる部分はあるものの、これは陵に振られている仕事ではあるので、律があれこれと手出しするよりは後で何とでも言いやすいだろう。
 何か見つけたらまた持ってこよう、ということで話はついて、次は踏切へ。しかし踏切は普通に開いていて渡ることもできたので、現在は『特定の時間』ではないのだろう。その辺りでお昼時となり、ショッピングモールへと引き返して昼食を取りながら、今後の行動について計画を立てることにする。
 とはいえ、踏切に関しては条件が分からないことにはどうにもできない。時間を見つつ、何度か行き来してみるしかないだろう。となればひとまず、踏切周りから片付けた方がいい。地図上では踏切から近いのは公園になる、ということで、昼食後はそのまま公園に向かうことになった。道中踏切を通ることにはなったが、やはり普通に開いていたし普通に渡ることはできた。
 公園には誰もいなかった。曰くつきであることも手伝って、親が子供を遊ばせていないのだろう。

「なかみーちょっと砂場に立ってみる?」
「砂場に鱗入れていいなら」
「砂だからそれは駄目です。水じゃないでしょ」

 先ほどの池で味を占めてしまっている。龍神が何の神なのかを忘れていそうで困る。
 砂場からやたらと妙な気配は感じるので、何かがあることは間違いないだろう。試しに小石を放りこんでみたものの、それには特に反応はない。人を引きずり込むのであれば、やはり対象は人でないとならないということだろう。
 ひとまずいつでも防御魔術を放てるように先に準備はして、そっと砂場に足を踏み入れてみる。1歩、2歩、3歩――そこでぐい、と引っ張られる感覚。同時に律の足に絡みついたのは、どう見ても『足』だ。がっしりと絡みついて律を引き摺りこもうとする、それに対する生理的嫌悪感。即座に魔術を組み直し、『足』を正確に雷撃で貫く。まともに雷撃を受けた『足』は、ばらばらになって散らばっていった。

「……何してるんですか茅嶋さん」
「いや気持ち悪くて」
「見てるこっちも気持ち悪かったですけどバラバラにしてどうするんです」
「ついうっかり」

 回収して池まで持っていけばいいものの、ばらばらにしてしまったので集めるにも時間が掛かる。そこは陵の『彼岸』の力を借りて何とか集めて、一度池に戻ろうと公園から出て踏切を渡そうとしたそのとき。
 ――カンカンカン、
 今まで一度も鳴らなかった踏切が、音を立てている。遮断機はまだ下りていない。

「……なかみー渡って。開いてる間に渡るのは大丈夫だろうから」
「茅嶋さんは」
「踏切の様子見る。それ、池に持ってっといて」
「分かりました」

 行動を共にしていては話が進まない。ここは二手に分かれるのが正解だろう。
 陵が踏切を渡り終わると、ちょうど遮断機も下りる。カンカンと音は鳴り響いているが、電車が来る様子はない。池に向かっていく陵の背中を見送りつつ、律は一旦待機の状態だ。電車は来ないがしかし、時々電車が通り過ぎていくような音は聞こえる。一体この状態はどれくらいの時間続くのだろうか。時間を確認すれば、現在は14時を少し過ぎた辺りだ。5分ほどそのまま様子を見たところで、変化はない。
 音がするなら、と適当な防御壁の魔術を組んで、踏切の真ん中辺りに設置してみる。少し待った後、再び聞こえた電車の音と共にばりん、と勢いよく壁が割れる感覚。何かがこの踏切の中を通っていることは間違いないようだ。
 さてどうするか――と悩んでいる間に、陵が戻ってきた。時計を確認すれば、14時半。

「なかみー、これいつ開くか分かんないからそのまま国道の方調べに行ってくれる?」
「分かりました。茅嶋さんどうされます?」
「俺学校の方向かう! 後で合流しよう」