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Session Date:20200315
「さて、恭くん」
「……ハイ」
にこやかな律の笑顔から目を逸らす。どうしてこんなことになっているのか。たまたま少し『魔術師になれる教室』と聞いて興味が沸いたので行ってみただけ、が殺人事件に遭遇し、挙句に仕事の案件となってしまった。最終的に律の目の前で正座をする事態に陥っている。
「なーんで澪生の隣でほっとんど寝てるとはいえ俺の魔術の話聞いててまだ魔術師になれる教室とかいうどう聞いても怪しい小中学生向けの詐欺教室行こうと思った?」
「……大人もいたもん……」
「うん、恭くんとかね」
「あう」
「そんなに魔術のことを知りたければ無料で懇切丁寧に授業してあげるよ? 延々と恭くんの頭でも理解できるまで」
「やだー……だって律さん何言ってっか分かんないもん……」
「教室でのラノベみたいな説明さえ寝てたってなかみーに聞きましたけど」
「ハイ……」
実際のところ、授業の記憶はほとんどない。授業が始まって数分と経たないうちに、こんな説明をされたところで魔術を使えるようになはならないということは理解できた。挙句の果てにそれではやってみましょう、でできるようになるのであれば、世の中の『ウィザード』は何の苦労もしていない。そんなわけがないことを隣で見てきているのだから、すぐに失敗したなあ、とは思った。思いはしたものの、それでももしかしたら、という希望を捨てられなかったのだ。
恭は『セイバー』であり、『ウィザード』ではない。そんなことは分かっている。それでも師となってくれた代々『ヒーロー』に家系である姫氏腹の面々のことを考えると、もう少し何かできるのではないかと考えてしまう。強くなれるなら強くなりたい。それは恭の中にある、とてもシンプルな欲求だ。
恭の様子を眺めていた律は、数秒考えこんだのちにふと口を開いた。
「……まあ、澪生に話してることは『ウィザード』の基礎が分かってる人間への話になるから、恭くんが分からないのは分かるけど」
「!」
「嬉しそうな顔しないの。うーん……恭くんが納得する言い方で言うと、恭くんは既に魔術を使えてる」
「へ?」
「厳密に言うなら違うけどね。同じ『ウィザード』でも使える魔術は人による、っていう話をしてたのは覚えてる?」
うん、と恭が頷けば、今度は安心したように息を吐く。覚えているというよりは、それは体感しているという方が正しいかもしれない。時折、仕事の関係上他の『ウィザード』と共闘することもあるが、各々魔術の使い方はそれぞれだ。呪文詠唱であったり、本を持ち歩いていたり、カードを使っていたりと、その内容は多岐に渡る。
「俺たち『ウィザード』は『外側』に向けて魔術を使う。何をするにしても、自分に何かしらの魔術を使うにしても、いったん自分の『中』から『外』に向けて力を使うんだよね。『彼岸』の力を借りるにしたって、それは自分の『外』からの話だし」
「……? わかんない」
「うーん。ええとね、何かしようと思ったら一回ごはん作らなきゃいけない、みたいなさ。自分に何かしようと思ったら自分でごはん作って自分で食べる。攻撃しようと思ったら……あれだ、パイ投げ用のパイ作ってぶん投げるみたいなイメージ。溜めておけないから、直前に作るしかない」
「パイ投げ」
「イメージの話だよ」
「まあでも、何となく……?」
「俺たち『ウィザード』は魔術を使おうと思ったら1回そうやって何かを作る、っていう作業を挟むんだけど、恭くんは何も作らなくても、恭くんの『中』でそれが完結する」
「俺の中で?」
「そう。わざわざ使う直前に何か作らなくてもいい。普段食べてるごはんとかを使って、『変身』ができるって感じ?」
「『変身』?……あっ」
そういうものだと思っていたから、よく考えたことがなかった。着ている衣服に関わらず『変身』すれば服装が変わり、『変身』を解けば元の服装に戻る。律が言っているのはそのことだ。
よくよく考えてみれば、それはあまりにも不可思議な現象であり、『魔術』と同様と見なせる――ということを理解して、おお、と恭は声を上げる。
「恭くんは何か作るっていうのは下手だから、分かりやすい魔術っていう形で魔術が使えないだけで、身体能力の強化や向上っていう形で魔術を使ってる。それは俺が使えないタイプの魔術。使える魔術は人によるのは分かってるんだったら、恭くんはそういう魔術を使えるんだって考えられない? そして恭くんが使ってる魔術は俺は使えないし、不向きな魔術を習得するってなると俺でも難しい。どう?」
「はー……そっか、そういうことかあ。……えっ律さんもっと早く教えてくれればよかったのに」
「ここにきてまだ魔術使いたいとか言い出すとか思ってなかったんだよ、自覚しろ『セイバー』」
「ハイゴメンナサイ」
「ていうか本当に分かってる?」
「……えっと、俺はごはん作れないから雷ばちばちとかいう魔術は使えないけど、でも俺の場合はいっぱい食べると強くなる魔術が使える」
「……そういうことにしておこう……」
例え間違えたな、とぼやいて脱力しながらも、ひとまず話は通じたと判断したのだろう。律は話を切り替えるようにぱん、と手を叩いた。
「ところで恭くんが余計なものに関わったせいで俺の仕事が激増したのできりきり仕事してください」
「ひえ」
「『蛇野辺』かあ……『麻宮』衰退してから日本の『ウィザード』界隈もきな臭くて困るな……俺は『院』で手一杯だからそんなに多くは関われないし……『月ヶ瀬』にフォローアップ頼んだ方がいいかな……あーめんどくさ……」
「?」
「……日本における『ウィザード』の分化について呪術師だの何だのって話をしたら確実に恭くんは寝るな」
「え? なんて?」
「何でもない。今度澪生に話でもしてみようと思っただけ。ところでアリスちゃんは?」
「あー……」
恭のスマートフォンを見た律が首を傾げる。事件中、恭と行動を共にしていた筈だが『アリス』、もといチェシャ猫のキーホルダーはそこにはない。同じようにスマートフォンに目を落とした恭は、そのままそっと目を逸らし。
「……ここに来る前に、桜っちから既に報告入ってて……ゆりっぺが颯爽と奪ってったので……」
「……ああ……」
――遠くから、びたん、と尻尾が床を叩く幻聴が聞こえた気がした。
Mission Complete!
GM・諏訪坂綴/とりいとうか 中御門陵/雅 柳川恭/雨夜