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Session Date:20200125
「これは何が起きた……?」
階段を下りて1階へと向かう男の背中を見送った後。まだ行っていない教室の方へと足を向けると、教室の中で腹を押さえて蹲っている隼人と、介抱をしている陵がいた。隼人の肩から降りたらしいライアーが何かを念入りに破壊している。あまりにも原型を留めていないほどに粉々になっているそれが何だったのか全く想像がつかない。
「……腹? 何組長、また引き摺られて刺したの?」
「刺してませんよ何ですかその冤罪は!?」
「あー何もされてないですよ……、扉開けたら槍みたいな何かが飛んできて……組長は避けられたんですけど俺に直撃しちゃっただけです」
「ぬるっと避けたな?」
「いやまあ当たったら死ぬだろうなと思ったのでとりあえず避けましたよ」
槍だと知覚できていたのなら、それはそうだろう。しかしその槍は念入りに破壊されているので、どうやっても調べようがない。
一応、と傷を見せてもらったものの、ただの打ち身のようだった。しかし隼人が言うには「完全に殺しに掛かってきてる感じだったんですけど何で刺さらなかったんだろう……」ということだったので、何か条件を満たしていると刺さった可能性は高い。調べようにもライアーが丁寧に跡形もなく破壊してしまったので、それは諦めるしかなさそうだ。
こうなってくると、目標としている主催の『彼岸』は近くにいるのかもしれない。3階で調べていない部屋はあと3つ残っている。一気に終わらせてしまってもいいだろう。
「じゃあ柊くん、こっちの教室お願いしていい? 組長はその隣ね。俺はあっちの教室見てくるから」
「分かりました」
「はい」
それほど距離が離れているわけでもない、誰かに何かあっても全員がすぐに動いて集合できる。そう見越しての提案に、二人は頷いてくれた。
調べると決めた教室の扉を開いて、中に入った瞬間。ふっと感じた嫌な雰囲気に防御壁を展開。その防御壁を貫くかのように、腰の辺りにちくりとした痛みが走った。尖ったものに当たったような感触。何だ、と振り返ったものの背後にはがらんとした廊下があるだけ。走り去っていく影だけをぎりぎり視界の端に捉えたものの、律では追いかけても追いつかないのが目に見えている距離だ。こんなときに恭がいれば、と思うがいない人間を頼っても仕方がない。
何だったんだと思いながらも調べた教室の中からは何も得られなかった。何かが当たった腰はじんわりと痛みがあって、どうにも苛々してきてしまう。これ以上教室を調べても仕方がないので、律は陵が調べている教室へと足を向けた。
「ちょっと組長!」
「何怒ってるんですか若頭」
「なんか多分刺されたんだけどもしかして犯人は組長」
「また冤罪!?」
「地味に痛い!」
「知りませんよそんなこと言うなら本当に刺しますよ!?」
「ごめんごめん」
「で、傷は? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫、傷になるような感じじゃない。ちょっとちくっとしただけ」
陵に八つ当たりをしていると、後ろに隼人が戻ってきていた。冷たい目で何をしてるんだこの人たちは、とでも言いたげな視線を向けられると頭も冷える。
3人集まったところで、各々の調査報告。陵が調べた教室には血痕が残ってはいたが、それを乱雑に掃除したような形跡があったという。対する隼人が調べた教室は3階に上がってきて最初に入った部屋のように人体のパーツが散らばっている部屋で、やはり頭と心臓はなかったらしい。校内にこれより上階はない、となればこれですべての教室を調べたことになる。
調べられるところは全て調べた。相手が移動しているとすればこれは一旦手詰まりということになる。先ほど逃げていった相手を律が捕まえられれば話は違ったのかもしれないが、できなかったものは仕方がない。どちらにしろこの廃校からは出ていないだろう。
「とりあえず、此処に居ても仕方ありませんし職員室に戻りませんか? 意外と職員室に何かあるかもしれませんよ」
「……いや職員室に何か手掛かりあったら俺キブレのこと本気で始末する方法考えそうだからそれは……ないでしょ多分……?」
戻ってきた職員室にて。
ごそごそとあちこちを探し回っている陵を横目に、律はひとまずキブレに隼人を紹介した。対するキブレはライアーのことをひどく嫌がっていた――自身よりかなり神格の高い相手になるからだろう。
そのまま流れで調査報告を行う。部屋の内部の状況はキブレは全く把握していなかったようで、報告内容に目を白黒させていた。『領域』を作ることに関しては得意だが守る手段を持たない分、下手にあちこちを調べることができなかったのだろう。
「職員室何もないですね」
「よかったねキブレ、俺に始末されずに済んだよ」
「何その怖い話!? ……つーかりつえもん」
「りつえもん言うな」
「今聞いた話の中で気になったの、壁の飾りみたいな扉の話なんだけど、何それ。俺基本的に工事中みたいな教室あったところで使えねえから、そういう場所はないはずなんだけど」
「えっ、あったよねなかみー」
「ありましたね、2か所ほど」
「そんなに? 欠陥工事じゃん」
「家主が言うな」
この廃校の『領域』の主は何がどうあってもキブレではあるので、そう言われてしまうと欠陥工事をしているのはキブレだということになってしまう。
とは言え、先日見回りをした際にはそんな部屋はなかったというのがキブレの弁だ。すべての部屋は教室として機能している筈だと言い切られてしまっては、論より証拠という話になる。キブレ本人からも連れていってほしいという話を受けて、ひとまず1階にある壁の飾りと化している扉の前にキブレを連れていく。
扉を見たキブレは眉を寄せつつも本当だ、と小さく呟いて。ぶつぶつと何かを行うと同時、その場の空気が変わる。壁の飾りから普通の扉へと姿を変えたその場所を、キブレが開いて。
「何この部屋!?」
叫んだのはキブレだった。背後から教室の中を覗き込めば、3階で見たような人体のパーツが大量に。
「……キブレ? 何作ってんの? やっぱり主催はキブレだった?」
「俺じゃねえ!? なにこれこわいなに!? だれ!? 誰がこんなことしたの!?」
「ちゃんと丁寧な暮らししてくださいよ。せっかくキーブレード使いみたいに入れない部屋の鍵を開けられたのに勿体ないじゃないですか」
「丁寧な暮らししたいよ俺だって!? ていうかキーブレードって何!?」
「大体真犯人ほど知らないって言うものでしょう。先程3階で私と隼人くんが槍で刺されそうになったのも若頭を刺したのも貴方では?」
「マジで知らねえけど!? 大体お前らを殺すつもりで呼ぶならもっと入念に準備するっつーの、喧嘩売ったら 1 秒未満で塵にされるような相手に喧嘩売る程馬鹿じゃねえ!」
どこか楽しそうな陵に対して、キブレは本当にパニックになっているらしい。この男は悪霊なのだから死体など見慣れているだろう、つまり死体があることに驚いているわけではない。自分が関わった覚えが全くないものがこの教室にあることに驚いているのだろうということは分かる。となれば、この部屋をキブレから切り離したのは主催の『彼岸』だろう。キブレより神格が高い存在であるが故に知らない間に『領域』を奪い取られてしまっている。
教室の中に足を踏み入れて、置かれているパーツを調べる。一見先ほどと特に変わりはないように思えるが、少し話は違うようだ。3階で見たものは完全に食われているものだったが、こちらは食べかけのような。そして先ほどはなかった心臓や脳が残っているものもある。光景としてはグロテスクなものだが、残念ながら見慣れてしまっている自分に少し嫌気が差して律は苦笑った。陵も隼人も場数を踏んでいる人間なので、表立って動揺したりはしない。ここに恭がいなくてよかった、と心底思う。恭の性格上、こういったことはいつまでも慣れそうにない。仕事上どうしても遭遇しがちな場面ではあるが、その感性は失わないでほしいとも思ってしまう。
続いて同じように2階の飾りの扉の部屋も具現化してもらうと、中は同じような雰囲気だった。しかしこちらにあるパーツは比較的傷がない――というよりもばらばらにしただけでまだ食べていない、という雰囲気だ。恐らく保管しているのだろう。
そのお陰、と言うべきか。律は一つの可能性に気付いて眉を寄せた。
「……これ、食べられてるの全部『ウィザード』っぽいな」
「若頭みたいな?」
「うん……、『ウィザード』、或いはそれに近しい素質はある者って感じ……」
だから先ほど刺されたのだろうか、と3階で起きた顛末を思う。相手は逃げていったが、そうなると今狙われるのは律、そしてこの廃校に『ウィザード』はもう一人いる。同じ可能性に陵も気付いたのだろう、すぐに教室を出て行って――然程時間が経たないうちに戻ってきた。
「居ませんね」
「だーから動くなっていったのになもう……」
出会った金髪黒マスクの配信者の青年は、『ウィザード』だった。脅迫紛いのことをしてまで教室から出るなと言いはしたが、3階で出会った『化物』の男のことを考えると合流してどこかに行ってしまったのかもしれない。いっそ合流しておいた方がよかっただろうか。舌打ちが出たのは無意識に。
「……分かれよう。柊くん、金髪黒マスクの『ウィザード』見つけたら保護しといて」
「はい、わかりました」
「私はもう一度下を探します」
「じゃあ俺は3階に上がるね。2階は柊くんに任せた。キブレはどうせ役に立たないから職員室に戻ってて」
「お前俺の扱いひどすぎないか」
さてどこから探すか、と3階に上がったところで、カイに捕まった。
「おかえりー! ね、お菓子食べよ?」
「いらないって。嫌いって言ったでしょ」
「食べたら美味しいよきっと!」
「きっとって何?」
無邪気なので誤魔化されそうになるが、彼のお菓子を食べたら死ぬ。見た目が善意であるというのが一番困惑する部分だ。忘れてはいけない、どんなに人の好さそうな顔をしていても悪霊は悪霊で、その性質はそう簡単には変わらない。
「あ、カイくん。金髪黒マスクの若い男の子見なかった?」
「え? ううん、誰も見てないよ」
「そっかあ」
見掛けたのであれば、カイは必ずお菓子を勧めているだろう。そしてあの青年はお米を買いたいという話をしていたくらいなので、お菓子をもらえば喜んで食べていたのではないだろうか、とは思う。ひとまず家庭科室周辺にはいないのだろうということは間違いなさそうだ。
なぜあの青年は教室を出ていったのか。実際律や陵にいくら動くなと言われたところで、彼に動かない理由はない。『化物』の男と合流して二人で調査をしているのだろうか。そもそも、あの『化物』の男は一体何だったのか。『ウィザード』のような雰囲気は微塵も感じられなかった。隼人に関わりのある人物――かの家系に連なる人物の一人であるとしても、それを今の隼人から聞き出すわけにはいかない事情もある。
「……あれ」
ふと首をもたげる疑問。何かを見落としてしまっている気がする。
律は紛うことなく『ウィザード』だが、キブレに陵と共に呼ばれた側であるということを考えれば除外していい。潜入していた配信者の青年は『ウィザード』。引きずり込まれて巻き込まれている隼人は『サイコメトラー』だが、名を変え存在を偽ったところでどうしても隼人の中には『ウィザード』の血が流れていることを知っている。だから隼人に掛けられている厄介な呪いは、薄めることはできても完全に断ち切ることは難しいのだ。そしてあの『化物』が、かの家系の人間であるとすれば。
「かやっ……若頭!」
階下から陵の叫び声が聞こえて、はっと思考を中断する。考えに耽っていて全く調査をしていないことに今更気付きながらも、階段の方へと走る。
陵が調べていたのは1階だったはずだ。しかしここまで声が届くということは恐らく2階で何かあった可能性が高い。2階を調べていたのは隼人――保管庫にあったのは『ウィザード』、或いはその素質がある者のもの。つまりは隼人を一人にしてはいけなかった。槍が刺さらなかったのは『サイキッカー』としての力の方が強かったからというだけだ。彼のことを何も知らないことにしようとして、その辺りのことを考えていなかった。律はそこを見落としていたのだ。
階段を駆け下りると、ちょうど反対側で陵が交戦中だった。その足元にはライアーの触媒である短刀を握りしめたまま隼人が倒れている。相対しているのは複数人の人間が絡み合っているかのような化物。――あれは。
「……、あれもしかして噂の『神納糧』かめんどくさいな……!」
人間を使った蟲毒の成れの果て。神様に捧げる供物の顔をした劇薬、毒物。茅嶋家として使う魔術とは全く無縁であることもあり、そういうものが『在る』ということは知っているが実際に見るのは初めてだ。まさかこんなところで見ることになるとは思っていなかった。キブレはそろそろどうにか力をつけないと本当にただ『領域』を他の『彼岸』の食い物にされるだけの悪霊になるのではないだろうか。もうなっているというのは置いておくとしても。
陵は隼人を守るために応戦しているようだが、『神納糧』は陵には目もくれず隼人を狙っているようだった。何が目的なのかは分からないが、『ウィザード』を狙っているのなら簡単だ。『神納糧』の足元を寝たって微弱な雷撃を放つ。攻撃にはならないものの、魔術の波動を感じたからか。ぐるりと『神納糧』が律の方を振り返った。
「遅いですよ若頭! 何してたんです!?」
「ごめんごめん。ええと組長、柊くん職員室に連れてって。コイツ引き受ける。あと3階探し損ねた! ごめん!」
「いや本当に何してたんですかやる気あるんですか」
「ごめんって」
本気で怒られているのが分かって申し訳なくなる。気乗りしなかったことも手伝って身が入っていなかった。今度からもう少し気を付けないといけない。
今なら何となく理解ができる。『アリス』の『ケンゾク』たちが引きずり込んだ相手をどうすることもできなかったのも、カイの菓子を食べて無事だったのも、彼らがこの廃校に引きずり込まれたのは『神納糧』の餌として――だったからだ。彼らはこの『神納糧』から獲物を奪い取ることができるほどの力はなかった。ただそれだけの話。
「『ウィザード』食べたいんでしょ? そっちの子は混じりものだよ。俺の方が美味しいと思うけど、どう?」
「魔術師……美味しそう……、ああでもあっちも食べたいけど……」
きょろきょろ。『神納糧』の視線が動く。隼人から狙いが外れなかった時のことも考えて、攻撃より先に防御壁の展開準備を整えて。
「——強い方が、喜んでもらえるよねっ」