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廃校への侵入者の話 01

Session Date:20200125

「んーやっと日本? ただいまー!」
「気が早くない?」
「見慣れた景色ってだけでテンション上がらないっすか?」

 長期の出張から戻って。仕事の量としてもようやく落ち着いたので、久しぶりにまとまった休みの期間を取ることにした。よくよく話を聞けば、恭は出張から帰る前に憂凛と待ち合わせをしてデートの約束をしていたようで、じゃ! とテンション高く帰っていった。いいなあ、と羨む気持ちがふっと浮かんで、消える。いつも頑張ってくれているのだ、恭と憂凛には、たまの休みくらいゆっくり休んで二人で過ごしてもらいたい。仕事ばかりさせているのも、申し訳ないとは思っている。
 自分もたまにはデートでもしようか、と家で待っているであろう恋人のことを考えつつ、タクシー乗り場へと歩き出した瞬間。

「やっほーりつえもん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「帰れ……」

 目の前に唐突に現れた『彼岸』の姿に、律は頭を抱えたのだった。


 悪霊『校長先生キブレ』。
 その『カミ』に出会ったのは、もう十年近くは前の話になるだろう。『領域』の作成を得意としている『カミ』であり、廃学校の『領域』を管理している。その『領域』に人を招き入れて――というタイプの悪霊で、当時「住み着いた他の『カミ』をどうにかしてほしい」という依頼を紆余曲折あって受けたことがあり、そこからの縁で時折こうして律の前に姿を現すのだった。その住み着いていた他の『彼岸』の『カミ』というのが現在恭と縁のある『黄昏の女王アリス』だった――という話なのだが、それはまた別の話だ。

「頼むよりつえもーん」
「誰だよりつえもんって。ていうか俺忙しいからキブレに構ってる暇ないなー、困ったなー」
「お前は今日からちょっと暇だってこっちは知ってんだぞ!」
「何で俺のスケジュール知ってるの、普通に怖い」
「ゴーストネットランドで読んだ」

 一体何の話だ、と思わず眉を寄せたものの、深くは考えないことにする。どこまでツッコミを入れていいのか分からない。恐らく『彼岸』は『彼岸』で情報を共有するネットワークがあるのだろう。どこまで自分のスケジュールが筒抜けになっているのかと考えると背筋が寒い。
 心底鬱陶しいなという気持ちを込めてキブレを見れば、わざとらしいにこりとした笑みを浮かべられた。どうやらこの悪霊に引く気はないようだ。

「……俺だってたまの休みには彼女とデートしたいんだけど?」
「嫌に決まってんだろこのリア充が。俺の依頼が終わってからでよくない? ていうかこの機会逃したらお前またしばらく忙しいだろ。だから今しかない」
「ええー……」
「いやちょっとうち変なことの会場にされててさあ」
「いつもじゃん」
「まあいつもだけどな!? 異世界転生とか言ってめっちゃ人来る何あれ誰が流行らせたワケ? 怖がるわけでもねえしむしろウェーイって感じでマジでうざいが?」
「それで『領域』燃やされて逃げられるんでしょ」
「何で知ってんの!?」

 適当に言ったのだが、どうやら図星だったらしい。
 そんなことよりも、もう勝手に話が始まっているという事実に頭が痛い。恐らくこの悪霊は律が引き受けるまで付き纏うつもりだろう。『リコール』か何かで追い払ってしまおうかと考えたところで、またすぐに戻ってくるであろうことは想像に難くない。だらだらと長期間付き合いが続いているだけあって、律はそれなりに『校長先生キブレ』のことは把握しているし、『校長先生キブレ』としても律の性格はおおよそ分かっているだろう。
 つまりはこの悪霊、律が折れるまでひたすら言い続ける。

「何か変なのいっぱいいて困ってるんだよマジでー。ちょちょいのちょいだろ、追い出してくれよりつえもんー」
「それ一体俺に何のメリットがあるんだ……」
「善良な悪霊が救われる」
「善良な悪霊って何? ていうかちゃんと対価払えるの? そもそも。何くれる気?」
「金?」
「一番いらないもの提示してくるじゃん」
「ブルジョワかよお前は。まあ何かしらちゃんと払うから? んでお前だけだったらアレだしー、あの期待のルーキーの陰陽師もご一緒にどう?」
「期待のルーキー?」

 何を言っているのかと一瞬考えて、思い出したのは『校長先生キブレ』と出会った事件のこと。あのとき一緒にいたのは、いろいろ起きてしまった結果『彼方』に引き摺られて恭を刺すという事件を起こしたことがある『陰陽師』。どうしたって『校長先生キブレ』は悪霊だ、そういう手合いは好みだということだろう。

「……なかみーかあ……」


 桜に知り合いから飛び込みの依頼が来て、すぐに帰ることができなくなった、と連絡すると、そうですか、としょんぼりとした声が返ってきて胸が痛い。悪いのは全て『校長先生キブレ』である。殴りたくなった気持ちは一旦心の中に仕舞っておいた。
 その後すぐに律が連絡を取ったのは件の『陰陽師』――中御門 陵。恭が自宅にいるときはほぼ毎朝のようにトレーニングに行っている、龍神が祀られている水乃登神社の神主で、律の数少ない気を許している友人の一人である。
 今暇かという非常に雑な誘い方をして、とりあえずは『校長先生キブレ』からの依頼で指名されていたということ、恭は久しぶりに憂凛とデートなので、律としては邪魔したくないと思っていること、そして断られた場合は一人で行くつもりだと伝えたところ、「まあ行きますけど……」と明らかに気乗りしていない返事が返ってきた。あまり行きたくない話ではあるが、律一人で行かせるわけにはいかないと考えてくれたのだろう。このお礼は神社に奉納の形で何かしないとな、と頭の片隅で考える。
 適当な場所で陵と待ち合わせ。久し振り、と挨拶した後は他愛もない会話を交わし、『校長先生キブレ』が開いた道を通って彼の『領域』の中へと足を踏み入れる。
 そこに広がる景色は廃校。かつて彼が根城としていたのは校長室だったが、いろいろ起きた結果『黄昏の女王アリス』に潰されたという愚痴を聞きながら、代わりに使っているのであろう1階の職員室へと案内される。とはいえここは『カミ』の『領域』の中なので、普通の学校のように構造を掴むことはできない。

「で? 変なことの会場にされているというのは」
「バトロワみたいなことしてんだよ、どうも。最後の一人になるまで殺し合え、最後生き残った一人だけを現世に返してやる、みたいな?」
「それの主催者がキブレって話か」
「俺じゃねえよ!? 俺じゃねえから相談してんだよ!?」
「主催なら容赦なく駆逐してキブレとの縁もここで終わらせてやろうと思ったのに」
「終わらせてたまるか。まあその参加者が今何人か校舎内にいるみたいなんだけど、主催の加護か何かでこっちから干渉できなくて、それでお前らを呼んだってワケ」
「干渉できないんですか?」
「まあキブレ弱いもんね。所詮悪霊、神格が低い」
「身も蓋もないこと言いやがる!?」

 わあわあと騒いでいるのは無視しながら、どうにもやる気は出ない。しかしここまで来てしまったからには、解決しないことには戻れない。
 仮にもこの『領域』の主である『校長先生キブレ』が干渉できないということは、当然ながら相手は他の『彼岸』ということだろう。その『彼岸』を見つけて、追い出すなり討伐するなりという形を達成するのがこの依頼の終着点ということになる。

「俺の『領域』なのに勝手に他のヤツが入ってきて根城にしたり狩場にされるのって本当に不愉快」
「それって『領域』守れないキブレが悪いよね、仕方ないね」
「不愉快極まりない!」


 とにかく探すところから頼む、という『校長先生キブレ』の依頼にはわざとらしい大きい溜め息を返して、陵と二人で調査に出る。廃校自体はそれほど広い場所ではない。外にはグラウンドと正門、一階には潰れた校長室と宿直室、1-1から1-3までの教室。そして何故か壁に扉の飾りだけで開かないという形の変な場所。どこから調べるかとなれば、必然的に入ることができる教室からだ。潰れた校長室と扉が飾りの場所は入りようがない。
 1-1の教室自体はどこにでもあるような普通の教室で、特に何かある様子はない。この調子で何か見つかるのだろうかと首を傾げつつ、1-2の教室への扉を開くと。

「うわっ!?」
「……あれ」

 人がいた。
 金髪で黒いマスクをした青年。その手には赤いスマートフォン。おろおろきょどきょどとした様子で律と陵を見比べている。明らかに挙動不審なその青年から感じるのは、『ウィザード』の雰囲気。何よりその手の赤いスマートフォンが、どうにも嫌な雰囲気を醸し出している。

「ひっヤクザ!? わー!? 不法侵入じゃないんで!? 違うんで!?」
「やく……? いやその前に君ここにいる時点で不法侵入でしょ、何してるの」
「けじめ? けじめはつけられません? はい? ごめんなさい!」

 一人で勘違いして、一人で騒いで喚いている。何故ヤクザなのだろうかと思ってはしまうが、ここはその勘違いに乗じた方が楽な可能性は高い。律としては面が割れていないのなら下手に他の『ウィザード』に名乗りたくない、という気持ちもある。一応はそれなりに名の通っている『ウィザード』の家の当主をしているといろいろとあるので――母とは違い、名前はともかくとして、そこまで顔が売れていないのは本当に救いだ。

「……指詰めろ?」
「わー!?」
「日本刀なら持っていますが。使いますか?」
「ぎゃー!?」
「実は私この人の護衛なんですよ」
「何言ってるんですか組長」
「ノリが悪いですよ若頭」

 陵のノリがよかった。
 神職である陵は、実際に日本刀を持っている。律が銃を使用しているのと同じように、『陰陽師』としての力を使うための媒介だ。そして信じ込んでしまったらしい青年は、顔面蒼白で震えている。

「師匠の同業者だ……指詰められる……こわい……」
「師匠? ……そもそも俺、君と同業じゃないかなあ」

 それは青年を試す意味も込めて。律は取り立てて隠すということをしていないので、それなりに『分かる』人間であれば一発で『ウィザード』であることは露見する。そう考えて声を掛ければ、青年がばっと顔を上げてまじまじと律を見て「ほんとだ」と小さく呟いた。どうやら目は悪くないようだ。
 次はどう声を掛けようかと考えていると、青年の視線が今度は陵へと向いて。

「……違うじゃん!?」

 陵は『陰陽師』だということも分かるらしい。であればそれなりではあるのだろう。

「怖い? ヤのつく人がこんなところに何しに来たんすか!」
「いやそれこっちが聞いてんだよ」
「ぎゃー若頭がキレた!?」
「うるっさ……ねえ、何してんのって聞いてるんだけど」
「動画を? 配信? してまして? あ、これ配信のページです『SUWA』といいますチャンネル登録よろしくお願いしまーす!」
「動画配信……ねえもしかしてパーカーの知り合いとかない?」
「可能性はありますけど、どうでしょうね」

 動画配信という単語を聞いて思い出したのは、陵の神社の境外社にいる少年の『カミ』のこと。恭の友達でもあり、通称『パーカー』と呼ばれている、紆余曲折あって縁結びの『カミ』へと成り上がった少年。かの少年はゲームやインターネットや動画といったものが大好物でやたらと詳しいので、知り合いでなくても知っている可能性はある。
 しかし、どうにも配信という単語に引っ掛かりを感じる。ここは『カミ』が創り出した『領域』の中だ。まともなスマートフォンでまともな動画が撮れるとは思えない。青年のスマートフォンに視線を移せば、何かを察したのかばっと隠された。赤いスマートフォンから感じるどろりとした『何か』は、恐らく気のせいではないだろう。

「おうちに帰ろうか、青年」
「いや? でも? 俺今収録中で!」
「このまま収録を続けていたら君死ぬかもしれませんよ」
「いやでも? そういうスリルってのが? 今の世の中求められてるから? 何か廃校で変なゲームやってるって聞いたから? 俺はそれを聞いて? 潜入して視聴率稼いじゃうぞーなんて思ったんで? はい!」
「……ん? 潜入? 参加じゃなくて?」
「潜? 入? です!」
「ちなみに参加してる人のこと、何か知ってる?」
「……第一村人!」

 びし、と指を差されて大きな一言。今の今まで誰にも出会っていないのだということがよく分かる。
 こんな場所に潜入できてしまう時点でろくでもない。一応『ウィザード』なら、と考えるとこの場所にいること自体はそれほどおかしなことではないと言えなくはないのだが。

「あ、俺たち別に参加者じゃないからね」
「えっじゃあ何で」
「私たちは参加者の方を追い出しに来たので……」
「とちのけんりしゃ!?」
「あ、大体合ってる」
「ぎゃーごめんなさいごめんなさい!?」
「あと配信されるとすごい困る」

 それは律にとっては紛うことなく本音だ。インターネット上に顔を晒されたくはない、それは陵とて同じだろう。この青年がどこまでプライバシーに配慮してくれるかも分からない。大体こんなものを配信するというのがどうにもネットに疎い律には分からない。流行りなのだろうか。今度恭と『分体』に聞いてみた方がいいかもしれない。
 青年はおろおろとした様子で、しかし首を横に振った。どうやら出て行くつもりはないらしい。

「えっと……俺……今百万再生目指してて……じゃないとお米が買えなくて……」
「お米くらい買ってあげるよ、だから帰って」
「お米くらい!? 何!? お金持ち!?」
「そりゃあ勿論この人若頭ですから」

 口から出まかせを言われている。しかし実際米を買い与えれば出て行ってくれるなら、それで手を打ちたい。
 しかし、次に青年の口から出た言葉は。

「それにー……誰にも会わないし何もなかったから帰ろーと思って門から出たら、出れなくて戻ってきちゃったんすよお……」

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