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One Last P"l/r"aying

18

『どうせお前に話聞いても要領得ねえんだから、『分体』いるんだろ? 何が起きてるのかメールでも届けろっつっとけ』

 そう言った渚に頷いて、一旦その場は解散することになった。準備が整ったら連絡する、と渚と約束した後、恭が次に向かったのは郊外にある茅嶋家。行って千里に相談しておくべきだと住所を教えてくれたのは悠時だった。初めて訪れるその場所で、恭は目を瞬かせる。

「……でっけー……」

 目の前に広がる豪邸は、恭からすれば別世界の存在だ。普段共に過ごす律はバーテンダーのバイトと仕事の報酬で生活をしている。別段豪勢な生活はしておらず、普通の生活をしているように見えるのだが、実家の援助は受けていないということなのだろう。
 インターホンを押すにも緊張する。悠時が千里に連絡しておくとは言ってくれていたが、悠時の仕事が終わるのを待って一緒に来るべきだったかもしれない。

「あのー、どちらさまでしょうか……?」
「うちに何かご用事でしょうか?」
「えっ」

 唐突に声を掛けられて振り返れば、2人の制服姿の男女が立っていた。年齢は中学生くらいだろう。顔が似ているので兄妹だろうか。揃って首を傾げる2人につられるように恭も首を傾げて。

「うち? ……ええと、茅嶋さん……?」
「あ、はい」
「……えっりっちゃんさんキョーダイいんの……?」

 そんな話は聞いたことがない。悠時も特にそんな話はしていなかった――必要がなかったからかもしれないが。恭の言葉に2人は顔を見合わせて。

「『りっちゃんさん』って律兄様のことじゃないですか? 椿兄様」
「律さんの知り合いの人なら変な人じゃなさそうだけど……?」
「あのっ、私茅嶋 桜と申しますっ」
「こら桜!」
「あ、柳川 恭っす! ……えっとあのよく分かんないんだけど俺おばあちゃんに会いたくて……?」
「呼んできます!」
「桜、走っちゃだめだってば、ああもう!」

 恭の横をすり抜けて、2人が豪邸の中に入っていく。ぽかんとしてそれを見送って――ややあって、女の子が手を引くようにして一人の年配の女性を連れてきた。女性は恭の方を見て柔らかな笑みで頭を下げる。

「あの、えっと」
「柳川 恭くんだね。悠時くんから話は聞いているよ。どうぞ」
「……いいんすか」
「いいよ。律のことで来たんだろう?」
「はいっ。……えーっと、りっちゃんさんのおばあちゃんっすか?」
「そうだよ。私は茅嶋 千里、といいます。よろしくね、恭くん。桜は自己紹介したのかい?」
「しましたっ」
「そうかそうか。じゃあお客さんにお茶の用意を頼めるかな。椿も一緒にね」
「はいっ」

 元気の良い返事をして、女の子はまた家の中へと戻っていく。おいで、と千里に手招きされて、恭は門の中に一歩足を踏み入れた。どうにも緊張が拭えない。

「あの、おばあちゃん、俺相談に」
「大丈夫、話は聞いているよ。とりあえずお入り、お茶でも飲みながらゆっくり話そうね」

 千里は恭の混乱を落ち着かせるように、背中をぽんぽんと撫でる。魔法のようにすっと気持ちが落ち着いたのは、雰囲気が律に似ている、と思ったからだろうか。

「恭くんは、柳川 玲さんの弟さんかな」
「あ、ハイ。姉貴のコト知ってるんすか?」
「律に話は聞いていたし、玲さんは律の母親とも交流があってね」
「え、姉貴が?」
「色々話す前に恭くん、先にひとつ聞かせてくれるかな。恭くんは律を助けたいのかい?」

 家の中へと入りながら、穏やかな声で千里は今日に尋ねる。恭は迷うことなく頷いて、それを見た千里は静かに恭に頭を下げた。

「色々と制約があってね……私や律の母親には今あの子を助けてやることが出来ないんだ。……だからどうか孫を助けてあげて欲しい、お願いします」
「……おばあちゃん……」
「頼むことしか出来なくて、……不甲斐ないね。本当に申し訳ない」

 悲しそうに笑う千里のその表情が、一瞬、律に重なった。


 部屋の中に通されて、座ったソファはあまりにも座り心地がよかった。恭と千里に茶を出して、兄妹は部屋を出て行った。思わず目で追いかけていると、千里が笑う。

「律にあの子たちのことは聞いてないかい?」
「あ、はい」
「椿と桜は『神憑り』の双子でね。あの子たちにも色々あってねえ……、殺されそうになってたところを律が助けてきて、うちで引き取ることになったんだ」
「りっちゃんさんそんなことしてたんすか……」

 律はほとんど仕事の話を恭にすることはない。いつの間にそんなことがあったのか、思い返してみても全く分からなかった。2人の名前を聞いたこともない――そう考えると、一緒にいても何も知らないのだということを思い知らされた気がして、少し寂しい。
 悠時は起きた出来事を千里に先に報告してくれていた。恭が話すよりも分かりやすいという判断だったのだろう、恭としても正直助かるというのが本音で、全てを上手く千里に説明出来る気はしない。少しだけ補足のように話した後、千里は少しだけ『茅嶋』について話してくれた。
 歴史は短いが、有名な『ウィザード』の名家。だからこそ、基本的には依頼の上で見合う対価がなければ動かない。そうすることで『此方』と『彼方』、そして『彼岸』のバランスを保っている。共存する為に必要なことなのだと千里は言う。現状、律は『茅嶋』ではあるものの家を継いでおらず、かつ『庇護下から外す』と雪乃に言われていることもあり、依頼がなくても動けるのだという。――奈南美の情報を集めるために、そうある必要があったのだろう。
 千里や雪乃が今律を助ける訳にはいかないのは、そういった事情だということだった。無視をすれば必ずどこかが綻ぶ。何かをするには必ず対価が必要で、バランスを誤ってはならない。

「前、りっちゃんさんのお母さんがりっちゃんさんを助けたって聞きましたけど、それは良かったんすか?」
「そうだね。あの時はまだ律は守ってあげられる立場だったからね」
「何か色々ムズカシーんすねえ……」
「誰かが律を助けてくれと『茅嶋』に依頼してくれればいいけれど、どうしても対価が発生するんだよ」
「対価……ちなみにお値段……」
「そうだねえ。お金で支払うなら、律の母親を動かそうと思ったら最低でも小型ヘリ一台は買えるかな」

 金額の想像がつかずに恭は絶句する。少なくとも恭には無理だ、ということがよく分かる例示だ。そんな母親の跡を継ぐ予定である律は相当のプレッシャーなのではないだろうかと心配になる。

「まあ代々続いているような家というのは、どこもそういうしきたりがあるものだよ。うちはまだ緩い方だね」
「シキタリ?」
「守らなければならない決まり事、かな。……さて、少し話し込んでしまったね。恭くんに渡すものがあるんだった」
「渡すもの?」

 何か想像もつかずに首を傾げた恭の前に、千里は1つの小さな箱を置いた。開けてごらん、と言われてその箱に手を伸ばす。そっと開けてみると、そこに入っていたのはシンプルなデザインの指輪だった。綺麗に磨かれている、銀色。ただの指輪――ではない。鈍いと言われる恭でも分かるほど、この指輪には強い『何か』がある。

「それを持って行きなさい。必ず恭くんと律を助けてくれるから」
「……コレ、何なんすか?」
「律に一番近い人物の持ち物でね。茅嶋 宗一郎――『茅嶋』の現在の『守り神』である律の祖父を呼び出すことができる」
「えっ、りっちゃんさんのおじいちゃん?」
「そう。それがあれば、律を『此方』に引き戻す手伝いをしてくれる筈だ。他の人にはどうか分からないけれど、相手が律なら何より確実だと思うよ」

 それはつまり、『彼岸』を呼び出す媒介になるものということだ。恭も一時期持っていたことがあるが、恐らくそういうものとは一線を画している。

「あの子に隙が出来た時に、それを使いなさい。そうすれば必ず律を連れ戻してきてくれる。……可愛い孫だからね」
「……そっか。ありがとうっす、おばあちゃん。俺、絶対りっちゃんさん助けて、これ返しに来ます」
「お礼を言うのは私の方なんだよ、恭くん。……律と一緒に居てくれて、本当にありがとう」

 少しだけ泣きそうな表情になりながら、それでも優しく千里は笑う。その表情にどれだけ千里が律のことを大切に思っているかが詰まっている気がして、恭は目を伏せた。
 ――だというのに、当の本人は一人で無茶をして心配を掛けているのだから、本当に怒られるべきだ。悠時も芹も怒っていたし、何より怒っているのは恭も同じだ。律が恭のことを心配してくれているのと同じように、恭は律のことを心配しているのだということを、恐らく律は分かっていない。

「恭くん、ひとつ聞いてもいいかな?」
「ん? 何すか?」
「恭くんはどうして、律と一緒に居るんだい?」
「あー……最初は姉貴に、俺、『ヒーロー』の力持ってるけど使うなって言われてて、でも、姉貴が死ぬちょっと前に実家に帰ってきた時、何かあったらりっちゃんさん頼れって言われて……」

 あの時玲は、何かに気付いていたのだろうか。もしかすると自分の身に何かが起こるかもしれないと、そういう予感があったのだろうか。今となっては分からない。
 玲が何故死んだのかを知りたかった。だから無茶を承知で、下宿という形で律の元に転がり込んだ。最初はそこから始まって――けれど玲の死の真相を知る為だけに、ずっと律のところにいるわけではない。

「今は……うーん。りっちゃんさんって俺にとって『お兄ちゃん』みたいなもんなんすよ、多分」
「お兄ちゃん?」
「俺の面倒見てくれて、心配してくれたり怒ってくれたりして、……んで、時々めっちゃ心配かける困った兄貴っす。だから一緒にいるし、理由なんてそこまで深く考えたことないっす」

 勝手なことを言う、と律には怒られるかもしれないが、恭にとっては今、律という存在はそういうものだ。この2年半共に過ごしてきたのだから、恭にとってはもう家族にも近しい存在となっている。
 それはきっと、この先も変わらない。

「……そうか。うん。じゃあ、律をよろしく頼むね、恭くん」
「はい!」

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